第73話 汚泥の処理方法 其の弐
「アウメ、って分かります?」
三日目も朝早くから図書館に籠もり始めた僕は、まだ片付けていない書物を捲りながらある事を考えていた。
汚泥を変化させる方法を調べたが目ぼしい成果は得られていない。
そう、汚泥を「変化」させる方法だ。
汚泥とは即ち排泄物。
つまり汚泥をアウメにしてしまえば良いのだ。
アウメそのものはティレットの専売特許というわけではない。かつて遭遇した巨大な蛇「ウロボロス」はその存在を知っていた。ウロボロスは何百年、いや、それ以上前の事を知っている人智を超えた存在だ。そのウロボロスが知っているという事はかつてこの世界にアウメを作ることの出来る異世界人が訪れていたのだ。
ひょっとしたらその異世界人が書物の形で排泄物をアウメに変える技術を残しているかも知れない。
僕は二人の司書が来るまでの間を書物に目を通しながら待つ。
そして、二人に聞いたのだ。
…が。
「「アウメ?」」
でしょうね…。
そもそもアレがあんな綺麗な宝石のようになる技術があるのならとっくに広まっているはずだ。排泄物をソレだと認識することが困難なレベルで変化させるのだ。当然臭いもない。そんな便利な技術をほっとくわけがない。
「アウメというのは何でしょうか?」
「えーっと…」
僕はアウメの概要を説明したが二人はよく分からないといった顔をしている。
それは致し方ない。排泄物が宝石みたいに綺麗な物になるなんて誰が想像できるだろう。僕だって実際に目にしていなかったら笑い飛ばすだろう。
兎にも角にも排泄物を変化させる方法を、という事で二人に心当たりを探してもらいながら既に手元にあった書物に目を通す。
改めてこの世界に日本語が普及していて良かったと思う。文字が分かるからこうして調べ物が出来るのだ。イーレのように日本語の文字が読めなかったり、ティレットの世界の文字がこの世界の標準言語だったら僕にはお手上げだった。少なくとも新しい世界の言葉を一から学ぶ事が出来るとは到底思えなかった。たとえ会話言語が日本語と同じだったとしてもだ。
ちなみにこの世界に日本語が普及しているのはかつてこの世界に来た異世界人である勇者ベンダイ(どのような漢字を当てるのかは分からない)によるものだという。ベンダイは江戸時代の花火師だ。彼が来た当時西で使われる文字と東で使われている文字のどちらを主にするか揉め事が起きていた。その時ベンダイがならどっちでもない文字を使えばいいと広めたのが日本語というわけだ。だから今でも街角で「べんらんめぇ!」なんて聞こえるのはその影響らしい。
昼過ぎになって老婆の方の司書(実はミミカという名前だそう)が持って来てくれた書物には確かに排泄物を変化させる方法が書かれていた。…確かに書かれていたんだが、それは肥溜めについての知識だった。
この書物は普浄和尚という人が残した日記で、彼はどうやら東北の農村で住職をしていた人らしい。生きていた時代はおそらく江戸末期から明治にかけてだ。廃仏毀釈による混乱が書かれている。
で、なんで肥溜めなんぞの知識が書かれていたかというと、つまり僕がこの世界にトイレがないことに異常さを感じたように、彼は肥溜めがない事が異常だと思ったらしい。排泄物は肥やしにして再利用するのが当たり前。現代人の感覚だとそんなのはちょっと考えられないが彼にして見ればそれは極自然な感覚だったのだろう。
そして彼にとっての究極の目的は大根の漬物だった。要するに大根の漬物を懐かしんだ普浄和尚はそれを作ろうとした。でも長い大根が出来ない。なぜか? 畑に必要な養分が足りていないからだ。足りないのはなぜか、肥料である「
「はぁ…」
気になる。どうなった普浄和尚の野望は! そういや久しく沢庵食ってないな。カリカリとした歯ごたえが懐かしい。でもご飯ないしな。あったところで…、いや、待てよ、酒のツマミにはなるよな。ぶどう酒はともかく麦酒の方なら…。
「って、こんな事考えている場合じゃない! ミミカさん! 他にはありませんか?」
「そうは言いましてもねぇ…」
「じゃあ、ウロボロスとか知りません?」
「そりゃもちろん知ってますけどね」
「その本とかないです?」
「本も何もウロボロスなんておとぎ話ですよ。子供を寝かしつけるために親が聞かせるような。ここの書物に収められているような内容ではありません」
ざっくりその内容を教えてもらった。つまりこれは桃太郎とか金太郎レベルの童話で、僕らのいるこの国を建国した二人の英雄、ヨースィキとヴァースィキの話だ。その二人がどちらが優れているかを競って山に住む大蛇に戦いを挑んだのだという。結局のところ大蛇を討伐するには至らないが大蛇の落とした鱗を持ち帰った二人は生涯の宝にしたのだという。その一つは国王になったヨースィキの子孫に受け継がれ今も国宝として大切にされている。
この大蛇がウロボロスだ。
そのウロボロスがアウメを知っていたんだからそれも童話になっていても良いじゃないか。
「それなら変わった宝石とかないです? それとも宝石について研究した人とか」
「ああ、そういう事なら何人かいますよ。直ぐそこにもありますから取ってきましょう」
ミミカさんの後をついて行って案内された書物を手に取り僕はその中身を検める事にした。
結局、その日も成果らしい成果は得られなかった。
これで三日。未だ成果はない。
「…焦っても仕方ない。きっと、どこかにあるはずだ」
宿屋のベッドで一人呟く。だが口にしたものの自分自身それを全く信じていない事に気付く。だからこそ口をついて出たのかも知れない。
自己暗示でもいい。手が見つかる確信が欲しかった。
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