第72話 セイジのパンツ


「銀髪の少女は、男物のパンツを手にして、ただじっとそれを見つめていた」


「パンツ…?」

「そ。パンツ。セイジのパンツ。セイジが昨日一日中肌身離さず身に着けていたパンツ」

「パンツ…って、これがパンツ⁉ 私達の履いてるのとは全然違うじゃないか!」

「そりゃ私らには生えてないしねぇ」

「生えて?」

「そそ。生えてないからコンパクトに済むわけさ」

「コンパクト…?」

「しっかしこんな布っ切れ被せたくらいで落ち着かなくはないんかね。私には付いてないから解んないけどさ」

「付いて…」

「だーかーらー、その布っ切れの中で清治のアレがぶらぶらしてたんよー」

「セイジのアレ…。って、ええっ!」

「何もそんなに驚くことはないでしょうに。それはパンツなんだから」


 私が今手にしているのはセイジのパンツらしい。私達の履いているパンツとは似ても似つかない、むしろ普段私が履いているズボンに近い形をしているように見える。


「嗅いでも良いんだよ? 見なかった事にしておくからさ」

「何を言うんだ! エアリィ!」

「イイじゃん、別に。興味ない? ソレからどんな臭いがするのかなぁ、とか。清治のアレからはどんな臭いがするのかなぁ、とかさぁ」

「わ、私は、べ、別に、そんな物に興味はないぞ!」

「ソレに興味を持つことは動物として不自然な事では無いですぞ、イーレ殿。動物ってのは陰部とか排泄物から発する臭いで異性を惹き付けたりするわけだしさ」

「私は動物じゃない! 人間だ!」

「人間だって動物よん♪ だからソレに興味を持ったって不思議な事じゃないわけさ」

「きょ、興味とかそんなんじゃない!」

「にしては、手に持ってじっと眺めてたじゃない?」

「それは洗濯物の中に見慣れない物があったから…。それだけだ! 他意はない!」

「本当に?」

「え?」

「本当に何も感じなかった?」

「か、感じなかった」

「その布っ切れのから仄かに薫る清治の体臭においに引き寄せられたりしなかった?」

「してない!」

「じゃあ、清治が肌身離さず身に着けていたのはどんな服かなとか興味持ったりとかさぁ」

「それは、多少はある」


 実際、男の人がどんな服を着ているのかは何となく興味は、あった。


「やっぱり」

「何がやっぱりだ!」

「イーレは清治に興味があるんだよ」

「なっ⁉」


 否定し切れないところはある。いや、興味がないわけがない


「でも、それは仲間だからだ!」

「仲間…、ねぇ」

「仲間で、それに私達とは違って男だ。だから、着ている服はどうなっているとか、私達とは違うんだから興味持ってもおかしくないだろう」

「まぁ、ね。私もないわけじゃない」

「だろ⁉ だから特別な事じゃない」

「つまり、やはり興味を持ってじっとそのパンツを見つめていた、と?」

「ちーがーうー!」


 そう、セイジは仲間だ。大切な仲間だ。だから必要以上に興味を持つ。それだけだ。


「ま、いーけどねー。ところでイーレは洗濯機の使い方分かるの?」


 洗濯機とは普段洋子さんが私達の服を洗うのに使っている箱だ(と言ってもエアリィと私のだけだが。あとたまにティレットの洗う必要のある服が混ざることもある。セイジは洋子さんに洗濯を任せてしまうのは気が引けるらしく自分で洗濯をしている。実は私がセイジの服を洗濯すると言った時も中々任せては貰えなかった。セイジはその辺りは自分でやらないと気がすまないらしい)。服を入れて水を入れて洗剤を入れて蓋をして蓋についた棒を回す。ある程度回して水を捨て、さらに水を入れて回す、と繰り返すと服が綺麗になるという仕組みだ。セイジやエアリィの世界だとぼたんと言う物を押すと勝手に洗濯してくれるらしい。ティレットの世界だとそもそも洗う必要のある服がない。私のいた世界とは随分と違う。川の岩に擦り付けて洗っていた身としてはこの世界の洗濯機ですら感動するくらい凄い物なのだが。


「便利な物だな」

「おー、清治はこんなの来てるんかー」

 エアリィはセイジのシャツを広げて眺めている。

「ね。清治ってさ、結構背中広いよね」

 エアリィは広げたシャツを私の目の前に持ってきて私の体と比べているようだった。

 確かに、そのシャツは私の体がすっぽりと収まってしまうくらい大きかった。

「それはそうだろう。男なんだから」

「ふむー。こうも違うと実感せざるを得ませんな」

「何をだ?」

「清治が男だって話」


 当然の話だが、私は女で、セイジは男だ。

 だから、私達は同じ人間でも違うのだ。


「あんまり男の人って感じしなかったんだけどなー。どっか頼りない感じあるしさー」

「そんな事はないだろう。セイジは一人の男として立派に生きているんだ」


 毎日朝早くに出掛け、仕事をして、夕方に、時には夜遅くに帰ってくる。セイジは一人の男としてちゃんとした働きをしている。なにより多くの人に頼られる存在になっている。これが立派でなくてなんなのだ。


「それはそうだけどさー。私らみたいな美少女が三人、さらに洋子さんっていうザ・美人メイドなんてその手の趣味の人にはたまらない存在と同居してんだよ? 何もしてこないって男としてどうなん?」

「何もって、何の事だ?」

「夜這いとか?」

「夜這い…?」

「イーレの世界ではそういう習慣とかなかったの? いや、私のいた世界でも当たり前の習慣ってわけじゃないけどさ」

「夜這いってなんだ?」

「エッチ」

「えっち?」

「性交、セックス」


 エアリィの言っていることはよく分からない。セイジなら分かる言葉なんだろうか。


「あー、っと…。じゃあね…、子作り!」

「子っ⁉」


 ようやくエアリィが言いたいことが分かった。つまり、セイジが私達に性的な関心を抱いていない事がおかしいのだと、そう言いたいのか。


「そんな淫らな事をしたら洋子さんが黙ってないだろう! いや、黙っていてもセイジが無事では済まない!」

「でもさ、男の性欲って強いって言うじゃない? ムラムラしたりしないんかな。ってか一人でしたりしてんのかな」

「一人で?」

「自慰よ。自慰。男はしないと大変なことになると聞く。そうだ。そのパンツ変な臭いしない? なんか白いの付いてたりとかさ」

「白い?」


 セイジのパンツを見る。その生地が何か植物の汁で染め上げてあるのは分かるが、エアリィの言う白い何かは付いているようには見えない。


「こればっかりは女には分からない謎だなぁ…。聞いて教えてくれるわけでもないだろうし。そうだ! 今度帰ってくる時にでも聞いてみてよ。小一時間は一緒に飛んでるんでしょ?」

「パンツに白い物が付いていないのは何故かを聞けば良いのか?」

「あ、あー。そう来たか。…文明のない時代は人間はアレをいったいどうしてたんだろう。ある程度生活にゆとりがないとしないとか? 確かに暇な時にしかしないけどさ」

「一体何の事を言ってるんだ? エアリィは」

「ちなみに、オ◯ニーって知ってる?」

「それは、なんだ?」

 結局、何が言いたいのかよく分からないままエアリィは自室に戻っていった。

 それでもエアリィの知っている言葉が私に理解できないことは分かった。

 やはり、文字を知らないと言う事はこういう事なのだ。


 洗濯をしながらフィカに貰った紙に書いてあった文字を頭の中で思い浮かべる。セイジの手伝いを出来る様にはならないだろうがきっと今よりもセイジやエアリィの言っている言葉の意味がよく分かるようになる日が来るだろう。

 私はその時が来るのを待ち遠しく感じていた。

 

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