第71話 汚泥の処理方法 其の壱


 ビブリオで書物を漁り始めて2日目。今日は目が覚めてすぐ書庫に籠もったが昼を過ぎても下水処理場についての情報は得られなかった。

「御手洗氏がたまたまだったんだよなぁ…。そんな都合良く下水処理場に詳しい人がこの世界に来てるわけがないか」

 考えてみたら至極当たり前の事だ。僕自身下水処理場の知識を持っているわけもなく、ただ存在を知っているだけだ。この世界には異世界人が沢山来ているがそもそもなにがしかの知識を書物の形で残すとは限らない。その全てが見つかっているわけでもない。そしてその少ない分母からトイレに関係する知識となるとさらに稀な事になる。


「少し発想を変えるしかないか…」


 要は汚泥をなんとか出来れば良いのだ。

 今のランス湖はどうなっている?

 イーレの使った(?)精霊魔法に因って綺麗になったのだ。


 そう、この世界には魔法がある。


 現代日本、いや、現代社会においてゲームや漫画、小説の中にしか登場しない魔法がこの世界にはある。そして汚れきった湖から汚物を全て消し去り立ちどころに元の清水に戻してしまう程の事が出来るのだ。

 あの時、精霊は汚泥をどうしたのか。魔法で跡形もなく分解してしまったのだ。


 同じ事が出来ないか?


 この世界の魔法は基本的には精霊の力を借りるものだという。その精霊が汚泥を消し去ったのだから精霊の力で魔法を使う魔法使いなら同じ事が出来ても不思議はない。

「あのー! すみませーん!」

 今この書庫には僕と僕に協力してくれている二人の司書しかいない。その二人を呼ぶと遠くから二つの返事が返ってきた。



 トーマ=イル=レスピナスはかつてこの世界に来た異世界人だ。彼は錬金術師として名を馳せ賢者と呼ばれるに至った。

 僕が二人の司書に説明して探してきて貰った本はその錬金術師について書かれた物だった。中身を見ると確かに土を変化させる方法が書いてあった。だがそれは農地を作るための土壌改良に類する物だった。それも家庭園芸レベルの物でしかない。さらにこれはこのトーマという錬金術師が行っていた事を見ていた第三者の記録でしかなかった。

 確かに泥を変化させるような事が書いてある。見る人が見れば錬金術師の使う魔法だろう。でもそれは僕の探していたものとは違っている。

 それでも何かないかと読み進めてみたがトーマが凄いことをしたのが何となく分かる程度の情報しか得られなかった。

「あ、精霊灯ってトーマが作ったんだ」

 トーマについての書物は二十を超える程あったが、そのうちの一つを開いて見ていると思わぬ真実が明らかになった。他にも今この世界で目にする便利な道具の幾つかはトーマが作ったものだと分かる。

 つまるところトーマは発明家だったのだ。

「エジソンみたいな人だな。あ、でもこの人、死後に賢者じゃなくなってるのか」

 偉人の評価は往々にして変わるものである。その時代の権力者が気に食わないと思えばどんな偉業を成し遂げた人間だって悪人扱いされたり異端扱いされることはある。コペルニクスやガリレオが地動説を唱えた時がそうだ。今でこそ地動説が定説となっているが当時は異端でしかなかった。尤も、現代でも天動説を信じている人はいるらしい。僕らから見て彼らが奇異に見えるのは誰もが地動説を当たり前の事だと思っているからだ。実は天動説が正しくて後の世にこの説がひっくり返る事だってあるのかも知れない。

「宇宙どころか、こんな異世界があるんだもんな…。元の世界に帰ってこの世界とかイーレやティレットの世界なんてのもあるって広めても頭のおかしい奴扱いされて終わるだろうな」

 仮に信じられたところでこの世界が侵略の対象になるかも知れない。そうなったら僕はコロンブスのような扱いをされるのだろうか。

 もしかしたら、トイレ文化を広めようとしているのは文化的侵略と言えるのかも知れない。

「…って、何考えてるんだ。今はそれどころじゃない」

 正直、錬金術師トーマ=イル=レスピナスの人生については興味を惹かれるがそれはまたの機会でいい。とにかく湖を汚さなくて済む方法を見つけなければ。


 結局、トーマについての書物からは有益な情報は得られなかった。中年司書(彼の名はノリディカスという事を僕はついさっき知った)が言うにはトーマについてはまだまだ研究中だそうで毎年新たな資料が見つかるのだそうだ。ひょっとしたらその中に僕の探し求めている情報があるのかも知れないが悠長に研究結果を待っている時間はなかった。ビブリオでの調査は一週間と決めている。今日はもう二日目なのだ。この図書館の情報量自体は膨大だ。その中から目当ての情報を探し出そうと思ったら時間は足りないなんてレベルじゃない。


 とにかく、今は急がないと…。

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