第67話 その手を握って
ビブリオと言う所はビフィスから西に歩いて二週間以上かかる所にある。セイジはそこに行きたいのだと言う。湖に流れ込む下水を綺麗にする方法を探すために。
今もなお下水は川を流れ湖に流れ込んでいる。早く解決策を見つけないとまた湖は以前のように汚れてしまう。だから、急がなければならない。なら精霊様の力で空を飛ぶ事が出来る私が送り届けるべきである。私は協力を惜しむつもりはない。
「イーレ?」
だが、そのためには手を握らなければならない。
「あ、うん」
いつものように差し出されたセイジの右手。今までだって何度もその手を握って空を飛んだ。そうしなければ一緒に空を飛ぶ事は出来ない。だから、その手を握らなければならない。
「あの、やっぱり嫌か?」
「い、いや、そんな事はないぞ!」
意を決して左手でその手を掴む。セイジの手の皮は少し硬かった。元々は力仕事も水仕事もしないので柔らかかったらしいがこの世界に来てから硬くなったと言う。穴を掘ったり荷車を引いたり色々な物を持ったり握ったり。だから硬いのは当たり前だ。それが何だか男らしく感じられてセイジが男なんだって当たり前の事を再認識させられる。
「イーレ?どうしたんだ?」
気付くと私はその手を放していた。急に気恥ずかしくなったのだ。男の人の手を握る事が。
「何かあったか?様子が変だぞ?」
セイジはいつもと変わらない。それどころか私がセイジの頬にキスした事も覚えていない。
「むー…」
だから私に起こった異変には気付くわけもなく、だから私は無言で見つめて抗議する。でも、やっぱりセイジは気付かない。
「な、なんだ?」
「いい!もう、行くぞ!」
手は、やっぱり気恥ずかしいのでその手首を掴む。精霊様の力が及ぶには私と触れてさえいればいい。何も手をしっかり繋ぐ必要はない。だから私と触れ続けていられるようにその手首をしっかり掴んでいれば問題はない。
そして宙に浮かんだ私達は空高く舞い上がる。足下にはさっきまでいたビフィスの街が小さく見える。
「ビブリオは、あっちだな」
時刻は九時。太陽はまだ南東にあった。街の北にはビフィド山がある。だから右手にビフィド山、左後ろに太陽が来るようにくるりと回る。
「いつもすまないな」
こうして移動する時にはまず高い所まで飛ぶ。その後は目的地まで急降下する。セイジは弾道飛行とかジェットコースターとか言っていたがよく分からない。急降下中は飛ぶ速度が上がるので喋ってはいられない。それはセイジも知っていて今のうちに、とそんな事を言ったのだろう。
「気にするな。じゃあ、行くぞ」
高さは十分。後は降りるだけだ。セイジの手首をしっかり掴んでいる事を確認して降下を始める。気恥ずかしいなどと言って手首を放してしまったらとんでもない事になる。セイジの事を好きかどうかはさておき、いなくなってしまうのは嫌だった。
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