第66話 祖母のトイレ革命
祖母の家は僕の住んでいた所から電車で二時間、そこからさらにバスで一時間ほど行った所にある。ど田舎の山村だ。当然人口も少なく町中のように下水道が整備されていない。だから当然のようにボットン便所だった。
ボットン便所とはつまり穴に便座を付けただけのトイレだ。クソバーによく似ている。違うのは溜まった汚物をバキュームカーで吸い出す事で同じ場所で何度も使う事が出来る事くらいだ。
今からもう十五年は前の話になる。まだ小学校に上がる前だった僕は両親に連れられて初めて祖母の家を訪れた。その頃の僕にとってトイレは洋式水洗が当たり前でありそれ以外の物を知らなかった。そして祖母の家のトイレに入る。出会ったのは和式のボットン便所だった。
座る所のない便器も衝撃的だったが何よりその穴に恐怖した。どこまでも深くまるで底なしの穴に見えた。そしてその臭い、時間の経った汚物の発する独特な臭いに参ってしまったのである。小便はまだ良かった。男だしその穴目掛けて立ち小便をすればいい。だが大便は出来なかった。せめて和式の経験があればマシだったが洋式しか知らなかった。それにその底なし穴に跨るなんて怖くて出来なかった。だから僕は我慢した。滞在したのは五日間。初日二日目と大を排泄することなく過ごし、そして三日目で僕は倒れた。
その原因が大便を我慢した事でその理由がボットン便所を使えなかった事を知り祖母はショックを受けた。そして一切贅沢もせず慎ましい田舎生活を送っていた祖母はリフォームを決意した。
それから一ヶ月後、祖母から手紙が来た。中には美しく輝く近代的な温水洗浄機付きの洋式水洗便器が写った写真が入っていた。リモコン式で前に立っただけで蓋が開くことに感激している様子が手紙からも読み取れるほどだった。
以後、祖母は洋式水洗で温水洗浄機付きでないとダメな体になってしまった。それから何度も祖母の家に遊びに行ったが行く度にトイレの自慢をする。そしてなんでこんな素晴らしい物に早く気付けなかったのかと後悔しているとよく話す。
だがなぜ下水道の整備されていない田舎で水洗便所を作ることが出来たのか。それは浄化槽という物があったからである。
浄化槽とはその家の、トイレからの物も含めた排水を綺麗にする物である。出た水は近くの側溝を流れ川に至る。これにより川に直接汚水が流れるような事はないのである。つまりは下水処理場と同じ事をしているのだ。
もしもこのビフィスの街に浄化槽や下水処理場が作れればランス湖が汚くなる事も無いのだ。
だが僕は浄化槽や下水処理場がどういう仕組みで水を綺麗にしているのかを知らない。おそらくろ過処理のような事をしているのではないかとは思うが詳しい事はまるで分からない。
でも僕は知っている。この世界にはたくさんの異世界人が来ている事を。そしてその異世界人の知識を活用できるように残す人間がいる事を。エアリィだ。エアリィは賢者だ。しかも賢者はエアリィだけではない。今も、そして過去にも大勢の賢者がいた。彼らが賢者だったなら当然仕事として異世界人の知識を使える形で残しているはずだ。
「ならビブリオに行ってみる?」
ビブリオとはそんな異世界人の知識を保管している巨大な図書館がある街だ。ビフィスからは歩いて二週間掛かるほど遠い所にある。
「そこに行けば調べる事が出来るのか?」
「出来るよ。基本的に誰にでも見られる形で開示されてるはずだよ。私は行ったこと無いけどね」
エアリィがそこに行った事がないのは意外ではあったが確かにそこにいなくても仕事は出来ているならその必要がないのは分かる。
「行くんなら一筆書こうか?案内くらいはしてくれるはずだよ」
「良いのか?」
「まぁ、別に。でも、どんな事調べる気なの?」
「まずは下水処理場と浄化槽について調べようと思ってる」
「浄化槽?なら御手洗保って人のを探してみるとい──」
エアリィはそこで言い淀む。
「どうかしたのか?」
「いや、うーん。あのさ、好気バクテリアってなにか分かる?」
コウキバクテリア?
「なら嫌気バクテリアは?」
バクテリアと聞けば何となく微生物っぽい物を連想することは出来るがその前につく単語には心当たりがなかった。
「いや、分からない。それがどうかしたのか?」
「清治はこういうの苦手?」
自慢じゃないが理系科目はさっぱりである。
「ああ」
「なら、見ても役には立たないかもね。でも、まぁ、行くって言うなら止めはしないけどね」
エアリィはそう言うと紙にペンを走らせ手紙を書いてくれた。紹介状みたいな物だろうか。
「どれくらい行くつもりなの?」
「一週間だ。それで成果が出なければ別の手を考えなきゃならない」
「うーん。妥当な所だね。それで?歩いて行くの?」
「いや、イーレに頼もうと思ってる」
移動手段として頼むのは気が引けはするが今の所長距離を移動するのにイーレに飛んでもらう事以上に素早い手段はない。これまでも何度も頼んできた。
「あー、うん。まぁ。良いんじゃない?」
「なんだ?何かあるのか?」
「べっつにー。ま、気を付けてねー」
エアリィはそう言うと仕事があるとかで僕を部屋から追い出した。
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