第57話 川谷式水洗トイレ 3
「えー、それではトイレについて説明の方を始めさせて頂きます」
今日はこれから新たにトイレを作ろうと思っている人達に向けての説明会が開かれている。壇上に立つのは僕だ。
「えー、まずこのトイレと言う物が、どのような物かを、説明させて頂きます」
前回の説明会よりも多くの人が来ていて僕は緊張していた。噛まないように、変なことを言わないようになどと考えていると余計に緊張してしまう。あー、とか、えー、とか人が言っているのを見ると何言ってんだかなどと思っていたが、これは人間として当たり前の行動なんだと理解できる。
「次に、具体的にどのような物になるかを説明します」
実は問題が無いわけではなかった。それはおしっこである。僕の作ったトイレでは立ち小便をするにはいささか難があるというのと、そのために個室を専有してしまう事が問題となっている。要は立ち小便出来る場所が必要なのだ。だがこれはさほど難しい問題ではなかった。男子小便用のスペースを作ったのである。作りは簡単。トイレの外に通路と煉瓦で作った壁を作りその表面を漆喰で塗り固める。壁の下に溝を作りここに水を流し下水へと繋げる。後は壁に仕切りを付ける。これで完成だ。この壁に向かって小便をするのである。この仕切りは今は木製だがいずれ陶製にしようと思っている。そうすれば壁の上から水を流すことも可能になる。まるで滝の流れに小便を放つような物だって作れるかも知れない。
「それでは費用と工期についてですが──」
僕らの作ろうとしているトイレが所謂公共トイレと違うのは広告収入を得られる事にある。それはトイレに人寄せの効果があるためでありここに来ている人の大半は集客が目的である。それでも排泄という事に対して関心を持ってくれている事は嬉しかった。だが聞いている人の中には全くの個人や近所と声を掛け合って家の側に作ろうという人もいる。中には純粋にトイレが快適だから増やしたいという人もいた。
「以上で説明を終わります。ご質問等はありますでしょうか?」
今まで静かに聞いていた人達が一斉に口を開く。ホールの中はあっと言う間に騒然となった。聞いてみると殆どがうちの場合はどうなるのかといった質問で僕は役場の人と相談して個別対応する事でその場を収めた。どの人も熱心で僕は彼らの期待に応えるため全力を尽くす事を決意した。
「いや、いや、いやぁ!全く!有り難いねえ!」
露店の並ぶ通りの北端にトイレを建設し始めて三日が経った。小屋、と呼ぶには少々大きい建物の外側はほぼ完成している。だがトイレの建設はこれからが本番である。下水道への配管、上水道の新設、便器の取り付け。この街の大工さんの腕は確かで要求通りの仕事を果たしてくれている。
「それはこちらの台詞ですよ。組合長さんの提案があったからこうして建設出来てるわけで」
「なに、儲けられるとこではしっかり儲けないとねえ!広告のおかげで売上が伸びてるって感謝までされちゃって!それに広告料も右肩上がりさ!」
「そうなんです?」
「おうとも。なにせ人気スポットだからね!
「それは困りましたね…」
広告料が上がって一部の店に独占されたら後々広告主が居なくなって問題になるんじゃないか?
「はっはっは!そんな事まで考えなきゃならんとは勇者も大変だねぇ!」
「勇者って呼ぶのやめて下さいよ」
「こんなもん作っちまうんだから正真正銘勇者だよ!キミは!」
ウロボロスの鱗を見せた時、笑った人達の中にこの人もいたはずだ。間違いない。
「まぁ、何にせよ今後のために広告については考えなきゃいけないですね。今度市長さんに話しときます」
「真面目だねぇ。それじゃ、後は頼んだよ!」
そう言って忙しく去る組合長さんだった。
「それでは、賢者エアリィ殿。失礼致します」
「はい。どうぞお気をつけて」
玄関先でエアリィあまり見かけない格好をした人達を見送っているのが見える。
「今のは?」
「ん?ああ、学術協会の人。ほれ、この前の大魔法使いの日記の」
「あー、仕事のね。お疲れさん」
「どーも。でも清治のおかげで助かったよ。あんなわけわからん絵を描くなってのよ」
「わけわからんとはなんだ。そもそもPCPはなぁ、二〇〇五年に発売された当時としては画期的でそのクオリティの高さは他の追随を許さなか──」
「はい!はいはいはーい!ストップ、そこまで!…ホント清治は変なとこで暴走するよね」
ん?今、僕は一体、何を?
「そう言えば清治って童貞?」
「唐突に何を言い出すんだね」
「いや、ちょっと。で?」
「残念ながら童貞だ」
「ならそのまま三十歳まで守ってれば第二のニコライになれるんじゃない?」
「だからその話は作り話だって」
「でもニコライはその、ゲーム?を参考にしたわけでしょ?清治も詳しいじゃん?」
「僕に魔法の才能はないぞ。だから勇者とかなってんじゃん」
「あ、そうか」
だからエアリィに拾ってもらわなければ野垂れ死にしてたかも知れない。
「じゃあ、イーレに教えてみれば?魔法」
「いや、教えなくても十分強いじゃん。エアリィもあの喧嘩、間近で見てたじゃない」
「でもさ、あれをさらに上回る程の魔法使いになったら凄いじゃん?」
世界を滅ぼすんじゃないかって魔法を連発してた二人の片方なのだ。あれ以上にしてどうする。
「一体何と戦わせる気なんだ?」
「ん?そりゃ、大魔王とか悪い神様とか?」
「なんだそりゃ」
「なんてね。あー腹減ったー。イーレー、ご飯ー」
エアリィはそう言って食堂に入っていく。
「ふむ」
そうは言ってもマジハンを参考にとか面白そうである。こう、火の元素と風の元素を八:二で合わせて
「フレイムジャベリン!…なんてね」
突き出した両手の先には洋子さんがいた。
「何か?」
真顔でこっちを見られると益々恥ずかしい。
「いや、その…」
「今のは見なかったことに致しますので」
そう言って洋子さんは食堂に入っていく。これでは立場が逆じゃないか。
「増えたねえ」
「増えたな」
「増えたわね」
「にゃあ」
ここ最近、ちょっとした買い物に行くのにも配慮が必要になってきた。つまり人が多い時間は避けて行くべきだという事だ。渋谷とか原宿とか新宿駅とか、混む時間にはそんな状況になる。
「これは増えすぎなんじゃないの?キャラバン来てる?」
「いや、今日は来てないぞ」
「ついこの前行ったじゃん」
「そう、セイジとはぐれたのよね。探すのに苦労したわ」
「にゃあ?」
そう、そうだった。キャラバンが来てるからみんなで行こうと繰り出して、途中ではぐれて、合流するのに一時間掛かったのだった。
「これもトイレのせいなのか?」
「間違いないね。ま、いいじゃん?今かなり景気良いらしいよ?ビフィスって」
街は人で溢れていたがどの人も楽しげだ。そして店をやってる人はもっと嬉しそうだ。
今ビフィスにはうちのを除いて十ヶ所の公衆トイレがある。そこには一つにつき四~六ヶ所の個室がある。猫六さん達も忙しく、そして儲かっている。
「これもみんなセイジのおかげだな。胸を張るべきだ」
イーレに言われて少し照れくさいような、そんな気持ちになった。
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