第56話 川谷式水洗トイレ 2
役場の一階の大部屋、公民館のホールのような部屋には多くの人が集まっている。
役場の人、僕が最初に泊まっていた宿の無愛想な店主、それに市長と自警団の団長、街道警備隊ビフィド駐留部隊の隊長、それから露店のの組合長さん、つまりこれまでトイレを作った所の関係者だ。それに新たにトイレを設置しようとしていた人達が加わってちょっとした集会のようになっている。
「それでは説明会の方を始めて参りたいと思います。勇者、川谷さんどうぞ」
司会のような事をしている役場の人に促されて僕は壇上に向かう。ってかなんで勇者って付けた?
「えー、それでは──」
僕の作った水洗トイレは完璧だった。作った翌日にまず市長さんに報告した。引っ越しやら下水道の件で世話になっていてその時に出来たら報告しろと言われていたのである。それ以降どう広まったのか噂を聞きつけて色々な人が僕らの住む新居に用を足しに来た。そして大好評を得たのである。
そんなわけでこれまでのトイレも水洗化しようという話になりこうして説明会を開くことになった。
「じゃあ、今までみたいに糞が溜まり続ける事はないんだな?」
宿屋のおじさんだ。相変わらず無愛想ではあるが決して寡黙ではなく率直に質問をぶつけてくる。
「はい、トイレ使用時に常に水を流すことで排泄物は下水道まで流れていきます」
「なら、上水道を新設するのかい?」
今度は組合長さんだ。
「はい。既存の物を延長する形で水が流れるようにします」
「それだと上水から遠い所に作ろうと思ったら費用が余計に掛るのか」
今度は団長さんだ。
「それ以前に下水道の関係で作る事の出来る場所は限られてきます。ですから場所の選定は考慮する必要があります」
「費用面ではどうなりますか?」
「小屋については移設、流用が可能ですので改造費だけで済みます。新たに設置する便器については一つ当たり十万イェンと見込んでいます」
ここについては未だに六代目さんと値段交渉中である。材料費、人件費はそこまで高くはないらしく軌道に乗ればもう少し値段が下げられるとは聞いている。だがあまり安くては生産し続ける事は難しいだろう。逆に高過ぎてはトイレを設置する事が難しくなってくる。
「ですので上水道の改造費と合わせて一箇所につき新たに三十万イェンほど掛かると思っています」
「役場の補助はあるのだろう?」
「ええ、それは勿論」
「市長さん、うちも出させて貰いますよ。そうだ、広告をこう内側の壁に張れば広告収入だって得られますよ」
市長さん、隊長さん、組合長さんの話を聞いてた人達は「おー!」なんて言っている。広告についてはこの世界でも活発である。役場自体広告の掲示場所を設けて収入を得ているのである。確かに人が集まるトイレを掲載場所にするのは妙案だ。
「おーし!それじゃあ、始めるぞお!」
「おー!」
大工さん達の威勢のいい掛け声とともに役場のトイレ工事が始まった。ここにあったクソバーは個室を四つ備えた物である。うちのクソバーより大きいのである。大仕事だ。それなのに、いや、だからこそ彼らは気合が入っているのである。
「いよいよですね」
「ええ」
市長さんと一緒に工事の様子を見る。ちなみにトイレ建設に当たっては役場から資金が出る事になった。ここは役場なのでその全額は役場負担であるがそれ以外の場所については七割近い補助金が出る。これはトイレに人寄せの効果があるためである。さらにトイレの壁面を広告スペースとして使うことで広告料を取る事になった。この際の収入も設置者が三割、役場が七割を得る事になったので時間が経つにつれ役場としては黒字になる見込みだ。
「そういえば猫六さん達との契約ですが、役場として正式に交わす事が決まりましたよ」
「それは有り難いです。安心しました」
そして以前から市長さんと話していた猫六さん達との契約金もこれで僕の出した百万イェンに追加して役場から七百万イェン支払われる事になった。今後の事を考えたら猫六さん達には便器を作り続けて貰わなければならない。だがトイレ建設にはそれなりに時間は掛かるしこれまでに作った便器を売った額だけではやっていけないだろう。一先ずの運転資金としてまとまった額が必要だった。
「それから貴方との契約も考えないといけませんね」
「僕?なんで…」
「それは勿論これからこうして作っていくためですよ。貴方の知恵がないと作れない」
「そういう事ですか」
正直全く考えていなかった。前回クソバーを作った時は作りたい人にどうしたら作れるかを助言したに過ぎない。ちょっとしたボランティアのようなものだった。それが今後は積極的にビフィスにトイレを作っていく事になるのか。
「少し時間を頂いても良いですか。何よりまずはトイレが完成しないと」
「ああ、そうですね。私も気が早かったようです」
市長さんはそう言って笑った。
「そう言えば」
ふと思い出して鞄を漁る。レンサに着いた翌日に買った湯呑み茶碗をまだ出してないどころか完全に忘れていたのを思い出したのである。今や日帰りで行ったり来たりしているので土産もなにも無い気がするが…。
あれから役場のトイレは完成し特に不具合もなくすでに一般開放されている。初日から行列が出来るほどの人気で他の場所も急いで改修する事になった。すでにあるクソバーは中央広場近くの宿屋、西門の側、そして中央広場北の三つだ。昨日宿屋の側の工事が終わり今日は公園の下準備が終わったところである。
「んー」
湯呑みを食事の時にでもみんなに渡そうと流しで洗っていると丁度庭を眺めて飲んでるティレットが目に入る。この家は前とは違い庭を眺めるテラスみたいな物はない。なのでティレットは少し不満気だった。それでも外を見ながら飲むのは好きらしく食堂の窓にもたれ掛かって飲んでいる。そんなティレットに湯呑みを渡す。
「お土産」
「んー?」
「飲み物を入れて飲む食器」
こちらの言っている事を果たして分かるのか分からないのか、泥酔しているティレットの表情からは読み取れない。
「ちょっとそれ貸して。これをこうして、注いで飲む」
って考えてみたらレンサで酒盛りをしたんだから陶器のコップくらいは理解しているか。
「んー」
ティレットは一息に湯呑みに入った酒を飲んだ。
「ほれ、もう一杯」
再び空になった湯呑みに酒を注いでやる。黒い湯呑みには似つかわしくないぶどう酒だ。昼間から飲んでるティレットに注いでやるのも妙な気分である。
トクリ、トクリ、トクリ、と妙に心地いい音がする。
ティレットは再び飲み干し今度は自分で注ぐ。
トクリ、トクリ、トクリ。
「んふふふふふっ」
それを飲み干して笑い出すティレット。どうやらお気に召したらしい。
「それじゃ、あんまり飲みすぎんなよ」
僕はそう言って食堂を出ようとする。
「セイジー、ありがとー」
背中越しにそんな声が聞こえてきた。
クソバーの改修が終わりこの街には四つの水洗式の公衆トイレが出来た。人の往来を考慮して中央広場に近い二ヶ所には個室を六つずつ作った。それでも行列は絶える事がない。
改修途中で便器が足りなくなり追加で作って貰った結果、全てが完成するまでに二ヶ月掛かった。
「あれ?今日ってキャラバン来てるっけ?」
エアリィに言われて通りを眺める。
「キャラバンは来週じゃないか?」
イーレは仕事柄その辺の事情には明るい。
「にゃあ」
「にゃー」
ティレットは今日も酔っていてブチと会話している。ブチが酔ったティレットの相手をするようになってイーレの負担は少なくなった。ブチも特に嫌がっていないのが不思議ではあるが平和なので良しとする。
「なんか人増えたね」
「ああ、そうだな」
「にゃー」
「にゃあー」
僕は改めて通りを見る。確かに人が増えたように見える。トイレが出来たせいだろうか?
何はともあれトイレの評判も上々で僕としては取り敢えずそれで充分だった。
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