第55話 川谷式水洗トイレ 1


「今日からここに住むのか?」

「ああ」

「なんで引っ越しなんてするのよ」

「前のとこは下水道まで遠かったからさ」

「まさかここまで我儘が通るとはねぇ」

「これもすべて賢者エアリィさんのおかげでございます」

 ビフィスに帰って二日後、僕らは引っ越しをした。これはレンサに発つ前から決めていた事で地下に下水道の存在を知り調べたところこれまで住んでいた所の地下は下水道から遠くトイレを作るには不便だったためである。元々賢者なんてそう何人も同じ街にいるわけでもなく、またかつて何人もいた時期があった事でこの街には賢者用の豪邸が数件余っていた。そのうちの一軒が丁度真下に下水道があり工事も楽そうだったので引っ越せないかとエアリィに相談していたのである。賢者の頼みとあっては役場の人間も無碍に出来ず引っ越しに当たっては特に不都合もない事からこうして手はずが整ったのだ。



「おう、こんなんでどうだい?」

「ええ、大丈夫です。しっかし相変わらず仕事が早いですねぇ」

「おう、なんせ忙しいからよ。早くやっちまわないと間に合わねえのさ」

「これからもっと忙しくなりますよ~。多分」

「お、また何か企んでるんかい?」

「今やってるようなことを街中でやろうと思いまして」

「街中にか⁉ソイツは大事だなぁ!おい!」

「明日の移設もよろしくお願いしますね」

「おうよ!任せとけ!」

 今日は大工さんに新居の上水道を改造してもらった。トイレに水が流せるように水路を延長してもらったのである。すでに下水までは工事が完了しているので単純にそこと繋げれば水を下水まで流すことが出来る。とは言えホースがあるわけでもなくそんな手間の掛る事はしない。前と同じ様に外に小屋を建てそこをトイレとするのだが、クソバーとして建てた物を移設して使うのでその後に試験流水を行う予定である。

 下水道の方もちゃんと点検済みだ。聞くところによるとなんでもティレット達四人が調査したところ不審者がいたり死体が発見されたりと色々あったらしく、役場主導で大勢の人間が集まり長く広い下水道を一斉に点検したのである(集まった人間の中に何度か出会った二人の盗賊がいたのが意外だった。そして彼らがティレットの事を姐さんと呼んでいるのはもっと意外だった。なんでもティレットの子分になっているらしい)。結果特に問題は見当たらずこうして使用することが可能となったのである。



「え?なに、うどん?いーよー」

 僕はあの日食べた九ちゃんさんのうどんの味が忘れられなくてイーレに覚えてもらうことにした。ついでに僕もそのやり方を習う。

 クソバーとして使っていた小屋の移設と水洗化への改修も終わりあとは便器を取り付けるのみとなった。そして丁度猫六さん達との約束の日になりイーレとともにレンサに来た。もちろん空を飛んで。猫六さん達と会い素焼きを終えた便器と対面し、それに釉を掛ける行程も見物させてもらい後は三日後にまた来てくれという事になった。帰る前にふとうどんの事を思い出して九ちゃんさんの店に押し掛けたしだいである。

「まずは魚の硬干しをこう木でも削るみたいに切る。この硬干しはランスで作ってるからビフィスならここよりは安いはずよ。でコイツを良く煮て、汁が濁ってきたら硬干しをお玉とかで引き上げる。あとは塩を振って味を整える」

「なるほど。この魚が鳥の骨と同じ役割を果たしているんだな」

「そうそう。なに、アンタ料理好きなの?」

 九ちゃんさんとイーレは馬が合ったらしく楽しそうに話をしている。傍から見れば親子に見えなくもない。髪色は違うけど。

「あの、九ちゃんさん、酒とか醤油とか入れないんですか?」

「酒?そんなの入れたら不味くなるわよ。ぶどう酒も麦酒も。あと醤油って?」

「あー、そう、ですね。日本酒ないですもんね。というか米からしてないか。醤油ってのは豆から作る…、なんだろう。塩っぱくって黒くって」

「豆の塩漬け?」

「うーん、…発酵?」

「セイジは何を言ってるんだ?」

「たまに妙なこと言い出すよね。この子」

 醤油ってなんて説明したら良いんだろう。

「ほい。味見してみて」

「うん。美味い!」

「ホントに醤油がないのになんでこの味がするんだろうな…」

 その謎は残ったが簡単に再現が可能と分かっただけでも収穫だった。これなら僕にも作れそうである。



「ああ…、凄い…」

「だろう?これを、作るために猫六の窯があったんだなぁ…」

 完成した便器を見る。ツヤツヤとした表面、一切の異物も混ざっていない真っ白な色。まるで宝石でも見ているようだ。これこそまさに求めていた便器だ。

「素晴らしいです。本当にありがとうございます」

「いや、礼を言うのはまだ早い。実際に使ってみない事には分からんからな」

「そうですね。じゃあ早速取り付けてみます…って何をしてるんです?」

 猫六さんはいつもと違う格好をしている。作務衣のようなラフな装いから他所行き、いや、まるで旅にでも出るような服装だ。その格好で猫六さんは何やら荷物を外に運び出している。

「何ってビフィスに行くんだよ」

「ビフィスに?なんで、って言うか旅なんて出来るんです?」

「そりゃ、ソイツがちゃんと使い物になるか確かめにゃならんだろ?」

 僕らが話していると工房の中から声がする。片方は六代目さんと分かるがもう一人は女性の声だった。九ちゃんさんの声とも違うまた別の。

「よう、来たな。どうよ俺らの力作は」

「ええ、素晴らしいです。って六代目さんもビフィスに?」

 六代目さんも旅でもするような格好をしている。

「ああ。…えーっと、どう言ったら良いのかな」

「あら、貴方が川谷さんですね。はじめまして」

 六代目さんの隣に立つ女性からそう声を掛けられる。何と言うかとても逞しい女性だった。六代目さんは僕よりも逞しい体格をしている。その六代目さんと同じくらい、いや二割増しくらいの逞しい体格だ。そしてその顔は美人の部類に入るほどで尚且つ穏やかで優しそうだ。きっと結婚したらいい嫁さんになるだろう、と思わせるような素敵な女性だった。

「はじめまして。あ、六代目さん、おめでとうございます」

「気がはえーよ」

 何となく察して六代目さんに言ってみたら二人して照れている。実に幸せそうである。

「ああ、祖父さんはこの子の家の牛馬車に乗せてくから安心してくれ。ついでに納品もするからな」

「はい、それじゃよろしくお願いします。僕はこれを先に戻って取り付けて来ます。道中お気を付けて」


 そして僕はついに水洗トイレを完成させた。

  

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