第54話 思いは、そして… 2

 そして三日経った。

「これで、よし」

 六代目さんは最後の一つ、十二個目を完成させ大きなため息を吐く。その顔には笑みが浮かんでいる。

「お疲れ様でした」

「おう、すまんな」

 僕は猫六さんにしたように水を渡すと六代目さんも猫六さんと同じ様に飲み干した。

「あとは素焼きまで待つだけだ」

「どれくらい乾燥させるんですか?」

 粘土には水分が含まれている。これが残った状態で焼くと割れてしまうのだそうでよく乾かしてから焼くのだという。

「そうだなぁ…でかいし一週間、いやもっとか?祖父さんどう思う?」

「念のために十日は乾燥させた方が良いだろう」

「そんなに?」

 時間が掛るのだろうとは思っていたがここまでとは思っていなかった。

「何言っとる。その後に焼くのに三日三晩、窯が冷えるのに丸二日、それから釉薬を掛けて焼くのにさらに三日だ」

「そんなに掛るんですか…」

「おう、それがどうかしたか?」

「あ、いえ。ちょっと外の空気吸ってきます」

 外に出て考える。二十日近く掛かるなら一度ビフィスに戻るか。他にやることもあるし。でも帰るのに七日、またここに戻って来るのに七日。でも一週間向こうにいるならやれる事はそれなりにあるか。

 空を見上げる。澄み切った青い空だ。もしも空が飛べたならあっと言う間に移動できるのに。

「そうか、イーレに頼んだら飛んでこれたのか…」

 そんな事に今気付く。イーレなら精霊の力で空を飛ぶことが出来る。

「みんな元気かな…」

 ビフィスを出てからもう半月は経つ。

「イーレはティレットに絡まれたりしてんのかな。ティレットはまた今日も飲んでんのかな。エアリィはトイレなくて困ってるだろうな。また覗かれたりしてないかな。洋子さんは、まぁいつもどおりだろうな」

 そんな事を呟きながら空を見る。


 ふと、誰かに名前を呼ばれたような気がする。清治と。

 猫六さんの工房を見る。いや、あの二人からは名前では呼ばれない。普段はあんたとかお前さんとか、それ以外だと名字で呼ばれるがこれはあまりある事ではない。

 考えてみたら僕の事を清治なんて呼ぶのはイーレと、ティレットと、エアリィくらいだ。洋子さんからはさん付けで呼ばれるし。

 でもここはレンサだ。あの四人はいない。


 再び呼ばれたような気がする。

 周りを見る。

 当然それらしき人はいない。


「─────イジ──!」

 確かに聞こえた。だがそこは空からだった。上空から名前を呼ばれた経験はこれまで生きてきた中ではない。


「───セイジー!」

 その飛来物は僕の名前を呼びながら、僕の目の前、土が踏み固められて作られただけの道の真中に墜落した。

 舞い上がる土煙。そのせいで何が落ちてきたのかは分からない。僕には眼の前に墜落して来るような知り合いなんていない。


「セイジーーー‼」

 その土煙の中から現れたのは金髪でスタイルの良い美人だった。つまりティレットだ。そしてティレットは勢い良く僕に抱き着いた。

「セイジー!寂しかったよー!」

 金髪が鼻をくすぐり、ティレットの持つ女の子特有のいい匂いが…

「って、酒臭え!相変わらず飲んでんのか⁉」

「セイジー!」

 ティレットは僕に抱き着いて離そうとしない。僕の名前を叫ぶばかりで会話にもならなかった。

「おい!ティレット!大丈夫か⁉いくら酔ってるからって空飛んでる時に暴れるんじゃない!」

「って、イーレ?」

 土煙が晴れティレットが墜落して来た所がクレーターみたいになっているのが分かる。そこに空からゆっくりと降りてきたのはイーレだった。

「セイジ?セイジなのか?」

「それでこれはどういうわけ?」

 未だ抱き着いて離れようとしないティレットについて尋ねる。女の子に、ましてやティレットほどの美人に抱き着かれて嫌な思いはしないのだが、どうにも酒臭くて仕方がないので早く離れて欲しい。

「セイジ!無事か?体はなんともないか?ちゃんと食事はしてるか?水は飲んでるか?病気にはなってないか?」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてくれ。あとこれなんとかして、酒臭い」

「セイジー!」

「それは諦めてくれ。ちょっと色々あってセイジが心配になって飛んで来たんだ。とにかく無事で良かった」

 イーレはそう言って笑う。何があったかは分からないがとにかく心配させていた事には違いない。ティレットがこうしてるのもそんな理由なんだろう。

「そうか、悪かったな。心配させて」

「いや、それで、ここに来た成果はあったか?」

「ああ。…あー、いや、そのことなんだがな。もう少し時間が掛かりそうなんだよ。そんなわけでイーレの力を貸して欲しいんだけどどうかな?」

「私の?別に良いけど…」

 とイーレが言い終わらないうちにすぐ側で大きな声がする。

「畜生!テメエ!そう言うヤツだったんか!このリア充め!」

「え?は?」

 リア充?なんで六代目さんが知ってんだ?誰だよこの世界にそんな言葉持ち込んだのは。

「ったく!手伝うんじゃなかったぜ!」

 なぜかご立腹の六代目さん。

「ハッハッハ!でかい音がしたと思ったら面白いことになっとるな!若いもんは元気があっていいな!」

 その横で今までにないほど明るく楽しげに笑う猫六さん。

「なに、あんた結婚でもしたいの?なんでそれを私に言わない」

「げっ!九ちゃん!」

「何が、げっ!よ。しかしアンタタイミング良いよー。丁度運送屋のおっちゃんに娘の相手がいないかって聞かれてたのよね」

「…マジか?」

「マジマジ。タフだし、力も強いし、うん、これからの猫六の跡取り作りとしてはちょうど良い逸材よー。コレ逃したらこんな女の子なんていやしないからね」

 そしてなぜかここに居て六代目さんに縁談を持ちかける九ちゃんさん。

「で、どうすれば良いんだ?」

「ん?ああ、まずはビフィスに帰ろうか。ここには飛んできたんだろ?」

「ああ。って、そうだ。飛んできたんだけどこの村の上に来たらソイツが飛び降りたんだ。全く何を考えてるんだ。おい、いい加減にセイジから離れろ!」

「や~だ~!」

 ティレットは未だに離れようとしない。

「にゃあ」

 その鳴き声でイーレの頭の上に何かいるのが分かった。

「その子は?」

「ん?ああ、ブチだ」

「ブチ?モスにゃんか?」

「そうだ。色々あってウチに来た」

「にゃあ!」

「よろしくなブチ。そう言えば下水道の方はどうだった?」

「ああ、終わったぞ。色々、あったけどな」

 その後、その日の夜に猫六さんや六代目さん、それに九ちゃんさんと始めた飲み会はティレットとイーレ、それから村の人も巻き込んでの大宴会となり大騒ぎになった。

 そして翌日、焼きまでの行程を猫六さん達に任せ僕らはビフィスに帰った。釉薬を掛け本焼きに入る日にまたこの村を訪れる事を約束して。



「おっかえりー」

「ああ、ただいま」

 エアリィと洋子さんは帰った僕らを出迎えてくれた。

「変わりはありませんか?」

「はい。あ、そうだ。エアリィ様、例の絵をセイジさんにも見てもらったら如何ですか?」

「そうか。まだ清治には聞いてなかったね。ちょっと取ってくる」

 エアリィは慌ただしく自室に戻っていく。

「絵?」

「はい、実はエアリィ様のお仕事で少し分からないところがありまして」

「エアリィに分からない物が僕に分かるわけないでしょう」

「お待たせー。持ってきたよ。清治これに心当たりはない?」

 エアリィの差し出した紙を見る。かなりの年月が経っているがそこに描かれた物は僕のよく知る物だった。

「なんだ、PCPじゃん」

「なんだって?」

「PCP。プレイコネクトパーソナル」

「は?」

 懐かしい。ああ、ゲームなんて久しくやってないなー。

「それは何?」

「何ってゲーム機」

「ゲーム?」

「未来にはないの?娯楽だよ」

「待って、ちょっと待って…」

 エアリィは目を瞑りこめかみを指で押さえ何やら考え込んでいる。多分脳内データにアクセスしているんだろう。

「セイジさん、そのPCPとは何なのでしょうか?」

「ちょっと長くなりますよ。良いですか?」

 僕は前置きをして語り出す。

「元々は据え置きのハードとして出されたPC、元はプレイセンターなんですけど、この後継機として世に出たのがPCP、プレイコネクトパーソナル、って携帯機なんです。今となっちゃ画面解像度は低いですしちょっと見られたもんじゃないんですけどね。でセンターがコネクトに変わった通り端末間での通信を目玉にした機種でして、この機種専用のタイトルとして出たマジックハンターPってのが大ヒットしましてね。いや、これね、元々PCで出てたんですけどその時はパッとしなかったんですよね。それがPCPで出てその通信機能を活用した対戦モードが激熱だったんですよ。このマジックハンターってのはね、まず一人プレイで火、水、風、土の四つの魔法元素を集めるわけです。それを使って魔法を使うんですけど、この魔法元素を組み合わせて使えるところがこのゲームが神と呼ばれる所以でしてね。火の元素と風の元素を組み合わせて使うとファイアストームが使えるんです。でこの時に火を多めにするとエクスプロージョン、風を多めにすると熱波になるんですよ。この熱波ってのが一見地味なんですけどね、範囲内の相手のHPを徐々に奪うわけですよ。これが痛いんです。だからレギュレーション、いや、これ大会とかもあったんですけどね、一部の大会だと禁止されてたりもしたんです。それとね、対戦だと相手がどの元素をどれだけ持ってるかがお互いに見られるんですけど、それで何を使ってくるか読み合ったりできるわけです。所持できる元素の総数は決まってて、火ばかり持ってたら火の魔法しか使ってこないとか、風と水を八:二の割合で持ってたらウィンドアローで牽制しつつサイクロンを打ち込んで来るんだろうなとかが分かるんですよ。いやぁ、懐かしいなぁ」

「セイジは何を言ってるんだ?」

「私に分かるわけないでしょ」

 あ、しまったやらかした。好きなものを熱く語りすぎてドン引きされる奴だこれ。でも懐かしいな。懐ゲー同好会のみんな元気かな。モッちんとシッタ元気かな。ちなみにマジックハンターはその後も制作され続け初期のタイトルの発売から二十年は経っていながら未だに愛好者が多い。最新作の大会の映像を一度見たことがあるが魔法構築の早さに圧倒された。まぁ新作を追い続けるのは資金的に無理だったのでPCPでばかりやっていたのだが。

「…あった」

 脳内データを調べ終わったのかエアリィは目を開け顔を上げる。

「つまり、あれはただのラクガキだったわけか」

「エアリィ?大丈夫?」

 エアリィはそれが何か探していたらしい。そしてそれが分かったのだから晴れ晴れとした顔しても良いはずだが。

「もう一個聞いていい?この日記を書いた人さ、生涯女に縁がなかったんだけどさ、その理由は分かる?」

「その人は?」

「ニコライ・トカチェンコ。偉大なる魔法使い」

「来た時の年齢は?」

「確か三十過ぎ」

「その人童貞?」

「知らない。なんで?」

「いや、三十歳を過ぎて童貞だと魔法使いになるって話があってね。まぁ根も葉もない与太話だけど。あ、でもニコライだからロシア人?ロシアの人はそんな事言わないか。あ、でもPCPやってたんなら…。ん?ニコライ?」

「今度は何?」

「あ、いやマジハンの世界大会の優勝者の名前が確かニコライだったような」

「もういい。分かった」

 エアリィはため息を吐く。

「つまり、そのニコライ氏はそのゲームを参考にして魔法を使って大魔法使いになったわけだ。で三十過ぎていてこの世界に来て魔法使いになったもんだから童貞失って魔法使いでなくなる事を恐れた。で、その絵は懐かしくなって描いた。そういう事か」

 エアリィは何か憤懣遣る方無しといったオーラを纏っている。

「え、エアリィさん?大丈夫?」

「知るかあああ!そんなのおおおお!」

 そしてエアリィはそう叫んだ。 

 

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