第43話 受け継がれる思い 2
レンサは陶器の生産が盛んな村である。
村とは言っても面積そのものは広くあちらこちらに陶器を作る工房とそれを焼く窯、そして出来たものを並べている店が立ち並んでいて雑然としている。村のあちこちから煙が上がっていてビフィスの様に人がたくさんいるわけではないものの村全体が活気付いているように見える。
「すいません。この器を作っている人を探しているんですが」
レンサに着いて翌日の朝、僕は早速茶碗を作った人を探し始めた。そして店の前でおそらく開店準備をしていたらしい青年に声を掛けた。
「これは猫六んとこのだな」
僕が探している人物はあっさりと特定できてしまった。
「うん。こんな妙な器作ってるとこなんて猫六のとこしかねえな」
「猫六さん、ですか?」
「ああ。変わった爺さんでな、あの家じゃ昔っからこんなのばっかり作ってんだ」
青年は茶碗を眺めながら言う。
「あんたはどこから来たんだい?」
「ビフィスからです」
「そりゃまた遠くから来たんだな。そんな器よりこっちを見てくれよ。いい緑釉皿だろ?こないだ仕上がった中じゃ一番の傑作だ」
青年は緑色の丸い皿を見せながら言う。陶器の事は詳しくないが素人目にも綺麗に見える物だった。
「へえ、綺麗ですね」
「だろ?この鶴一窯は緑釉が自慢なんだ。なんなら他にもあるから見て行ってくれ」
そう言うと鶴一の書かれた暖簾を押し分けて中に入ろうとする。
「あ、いや、僕は猫六さんに会いに行かないと」
「なんでえ、そんな妙なのよりウチのが売れるぞ。いっぱい仕入れてビフィスに帰ってバッと稼いでくれや」
「いや、買い付けに来たわけじゃ」
「なんだ商人じゃないのか」
「はい」
「商人でもないのになんでわざわざビフィスから来たんだ?」
「これを作った人に会うためですよ。その猫六さんの窯はどこにあるんですか?」
「猫六んとこならあっちだぞ」
青年は村の奥を指差して言った。
教えられた通り、あっち、に向かって歩いているとだいぶ日が高くなってきていた。この村の通りには作った陶器を売る店が並んでいる。あっちと言われて向かった先でもそんな店ばかりだった。だが僕が持ってきた白い茶碗を扱っている店は一つもなかった。
そうして探しながら歩いていると窯のある小屋辺りから出て来た汗だくの青年が目に入った。彼は桶に汲んだ井戸水を頭から被って涼んでいる。
「あの、すみません」
「あ?」
「ちょっとお聞きしたいのですが」
「なんだい?」
「これを作ってる猫六さんと言う人を探してるんですが」
僕は茶碗を見せる。
「ああ、猫六のか。猫六の窯なら向こうだぞ」
「あの辺です?」
「そうそうあの辺」
青年は指さした辺りを指して言う。
「ありがとうございます。ところで何をしてたんですか?」
青年は水を被ったせいでびしょ濡れになっている。そしてそれを拭こうともしない。
「何って火の面倒を見てたんだ。窯の火」
彼は窯を見て言う。
「なるほど。それで水を」
「おう。あっちいからな。仕事終わりの一杯って奴だ」
「仕事終わり?」
「ああ、今交代したとこだ。で夜にまた交代して朝まで焼いたら完成だ」
「夜通しやってるんです?」
「おう、三日三晩な」
窯の火の加減はかなり難しいらしく付きっきりで見ていなければならないらしい。そう聞くと大変そうに思うがこの青年は嫌そうにはしていない。むしろやりがいがあるとさえ言う。
僕は仕事終わりの青年を長々引き留めるのも気が引けたので礼を言ってその場を後にしあの辺に向かうことにした。
「そんな変なのよりこっちはどう?」
「こっちもどうかしら。一週間前に出来上がったばかりなの」
青年の言った、あの辺、に向かうと二人の御婦人が話をしていた。僕はこれまでのように茶碗を見せて尋ねるが再び商人と誤解され黒い皿を勧められてしまった。
「あ、いや、僕は」
「ね?綺麗でしょ?」
「なかなか深みもあって渋いでしょ?」
強引に皿を押し付けられて仕方なく見てみると、確かに言われた通り中々良い皿だった。表面はざらついているが黒く光る部分と光ってない部分とが絶妙なバランスで渋さを醸し出しているように感じる。
「そ、そうですね。綺麗ですね」
「でしょ?」
「まだあるからどんどん見てって頂戴!」
御婦人達の勢いに乗せられて店の中に引きずり込まれそうになる僕。
「いや、ちょっと待ってください。僕は商人じゃないです」
「あら、そうなの?」
「残念ね」
しょんぼりする御婦人がた。なんだか商人じゃなくて申し訳なくなってくる。
「ところで猫六さんに会いたいんですがどこに窯があるか知りませんか?」
「ああ、猫六さんの窯ならそっちよ」
僕は御婦人の指差す方向を見る。その先にも何軒かの建物があった。
「ありがとう御座います。それじゃ」
「待って。折角だから買って行って頂戴よ」
「ええ。少しは値引きするから。ね?」
「はあ…」
尋ねごとをしておいて断るのも気が引けてしまってつい店に足を入れてしまう。
「これならどう?小さいし嵩張るものでもないし」
勧められたのは小さめの黒い湯呑のような陶器だった。
「ああ、これなら」
手に持ってみると中々上等なのが分かる。うん、普段使いに悪くはない。
「でしょう?五個でホントは五千イェンなんだけど三千イェンにまけてあげる」
「五個セットですか」
土産にするには丁度良い数だ。値段も悪くない。
「じゃあ、それ頂きます」
「あら!ホント!ありがとう!」
「なんだか悪いわね、無理矢理買わせちゃったみたいで」
御婦人方はにこやかに代金を受け取り湯呑を器用に布で包んでくれる。見事な連携プレーである。
「はい。どうぞ。もし知り合いに商人がいたら猫三をよろしくって宣伝しておいてね!」
「は、はい。分かりました」
「よろしくね!」
御婦人方に見送られて店を出る。店先にあった看板には猫三と書いてあった。
そっち、と言われ行った先では一人の男性が満足気な顔で皿を眺めていた。
「あのー、すみません」
「いやあ、良い。良い出来だわ。これは」
男性は皿を陽の光に当ててじっくりと見ながら悦に浸っている。こちらの声は聞こえていないようだった。
「あのー!」
「う~ん。この艶に絵。コイツは傑作だ」
「すみません!」
「うわ!なんだ、なんだ?」
近くで大声を出してようやく男性はこちらに気付いた。
「お忙しいとこすみません」
「ん?いや、良いよ。なんだい?」
「猫六さんを探してるんですけど知りませんか?」
「猫六?うちは亀六だ」
確かに看板には亀六と見事な筆さばきで書かれている。
「え、ええ。それは分かります」
「それより兄ちゃん。コイツ見てくれよ。良いだろう~」
男性が持っていたのは白っぽい皿だった。表面はつるつるしていて所々点々があり、ワンポイントで絵柄も入っている。その男性ほど陶器に関心はないがそれでもなかなか良いものに見える。
「へえ、良いですね、これ」
「だろう~。今年、いやここ十年で出来た中じゃピカイチだ」
「それで、あの…」
「ああ、ダメだよコイツは売れない。売りもんなら店にあるからそっちから選んでくれ。これは非売品として店に飾るんだ」
「いや、そうじゃなくてですね」
「だから売らないって。売るとしたら、そうだな、百万イェンなら考えてもいい」
「百万⁉」
「嫌なら他を当たってくんな」
「だからそうじゃなくて、猫六さんを探してるんですってば」
「猫六?ああ、猫六さんね。猫六さんのとこならこっちの道行けばいいよ」
「この道ですか?ありがとうございます」
「あ、あんた、商人かい?うちでこんな良いのが出来たなんて言わないでくれよ。コイツだけは売れないからな」
「はい。分かりました」
これは逆に宣伝しろと言うことなのだろうか。
ふと鐘が鳴る。男性はその鐘の音を聞いて昼飯の時間だと店の中に入っていく。僕自身空腹なのに気付いて一度宿屋に戻ることにした。
さすがは陶器の村、という事で宿屋の一階にある食堂で使われている食器は全て陶製だった。飲み屋も兼ねているらしいので乱暴に扱われて割れたりしないのかと聞いてみたら飲み屋として出す料理に使われる皿は割れても良い三級品を使っているのだと言う。陶器の村ならではの光景である。
食事をして空腹を満たした僕は再び猫六窯へと向かう。
この猫六だの鶴一だの亀三だのという名前は全てここの窯に付いている屋号である。元々は山や谷、それに丸や角と言った一字に数字を足して屋号としていたそうだがかつて来た異世界人の提案でそれらを鶴、亀、猫などの縁起のいい動物の漢字に変えたのだという。そこに数字をたして鶴一とか亀三という屋号になっているのである。
これは結局三時になっても猫六さんの所に辿り着かず途方に暮れていた時に出会ったキセルを燻らせていた老人から聞いた話だ。
「他にもな、狸とか蛙とかあったんだがなぁ、そんな所はとっくに無くなってしまったなぁ」
「そうなんです?」
「ああ。今じゃこんな賑やかだがなぁ、一時なんざこの村もお仕舞いかってとこまで廃れちまったんだ。そん時にどーんと潰れちまった」
結局村を一巡りするくらい歩いてきたがどこもそんな様子はなかったから老人の話には結構驚いた。
「仕事があるってのはありがたいもんさなぁ」
老人はキセルを吸うと煙をゆっくりと吐き出す。
「そうそう、お前さんの探しとる猫六もな先々代で殆ど絶えちまってたんだよ。それをな先代と今の猫六が苦労して何とか再興することに成功したんだがなぁ」
僕は持ってきた茶碗を見る。白い飯茶碗だ。だが縁は分厚く飯茶碗と言うには違和感がある。
「なにせどう使うか分からねぇ。買ってくのは一部の物好きだけさな」
「今はどうなってるんです?」
「ああ。やっとるよ。儂とそう変わらんくらいの歳の爺が一人でな」
取り敢えず潰れてはいないらしくホッとする。
「でも猫六ももうダメだろうな。子供には見捨てられちまったし」
老人は再びキセルを吸ってゆっくり煙を吐く。
「可哀想なのは孫だな。窯が順調なら猫六の六代目ってなるんだが、売れない器を作る窯の跡取りになってもなぁ」
「お孫さんがいるんです?」
「おう。最近の若いもんにしちゃあ良いやつでなぁ。腕もいいしよく働くし、親が見捨てた爺さんを放っておけないてんで一人で面倒みてんだ。だからこそ可哀想でなぁ」
「その猫六さんの窯はどこに」
「ああ?どこってすぐそこにあるぞ」
老人はキセルで指し示す。そこには寂れた建物があった。これまで見てきた活気のある窯と違うのはよく分かった。それに看板もないし暖簾もかかっていない。店の扉の脇に小さく猫という文字が見えるのがなんとなく分かるだけだ。
「お前さん猫六なんぞに行ってどうする気だい?」
「ええ。ちょっと作ってもらいたい物があるんです」
僕はそう言うと老人にお礼を行ってその建物に向かった。
扉の前に立つと確かに脇に猫六と消えかけた字で書いてあるのが分かった。
そして扉に手を掛けようとしたその時中から何か言い争うような声が聞こえてきた。
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