第38話 完成したトイレ


 翌日、大工さんの宣言通り、いや、それよりも早く小屋は完成した。時刻は一時過ぎ。あと少しで終わるからと休憩を遅らせてまで作業を続けてくれたのである。

「やっぱりイーレちゃんの作る飯は美味えな!」

 そんなわけで昨日と同じ様に昼飯を振る舞う僕ら。なんとティレットも給仕を手伝っている。しかもメイド服を着て。

「なんでこんな格好しなきゃならないのよ」

「似合ってるから良いじゃん」

「動き辛いったらないわ。洋子さんよく着てるわよね」

「慣れると良いものですよ。中に暗器だって仕込めますし」

「暗器?」

 やはりこの世界のメイドはおかしい。洋子さんは特に。

「そう言えばまだ柵を付けたりするんだろ?」

 大工さんがパンを食べながら言う。

「ええ。穴の周りにこうぐるっと一周。あ、一箇所だけは扉ですけど」

 大工さんにはその柵も作ってもらっていてもう庭まで運び入れてもらっている。

「じゃあ飯食ったら付けちまうか」

「あ、いいですよ。あとは僕がやりますんで」

「いや、やっちまうわ。こんだけの人数ならちゃちゃっと終わらせられるしな。日当も2日分貰ってるしな」

「え?良いんですか?」

「おう、任せとけ!」

 彼の弟子たちも食べながら頷く。イーレの作る料理は余程美味いらしくみんな夢中で食べている。

 昼飯を終えて一時間ほど休んだ後で大工さん達は柵を取り付けてくれた。宣言通り一時間ちょっとで穴は柵で覆われた。扉には大きな南京錠らしき鍵まで付いている。

「どうよ?」

「…見事です。言葉が出ない」

 小屋から柵まで完成したトイレは本当に立派だった。正直ここまでの物が出来るなんて思ってなかった。

「おお、これがセイジの作ったクソバーか」

「作ったのは大工さんだけどな」

「いや、勇者の兄ちゃんのおかげで出来たんだ!胸を張れ!胸を!」

 大工さんはそう言って笑いながら僕の背中を叩く。

「思ったより立派じゃない」

「これがトイレなのね」

 エアリィとティレットもトイレを眺めながら言う。

「よし!それじゃあ俺らはここでお暇するわ。ちょっと早いけどな!」

 時刻は四時近い。大工さんの弟子たちは既に荷物をまとめ掃除まで終わらせ帰る準備を済ませていた。

「大工さん、本当にありがとうございました!」

 僕は深々とお辞儀をする。

「おう!いい仕事させてもらったぜ!お前ら!帰って明日の準備するぞ!」

「おー!」

 弟子たちは相変わらず威勢のいい掛け声を出して門を出て帰っていく。

 僕らは何となくその様子を見つめていた。



 扉を開け小屋に入る。壁や床の木材は丁寧に鉋掛けされていてつやつやしていて綺麗だった。照明がないのに天井付近に開けられた隙間から入ってくる光で中は明るかった。もちろん夜間でも使用可能なように照明も準備してある。イーレと怪しげな店で見た精霊灯を改良した物だ。それに最も重要な床の中央に開いた穴も指定したサイズで丁度いい。イーレも大丈夫だと言う。

「おお、みんなも靴脱いで入ってみなよ」

 つやつやした木材を裸足で踏むのはとても気持ちよかった。

「これは良いね。部屋の床材もこれにしようかな」

 エアリィはそう言う。

「でもこれからは靴履いて使うことになるから今のうちだな」

 イーレはそう言った。

「そうなの?」

「だって汚いだろう?」

「出した物はその穴から外の穴に行くんでしょ?なら床は綺麗なんじゃない?」

 ティレットの言うことは正しい。だがそうもいかないのが人間とトイレの宿命なのだ。

「それがだんだん汚れて行くんだよ、知らない間にね。土足でもあれなんでスリッパになるな。それも用意してあるよ」

「そうなの?まあ良いけど」

 一応突っ掛けみたいな物も靴屋にはあって木製で靴底の薄い物を買っておいた。

「それにしても狭いわね」

「そりゃ四人入るようには作られてないからな」

「洋子さんは入らないのか?」

「いえ、私は結構です。外で済みますので」

「…洋子さんもここでしようよ」

「エアリィ様がそう仰るならそうさせていただきます」

 この小屋はティレットの言うように狭い。だがこの狭さこそトイレの個室としてあるべき丁度いい狭さであり広さなのだ。広すぎても落ち着かない、狭すぎても窮屈だ。そんなナイーブなトイレ空間が理想的なサイズで見事に仕上がっているのである。

「で、どうやってすればいいの?」

「簡単さ。ここに下を脱いでこう跨る。脱いだのはそこに掛ける所あるし、後はいつものように出すだけだ」

 ズボンを履いたままその穴に跨るとこれまた大き過ぎず小さ過ぎず理想的な形の穴だった。外の穴まで滑り落ちるように設置した滑り台状の板の天辺には金隠しまで付いている。

「で、出し終わったらそこに置く桶の水を柄杓で掬って流す。これで終わり」

「大葉ミントも一緒でいいの?」

「ああ。一緒に流せばいいよ」

「何それ?」

「何って葉っぱだ。尻を拭う葉っぱ」

「拭う?葉っぱで?」

「え?ティレット終わった後にお尻はどうしてたの?」

「どうってどうかするの?」

 なんてことだ。ティレットはお尻を拭かなくても良い体質だったらしい。まぁその方が動物としては自然だよな。

 説明を終えて僕は色々な小物を設置すると遂にトイレは完成した。



「ふう」

 誰が最初に使うのか、と言う話になり結局僕が最初に試すことになった。その場では出なかったのでしばらく後、結局六時過ぎに初使用と相成った。全てが思い描いた通りだった。かつて日本で暮らしていた時は嫌厭していた和式スタイルもこうして野糞にすら慣れた今となってはなんてことのない物である。そしてやはり個室はいい。ここがちゃんとトイレとして隔離されている空間であるという事は妙な安心感すらある。三ヶ月ぶりとなるトイレでの排便は非常に心地の良い物であった。

 使用後に柵に取り付けられた扉を開けちゃんと排泄物が穴まで落ちているかを確認する。これまた想定通り、きちんと穴の中に落ちていた。こうして溜まっていって排泄物は土となり大地に還るのだ。イーレの言う循環の話がなんとなく分かる気がする。

「セイジ、どうだった?」

 家の中に入ると四人揃って食堂でお茶を飲んでいた。

「ああ、最高だ!」

「次は私が行っていいか?」

「遠慮なく使ってくれ」

 いそいそとトイレに向かうイーレ。

「それじゃあイーレの次は私が使うね」

 エアリィも楽しみにしているようだ。

「私はまだちょっと抵抗があるわね。その葉っぱは別に使わなくても良いのよね?」

「使う必要ないなら別に良いと思うぞ。でも一度試してみるといい。あれは良いものだ」

 尻を拭うという習慣がないティレットには大葉ミントの必要性がよく理解できないらしい。

「ちゃんと置き場作ってストックしておいたから気が向いたら使ってくれ」

「ええ、そうしてみるわ」

 結局その日全員、洋子さんまで使ってくれて口々に凄い、素晴らしいと感激していた。


 やはりトイレはあるべきなのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る