第37話 格言と勇者



「ほら、大ガエルの塩焼きが来たぞ」

「ああ、美味しいな!この世界の料理は!」

「セイジ!どんどん飲め!いやあ今日は楽しい夕食だ!」


「なんか変じゃね?」

「変だねえ」

 夕食は一昨日と同じく酒場で食べる事になった。

「クラゲの干物も美味しいなあ!」

 先程からイーレが妙に張り切っているというか盛り上げようとしているというか。

「…。」

 一方でいつも酒を飲むと面白おかしくなるティレットが静かだ。普段のティレットと変わらないくらい静かだ。なので今夜の食卓は静かになるはずだった。

「よし!今日は私も酒を飲むぞ!」

「なあ、イーレ。なんか無理してない?」

 そう、ティレットが酒を飲んでおかしくなってイーレに抱きついたりしてないのでイーレは自由なのである。

「無理なんてしてないぞ!やっぱり食事は楽しくないとな!」

 その自由を謳歌するはずなのだがいつも騒がしくしてるのが静かなので同じテーブルを囲む僕らも静かになってしまう。

「そんなに飲めるの?イーレは酒に弱いんじゃないっけ?」

 エアリィがイーレが持つジョッキサイズのカップを見ながら言う。中にはぶどう酒がなみなみと注がれている。ワインよりはアルコール度数が低いらしいがそれでも結構堪える量だ。

「私はそんなに弱くないぞ!待ってろ、今証明してやるからな」

 イーレはその木製のカップを見て一瞬躊躇する。

「だから無理に賑やかにしなくていいって。折角静かなんだからそれを満喫してくれ」

「だがそれではつまらない食事になってしまうだろう!」

 要するにイーレは罪悪感から賑やかにしようと頑張っているのである。今夜の自身の安寧はティレットが抱きついて来たりしないからであってそれと引き換えに楽しい夕食ではなくなっている。だから自分が盛り上げねば!と思っているらしかった。

「これは清治のせいね。ティレットに真実を話してしまうから」

「僕のせいか?」

「そう。黙っていればあんな顔して酒を飲むこともないでしょうに」

 ティレットは体育座りの格好で俯き何かを必死に堪えているような顔で酒をちびりちびりと飲んでいる。それでも飲んではいるのが実にティレットらしい。

「確かに迂闊だったか」

「いや!私にとっては有り難いぞ!」

 確かにイーレにとってこの抱きつかれたりしない状況は素晴らしい。というかそんなの当たり前なんだけど。

「イーレさぁ、実は寂しかったりしない?」

「寂しいって何がだ?」

「抱きつかれたりしないから」

「そんな事は、ないぞ?」

 そう言うイーレの目は泳いでいる。

「まぁ、お姉さんって感じはあるよね。ティレットは。少なくとも見た目だけは」

 本来、人間にとってスキンシップとはとても嬉しいものだ。生まれてから数年は親や兄弟といった家族が与えてくれるが成長するにつれてその機会は減っていく。場合によっては他者との触れ合いが逆に気分を害するケースも出てくる。だから大人になって得られるスキンシップの相手は恋人や自分の子供などごく限られたものになっていく。

「イーレも満更でもなかったりして」

「なんて事を言うんだ!エアリィ!女が女に抱きつかれて嬉しいわけないだろう!」

「でもなんとなく落ち着かないんでしょ?」

「それは妙に静かだったからだ!」

「そうかなー。よし、ちょっと試してみよう」

 エアリィはそう言ってティレットの側に行く。僕らのテーブルは壁側にありその壁際に長い板を据え付けて椅子としている。ティレットはそこに座っていてエアリィは密着するように隣に座る。

「はい。失礼しますよー。んー、暖かい」

 エアリィはティレットに体を寄せる。ティレットはキョトンとしている。女の子って結構平気で食っ付き合ったりするよね。

「ほら、イーレもこっち来て」

「なんでだ!」

「いーからこっちゃ来い」

「…エアリィの隣でいいなら」

「よしよし。それ!」

 エアリィは隣に座ったイーレに抱き着く。エアリィの左にはティレット。そして右にはイーレ。両手に花、いや両手に世界最強の魔法使い。その気になれば世界取れるんじゃないか?この三人。

「って、お前が抱き着くのか⁉」

「あー、ティレットが抱き着いてる理由分かるわ。肌モッチモチやぞ、この娘」

「やめろ!エアリィ!くすぐったい!」

「良いではないか、良いではないかー!」

 ティレットの代わりにエアリィによって騒がしくなる。ティレットを見ると何となく物欲しげな目をして二人を見ている。

「あー、堪能したー。ちょっとトイレ行ってくるね。あ、トイレはないのか。イーレちょっと前通るよ。と、その前に」

 エアリィはティレットに何やら耳打ちしてからイーレの前を通って席を立つ。そして洋子さんと一緒に外に出て行った。

「んー」

 ティレットはエアリィがいなくなった事で隣に座っている形になったイーレをじっと見つめている。

「な、なんだ。黒魔術師」

「イーレたん」

 そう、普段は呼び捨てで呼んでるのにどうして酒を飲むとたん付けになるんだろうか。しかも、ちゃん、じゃなくて、たん。

「イーレたああああん!」

 そしてティレットは絶叫とともにイーレに抱き着いた。抑圧していた物を発散させるが如くそのモッチモチな肌に頬ずりしている。

「あああああ!私の静寂が。私の心安らかな夕食が」

「うん。やっぱり落ち着くな。この光景」

 イーレに抱き着いてるティレットはすごく幸せそうだ。

「おい、セイジ!この馬鹿をとめてくれ!」

「ちょっと抱き着かれてやっていてくれ。なんか我慢してたっぽいから」

「そんな!酷いぞセイジ!」

「お、いつも通りになったね。やっぱりこの光景よ」

 エアリィと洋子さんがお手洗いから帰ってくる。

「二人してー。」

 恨めしそうな目でこちらを見るイーレ。

「あ、そうだ。今日はなんでここなんだ?」

 僕は気になっていた事を聞く。一昨日の夕食も外食だったのだ。確かに外食にした方がイーレの負担は減りはするが。

「ああ、今日は市長さんの奢りだから」

「市長?」

 会ったことはないが役場もあるし選挙もあるようだし市長のような存在はいるのだろうとは思っていた。

「うん。色々あって奢ってくれる事になったの。あと、イーレとティレットは仕事辞めたから」

「はい?じゃあどうやって食ってくのさ」

「で、代わりに市長直属の新設部隊に入隊しました」

「はぁ」

「その名もビフィス魔法使い隊!」

「まんまだな」

「そうね。結局自警団だの街道警備隊だので分けるより臨機応変に対応出来るポジショニングになっただけの話」

「じゃあイーレは出張しなくて良くなったのか?」

「そうなるだろうな。でも場合によっては警備隊に協力することにもなるし完全になくなるわけじゃない」

 気付けばイーレはティレットから開放されていた。

「なんか今日のティレットはあっさりしてるな。エアリィ何言ったの?」

「内緒。女の子には色々あるのだよ」

 エアリィにはこうやって色々はぐらかされる事が多い。昨晩の話もそうだ。何かがあったらしいと言うのは分かるがなぜか話してくれないのだ。

「で、これからの報酬は役場から出るのか?」

 僕自身エアリィのそういうところには慣れていたので気を取り直して話を戻す。

「ああ。待遇は今までと変わらないぞ」

「なら酒はこれからも飲み放題か」

「そうでーす!飲み放題なのでーす!」

 ティレットだ。先程とは打って変わってご機嫌になったティレット。ホント女心と酔っ払いの頭は分からない。

「相変わらず格言通りってわけだ」

「格言?」

 イーレは知らないらしい。

「聞いたことない?戦士には肉を与えよ。魔法使いには酒を与えよ。賢者には総てを与えよ。ってヤツ」

 エアリィはそう答える。

「ああ、それで酒が無料なのか。なんでお酒券が付いてくるのか気になってたんだ。私はそんなに要らないが」

「イーレとティレットの配置換えってさ、実は予算の関係なんじゃないの?」

「と言うと?」

「いや、自警団がティレットに渡す券の量と街道警備隊がイーレに渡す券の量は明らかに差があるじゃん?」

 僕はふと思いついた仮説を口にする。

「ああ、それもあるかもね。実際の理由はさっき言った通りなんだけど他にも街道警備隊の組織改編とかの兼ね合いもあるんだよ。その一環として予算の不均衡の是正ってのは有り得る話ね」

 エアリィの話に頷いているとイーレが手を挙げる。

「ちょっと話戻していいか?その格言って勇者はどうなるんだ?賢者よりも凄いものか?」

 痛い所を突いてくるイーレ。

「勇者には賛辞を与えよ」

「へ?賛辞?それだけ?」

「そう。だよね、清治?」

 その通りである。僕には無料で酒を貰える券も立派な門と塀に囲まれた豪華な邸宅も与えられなかった。唯一与えられたのは当面の生活費十万イェンとこの酒場のある宿屋の元は物置だった角部屋に三ヶ月無料で泊まれる権利だけだった。酷い話だ。今は解決したが思い出したくもない。本当に、酷い話だ。思わずため息が出る。

「ま、良いけどね。エアリィみたいな仕事が出来るわけでもなし、イーレとティレットみたいに凄い魔法が使えるわけでもない」

 僕の立場のメリットを強いて言うなら自由な身分か。少なくとも職業選択の自由はある。

「おじさーん!お酒おかわりー!」

 そんな話をしているとティレットが大声をあげる。上機嫌で酒を飲んでいる。

「お、いつもの調子に戻ったじゃねえか!どんどん飲めよ!その分市長に請求出来るからよ!」

 宿屋のいつもムスッとした顔をしているおじさんも今日はなんだか上機嫌だ。

「じゃあ僕も麦酒おかわりお願いします。って僕も良いんだよね?」

「もちろん。今日は私達パーティの飲み食いは市長の奢りなのです。だいたい清治こそパーティの要なんだから」

「僕が?」

 僕は確かに勇者だが何が出来るわけでもない。

「そうだよ。大体清治がトイレ作るって言うから私達は一緒に暮らしてるんだし」

「そうだ!もうすぐ完成だな!クsんぐ!」

「ティレット、ナイスハグ!」

「えへへへへー」

 そうだ。明日で小屋は完成する。もうすぐでトイレが出来るんだ。

「よし!これからも頑張るぞ!」

 僕はそう宣言すると宿屋のおじさんが持ってきたキンキンに冷えた麦酒を一気飲みした。

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