トイレのある風景
第35話 トイレ作りとウロボロス
「おーし!そいつはこっちに運べ!あ、それは違う、あっちの隅にでも置いておけ!」
「おはようございます。大工さん」
「おーう!勇者の兄ちゃん!待たせて悪かったな!こんな小屋一つ二日くらいでちゃっちゃと作っちまうからな!あとちょっと待っててくれや!」
早朝から庭では大工さんとその弟子たちが木材を運び入れている。そう、いよいよ今日から小屋作りが始まるのだ。そして小屋さえ出来ればトイレの完成というわけである。トイレと言ってもクソバーだけど。
「はい。どうぞよろしくお願いします」
僕は深々と大工さん達に頭を下げる。
「おう!おーいお前ら!気合い入れて行くぞ!」
「おー!」
大工さんもそうだが弟子たちも随分と元気がいい。聞けばようやく仕事が出来るようになって喜んでいるのだと言う。仕事が出来るようになったのは僕らが木材供給を妨げる魔物を退けたおかげだということで感謝までされてしまった。
僕らはただトイレを作りたいという一心でやっただけなのに。
今日僕は何も用事がないので大工さん達へのお茶出しとか昼飯の用意とかそういう事をするつもりでいる。だから朝飯を早く食べておきたいとかそういう理由もない。
「イーレも、ティレットも、エアリィも、まだ寝てるのか」
時刻は朝九時。食堂を通って調理場に行くと昨日夕食を食べて片付けをしたそのままだった。
いつも暇さえあれば調理場にいるイーレはまだ寝ている。
暇さえあれば酒を飲んでいるティレットもいない。
エアリィは仕事で部屋に引き篭もってたりするからいつも通りと言えばいつも通りである。
三人だけじゃなく洋子さんもいない。一時間ほど前に出会った時に出掛けるような事と三人がしばらく起きてこないだろうというような事を言っていた。なんとも取り残されたような奇妙な感じがしながらも腹は減るので食料を漁る。パンとベーコンでもあれば取り敢えずの朝食にはなる。
幸いな事にチーズもあったので適当に切ったパンに挟んでサンドイッチなのかホットドッグなのか分からないような物を作り自室に行く。イーレには行儀が悪いと言われるだろうけどたまには食堂以外の所で食べて見ようかと思い立ったのである。
改めて部屋を眺めると実に殺風景だった。別に何か節約しての事ではないのだが極端に物が少ない。必要最低限の物しか置いていない。サンドイッチを齧る。ベッドを見る。一応掛け布団は畳んである。サンドイッチを齧る。ベーコンの味がして美味い。鞄を見る。この世界に来て買ったものだ。カバシシの革で出来た非常に丈夫な逸品だ。サンドイッチを齧る。チーズに当たる。このチーズは水山羊の乳で作ったものでその味は濃厚で美味い。
ふと黒い板が目に入る。サイズは大きめの雑誌よりも一回りくらい大きいくらい。手に持つと見た目以上に軽い。そして硬い。裏返すとこう書いてある。
『ウロボロス 川谷清治さんゑ ※本物だよ!』
そう、これはあの時ウロボロスに貰った鱗だ。サイン入りだから間違いない。
街の人に聞くとこのウロボロスの鱗はこの国を建国した英雄ヨースィキとそのライバルだった英雄ヴァースィキの二人しか手に入れてない物らしい。ヨースィキの物は国宝として王の寝室に飾られているがヴァースィキの物については行方不明である。ただ焼いても叩いても切っても壊れないまるでアウメのような丈夫さを持っているのでどこかにきっと必ず現存するとされ各地に伝説が残っている。
ちなみに本当に硬いのか実験した。で、ティレットが最近覚えた剣の先からA(仮)の力を出すという技を当てたら端っこが少し欠けた。伝説はやはり伝説らしい。
それから魔物退治の証明としてこれを酒場で見せたら「やっぱり勇者らしさが欲しいんだ」とか「いくら盛るって言ってもウロボロスの鱗はねぇわ!」とか笑われた。ヨースィキの建国すらもう千年以上前の伝説的出来事であり現存する鱗もききっと偽物だろうくらいに思われている。なので笑われた。
本当の事なのに。
「ウロボロスか」
そんな事を思い出しながらサンドイッチを齧っていたらいつの間にかなくなっていた。そしてウロボロスとした話を思い出した。
「トイレか!そうか!」
僕がトイレを作ろうとしていると話したらウロボロスは大声を出して笑い始めた。
「何、ひょっとして君勇者?」
「はぁ、一応そういう事みたいですねー」
僕が勇者とか言われてるのがどう関係すると言うのだろう。
「いやはや、で、そちらのお嬢さんはひょっとして賢者?」
「あ、はい。そういう事になってます」
エアリィがそう言うと再び笑い始めるウロボロス。
「なんで笑ってるんだ?」
「いやいや、組み合わせが面白いって思ってね。勇者と賢者、それに精霊使いとA(仮)の使い手。ああ、懐かしいなぁ!実に!うん!」
「もう少し詳しく説明してくれ。どういう事なんだ」
「いや、俺の口からは言えねえなぁ!」
僕はエアリィと顔を見合わせる。エアリィもわけが分からないといった顔をしている。
「うん、トイレ作り!良いじゃない!結果がどうなるか楽しみにしてるよ!」
「僕らがトイレを作ることがそんなに面白い事なのか?」
「それも言えねえな!まぁとにかく色々大変だと思うけど頑張ってくれよな!諦めんじゃないよ!」
言って再び笑い出すウロボロス。
「お、あの二人そろそろだね。そこのメイドちゃん、イーレたん落ちちゃうと思うから抱きとめてあげて」
「え?はい、承知しました」
今まで二人を止めるべく神経を尖らせていた洋子さんが身構える。
「これで最後だああああ‼」
「くらええええええええ‼」
絶叫する二人はお互いの力をぶつけ合い当たりが衝撃と轟音に包まれる。ウロボロスは僕らを守り、洋子さんはその黒い巨体の隙間から跳び上がりイーレをキャッチして着地する。ティレットは力を使い果たしその場に崩れ落ちた。
「おい、大丈夫かティレット!」
僕はティレットを抱き起こし様子を見る。怪我こそしてないが意識は朦朧としていた。
「…あの子は?」
「イーレか?大丈夫、洋子さんが介抱してる」
「ああ、そう…。あー、疲れたわ…」
そう言ってティレットは眠りに落ちた。イーレを見るとやはり疲れて眠ってしまったようだった。
「あんだけやったらそりゃ疲れるわ。久々に見たね。あんなの」
「二人は大丈夫なのか?」
「うん。疲れて寝てるだけだよ。二日くらいは目覚まさないとは思うけど」
ウロボロスは平然と言う。
「あ、そうだ。ちょい首元来て」
「はい?」
「良いから良いから。この後ろの方」
僕はティレットを地面に寝かせて言われるままにウロボロスの首元に近づく。
「そ。そうそう、そこそこ。多分そろそろ、取れる、はず」
ウロボロスがそう言うとその鱗が一枚落ちてきた。
「あー、ムズムズが取れたー。もう五十年くらい気持ち悪かったからスッキリした~」
「なにこれ」
「何って鱗だよ。見てわかんない?」
「わかるけどこれどうするの?」
「あげる」
「はい?」
「だからあげるって。貴重品だよー。この世界ではまだ三人にしか渡してない。清治で四人目だ」
「はぁ」
「いや、結局俺を退治しに来たわけでしょ?それが退治した証になるから」
「あ、うん」
「なに、信用できない?じゃあそれ目の前に持ってきて」
言われた通りにするとウロボロスは目からレーザー見たいな光を出してなにやら書いている。
「これでヨシ。サイン入りだからね。貴重だよ!」
僕は奇妙な光景を前に何も言えずにいた。
「そうだ。清治も記念に何かくれないか?」
「何かって言われても」
「なんかない?君らしか持ってない何か」
僕らしかと言われて困る。そんなものパッと思いつくもんじゃない。
「アウメとか?」
「おお、あるの?」
「あるよ。有りすぎて困ってるんだ」
主にティレットが。僕は自分の鞄からアウメを取り出す。これは何かの役に立つかも知れないといつも鞄に入れていた物だ。綺麗なオレンジ色をしている。
「え?なにそれ、アウメなの?色ついてるじゃん」
「あー、それは言わないでやって。コンプレックスみたいだからさ」
「ちょっと見せて。へえ、綺麗なもんだね。それ舌に乗せてよ」
「は?」
「アウメかどうか確かめるからさ」
「はぁ」
食糞という行為は人間からすれば特殊な趣味の人が命と将来を犠牲にしてやるものくらいの認識だが多くの動物にとってそれは特別な事ではない。犬とかコアラとかウサギとか。取り敢えず言われるままにアウメをその舌に乗せてやる。
「あ、うん。この味。確かにアウメだ。間違いない」
などと言うウロボロス。
「あ、気になる?実は俺口の中にポケットがあってさ、大事な物そこに入れてるんだ。この世界でも清治の世界でも見られない珍しいものもあるよ。見る?」
「いや、別に、いい」
「そう?」
正直さっきから事の特殊性に頭が追いついていないのだ。隣りにいるエアリィも同じだった。どこか遠くを見ているような目をしている。
「よし!珍しいアウメも貰ったし、そろそろ行くわ」
「え、ああ。うん」
「どした?」
「別になんでも。あ、そうだ。これからどこに行くんだ?」
この巨体が誰にも迷惑をかけないような所はどこだろう。海の底とか?
「ああ。故郷に帰るよ。そう遠くないしね」
「そうなんだ」
大蛇にも故郷があるらしい。
「それじゃ。トイレ作り、頑張ってな!」
「ああ、勿論だ」
そう言うとスーッと消えるようにウロボロスは消えた。
僕は呆気に取られてウロボロスがいた所を見ている。エアリィはその超常的現象を前に呆然としている。洋子さんは眠っているイーレを抱きかかえて歩いて来る。ティレットは少し離れた所で眠っている。
「ねぇ、清治」
「うん?」
エアリィは口開いた。
「これからどうする?」
イーレもティレットも寝てしまっている。ウロボロスの言う事が本当なら二日は目覚めない。実際起こしても起きそうにないくらい爆睡している。
「ああ、そういう事か」
僕にも僕らが抱えている問題が認識出来た。
「この二人、どうやって連れて帰ろうか」
結局考えた挙げ句エアリィの荷車に二人を押し込んで僕が引きエアリィは出来るだけ歩きたまに洋子さんに背負われて帰った。帰るまでに三日掛かったがそれでも二人は目を覚まさず、ようやく目覚めたのはその翌日の事だった。
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