第33話 決着


 上空からマナの塊を放りなげ、残る一つに突撃する。

 そんな事を繰り返して残りは後一つ、南東の部隊を残すだけになっていた。ここに来て敵の目的の一つ自警団を街から引き離す事には成功していた。

「馬鹿め!自警団が街を空にすることこそ我々の目的だったのだ!」

 魔法使いの眼前に降り立った私はその魔法使いの中でも一等悪どい顔をしている男にそう言われた。

「お前もいくら強い魔法が使えるからと言って私達と街の中の部隊両方を相手にする事は出来るわけがない!」

 男の言うことは確かに正しかった。強気な態度も分からなくない。

「魔法使いティレットよ!あとはお前さえ倒してしまえばポール様の目的は達成される!やれ!」

 男の背後でマナが歪む。確かに今までの魔法使いの魔法とは規模が違っていた。だが精霊様の力の前ではただ無力だった。

「どういう誤解をしているのか知らないが、私は黒魔術師ではないぞ。私の名前はイーレだ。それにお前たちの本隊はティレットと洋子さんが追っているぞ」

「なにぃ⁉」

 先程の強気な態度とは打って変わって驚きの表情を浮かべる男。

「お前は街道警備隊で街の外に出ているんじゃないのか⁉」

「ああ、こうなるって分かってたから行かなかった。あと、後ろ」

 私は男の背後を指差す。木の棒を振り上げているラベール。男が振り向くとそれを脳天に振り下ろす。男は妙な声を上げて倒れる。

「ちょっと、イーレ。なんで言っちゃうのよ」

「いや、実は警備隊が途中で引き返して来ててすぐ後ろにいるぞ、と教えてやろうかと」

「取り敢えずこちらは片付いたようだな」

 男の背後にいた魔法使いをロープで縛り上げながら言う桂花。

 実は今朝方警備隊に大規模な盗賊団が迫っていると通報があった。もちろんこれが警備隊をおびき出し街の戦力を削ぐものであるとは容易に想像がついた。それにその通報自体は今夜の襲撃を踏まえれば事実と言えば事実であったのだが、それとはまた別の盗賊団かも知れないという事で一応警備隊として出動はしたのである。

 足の速い牛馬を使い通報の場所に行って確認しまた戻ってくる。

 確認した結果この通報が警備隊をおびき出す偽の通報である事が判明し街道警備隊はおびき出されたふりをしてビフィスから南東にある森で待機していたのである。そして騒ぎに乗じて戻ってきたというわけだ。

「イーレ、ここは任せて行っていいよ」

「大丈夫だとは思うがティレット殿が失敗していないとも限らぬ」

「ああ、あとは任せたぞ」

 私は再び空高く舞い上がりビフィスの街の豪華な家が建ち並ぶ辺りに目を向ける。私達の住む家が普段は照らされない街灯でハッキリと見える。

「もう少しだな」

 私は一つ息を吸ってその家に向かって急降下を始めた。



 残る一人の男の強さは本物だった。私の身に付けた付け焼き刃のような剣技では全く歯が立たない。だが相手の剣も私に届くことはなかった。

 こうして直に戦ってみると私の身体能力がここの人間とは比較にならない程高いことを再確認する。

 その理由は簡単だ。私の世界では人間の身体能力が高くなるように進歩させてきたのである。世界を生き長らえさせるためにありとあらゆる方法を模索した私達の先祖達。彼らは人間の身体能力すらその世界のために底上げしたのだ。

「くそ!なぜ当たらない!」

 必死で私を倒そうと追いかける男。躱し逃げる私。先程とは立場が逆である。もし私を逃がせばポール将軍を止められてしまう。そう考えているのだろう。

 私はある考えを持って男を裏庭まで誘導する。ここには洋子さんと剣技を練習した時の剣がそのままになっている。

「追い詰めたぞ!邪悪なる黒魔術師め!」

「ちょっと待って、イーレじゃあるまいしなんでそんな呼び方するの?」

「魔王軍をただの一撃で退かせた恐るべき魔術の使い手だからだ!」

「あー?ったく偏見もいい所ね」

 A(仮)の力は余程奇異に見られるらしい。

「だがそれもここまでだ!ここで死んでもらうぞ!」

 男は言うや否や剣を振りかぶって襲いかかってくる。私は手に持っていたフルーレに力を込める。棒状の刀身が赤く光りだす。

 男の剣に私はそれを合わせる。

 例の如く砕けるフルーレ。男の剣は逸れこそしたが未だその形を保っている。私は傍にあった剣を手にし力を込める。その太い刀身が赤くなる。再び襲いかかってきた男の剣に私は手にした剣をぶつける。

 キーン、と間の抜けた音を立てて刀身は折れた。私の持つ剣と男の剣、その両方の剣が折れた。その衝撃で飛ばされ尻もちを付く男。もしセイジが見ていたら魔法剣だと騒いでいただろう。私が裏庭まで男を誘導した理由がこれだった。剣さえ折ってしまえばいくら剣技に長けていたとしても関係ないのだ。

「これでお終いよ」

 私は転がっていた小型の剣を拾い上げ男の眼前に向けA(仮)の力でその切っ先に火球を作る。男は項垂れる。

「参った。一思いにやってくれ」

「…そう。分かったわ」

 私がその火球をそのまま放つと男はあっさりと気絶した。



「ようこそ。ポール・バレンティヌス将軍。道中ご苦労様でした〜」

 時刻は九時三十分。予想ぴったりの時間にポール将軍は現れた。息は荒く肩を上下させているのが分かる。この家の玄関はとても広く大広間と言って差し支えない程の広さがある。その真ん中に椅子を置いてそこに座り私は彼を出迎えた。

「お前が賢者エアリィか?大人しく御手洗の手記を出せ」

 ポールは剣を抜き私に向けて言う。

「これ?これがなんだって言うの?」

「お前には関係ない!」

「あるわよ〜。だいたいこんな時間に失礼じゃない?しかも人の家で剣振り回すとかあり得ないでしょ」

「うるさい!お前には聞きたいことがある!その中身を見たのか⁉︎」

「見たわよ。それが賢者の仕事ですし」

「ならば生かしてはおけん!ここで死ねえ!」

 そう言うとポール将軍は躊躇いなく剣を振りかぶり私に斬りかかって来た。椅子に座ったままの私にその剣を避ける術はない。でも私は椅子から動こうとはしなかった。ポール将軍はその理由に思いを馳せるべきだった。

 私を斬り殺そうと振り下ろされる剣。だが、剣が私に届く事はなかった。仮面を被った天川氏の剣が寸前でその剣を受け止めたのである。

 この世界にあるあらゆる灯りで照らした広い玄関の中は明るく二人の剣戟をよく見る事が出来た。およそ齢七十三の老人とは思えない動きと剣さばきに圧倒される将軍。それでも将軍も腕が立つようで老人の剣を自らの剣で受け止めいなす。だが天川氏の猛攻は将軍に攻撃する隙を与えない。幾度かの剣戟の末、遂に将軍はその老人の剣の前に膝を屈した。

「全く良い部下を持ったものだ」

 老人が静かにそう言うと将軍の顔が青ざめる。

「まさか、その声は」

「剣さばきで気付いても良さそうなものだがな。…そうかお主とは剣を合わせた事はなかったな」

 天川氏は仮面を脱ぐ。 

「そんな、まさか。チュウ・セイ軍団長!」

 ポール将軍は腰を抜かし尻餅をついて天川氏を見上げそう言った。

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