第32話 魔法使いの戦い
「東西南北、全ての物見櫓をお守り下さい」
私は精霊様達にそうお願いした。
精霊様はその願いを快く叶えてくれた。
街の外で放たれた火の魔法は櫓を焼く前に水の精霊様が掻き消してしまう。櫓の監視目掛けて放たれた氷の矢は火の精霊様が蒸発させた。敵の魔法は精霊様が食い止め、東西南北の四箇所にある自警団の物見櫓は敵の攻撃を受けてなお全て健在である。
それでも敵は諦めない。再びマナの歪みが物見櫓に向かって流れていく。だがそれも再び精霊様が防いでしまう。そんなやり取りが何度か繰り返される。
私に与えられた役目は敵の魔法使いの攻撃を防ぐ事と敵の位置が分かるように灯りをともす事だ。攻撃が一度止んだ隙に私は再び精霊様にお願いをする。
「火の精霊様、そのお力で悪い魔法使いを照らして下さい」
瞑っていた目を開くと街の周囲五ヶ所で爆発が起こり明るくなる。火の精霊様が敵の眼前で爆発を起こしたのだ。その後も火は消えず敵の姿を照らし続ける。
直後大きな叫び声が全ての方角から聞こえる。敵の位置を把握した自警団が攻撃を開始したのである。
火の精霊様が起こした炎に照らされた敵は逃げるように後退をする。
迫る自警団。
だが敵は逃げたわけではなかった。
「精霊様!あの人達を守って!」
敵のうちにマナの歪みを感じ精霊様に願う。自警団の目の前に迫る火の球は直撃する寸前で水の精霊様に掻き消される。
北でも南でも東でも西でも同じ事が起きていた。敵の魔法使いだって馬鹿じゃない。こんな戦場など幾度も経験してきただろう。自警団との戦闘経験の差は明らかだった。
このままでは私一人では対応することは難しいと分かる。
「精霊様、私の体をお貸しします。代わりにその力をお貸し下さい」
目を瞑り祈る。
頭の先から足の指の先、手の先、そして髪の毛の先に至るまで全身がマナで満ち溢れるのを感じる。
エアリィはこれを憑依状態と呼んだ。自分では見ることが出来ないが髪の色まで変わっているのだという。
あの日、あの時、ティレットとウロボロスと言う超常の存在を前にして大喧嘩をした時と同じだ。あの時はティレットに対する怒りがそうさせたのだが今はこの街、ビフィスと言う素晴らしい場所を、そしてそこに住む人々を守りたいという願いがこうさせているのである。
私は四ヶ所の歪みにマナの塊を放つ。その仕草は火球を放つティレットとまるで同じな事に気付いて思わず苦笑する。
そして残りの一箇所目掛けて全速力で飛んだ。
近付き初めて目にする魔法使い達の姿。ローブを目深に被ってはいるが私の姿を見て驚いているのは分かった。
「コイツがティレットか⁉構わん!吹っ飛ばせ!」
その中の誰かの声の直後に目の前でマナが歪み私に向けて魔法が放たれる。私に直撃する魔法。だが私に傷は付いていない。今の私は私であると同時に精霊様そのものだ。精霊様の力で象られた魔法が精霊様を傷付けられるわけがなかった。
「ば、化け物か⁉」
驚き尻もちを付く魔法使い達に私は精霊様の力を使う。つむじ風が巻き起こり敵は目を開けるどころかその強風で立っている事すら覚束ない。
「うおおおお!」
そして怒声とともに現れた自警団が無抵抗となった魔法使い達を取り押さえる。
「イーレさん!こっちは任せて他の所も頼む!」
「分かった!」
私は再び空へと舞い上がろうと力を溜める。
「イーレだと⁉ティレットじゃないのか⁉」
「ああ、黒魔術師なら街の中にいるぞ」
私は身動きの取れなくなっている魔法使いにそう言うと空高く飛んだ。
「外ではだいぶ派手にやっているようですね」
二階の窓から外を眺めると時折遠雷のような光が見える。
「あれをやっているのは君の仲間の魔法使いか?」
「はい。私達と同じ異世界人の、名前はイーレと言います。今は自警団と外の陽動部隊を引き止めてくれています」
ウロボロスの前での大喧嘩の時、イーレはティレットの世界を滅ぼしかねないような猛攻を受け止めたり弾き飛ばしたりと難なくいなしていた。一方のティレットはイーレの攻撃をその高い身体能力で躱すだけだった。これが今日イーレを自警団と組ませた最大の理由だった。
「相手も魔法使いか」
天川氏はそう呟く。
「全くとんでもない事をしたものだ」
そしてそう言ってため息を吐いた。
「まぁ彼の心理も分からなくもないですけどね。今までの地位の一切がなくなってしまうわけですから」
「大人しくしていれば閑職とは言え何不自由なく暮らせるというのに」
再びため息を吐く天川氏。そのただのゆっくりとした呼吸は何か溜めの動作であるようにも見える。
「その彼も今こちらに向かっているところです。そろそろ準備をお願いします」
時計の針は九時二十分を指していた。
これが敵の本隊かと思うと酷くあっさりしていて拍子抜けだった。
高々数分追いかけ回し適度にA(仮)の力を当てるだけで倒れる男たち。エアリィ邸まであと十分という所に来て遂に敵は三人になった。
そして変化が起きる。敵が六人に増えたのだ。
「大変です!例のメイドが!」
「何言ってるんだ⁉︎メイドはこっちに!」
そう、敵の本隊は二手に別れていたのである。
東からエアリィ邸を目指す部隊と南から目指す部隊だ。
こちらは当然そんな事織り込み済みだった。その二つを洋子さんと二手に分かれて追い攻撃しその戦力を削いでいたのである。
私は再び火球を作りその男の一人に当てる。残りは五人。
倒された仲間に手を差し伸べようとした男をその目の前に現れた洋子さんが倒す。残りは四人。
私は洋子さんの後ろに立つ。足を止める男たち。
「なんでメイドが二人も⁉︎こんなのは聞いてないぞ!」
男のうちの一人が叫ぶ。今日に至るまでエアリィ邸に忍び込んだ何人かの不審者がいた。洋子さんが捕まえ尋問したが誰の差し金かは分からなかった。相手も隠密行動のプロだったからだ。
洋子さんはその事を逆手に取り最後の一人にある程度の恐怖を植え付けた上で帰還させた。つまり手を出したらどうなるのかと伝えさせるためである。それがエアリィ邸にいるメイドに対する警戒心を抱かせた。私もこうしてメイドの格好をすることで相手を混乱させる事くらいは出来るのである。
「ここは私達が食い止めます!お急ぎ下さい閣下!」
四人のうち二人がこちらを向き、残る二人が駆けていく。
「このおおお!」
私達の足を止めようと残った二人が叫びながらこちらに駆ける。
「ティレットさんはあの二人を追って下さい。ここは私が引き受けます」
「いいの?行きたいのは洋子さんでしょ?」
「残りの三人はそこそこ腕が立ちます。私なら二人を倒してでも追い付けます」
「言うじゃない?ならそうさせてもらうわよ」
二人の男達を軽々といなす洋子さんを見て私は走り出す。
洋子さんの見立ては本当で私の放つ火球は残りの一人に軽々と弾き飛ばされた。もう男達は人目につく事も厭わなくなっていた。剣で弾き飛ばされた私の火球は地面を跳ね小さな爆発を起こす。威力こそ小さいが音はそれなりに出る。もっともこの辺りでは人も少ないしそれで目立つわけでもないのだが。そう、もう見慣れた場所まで来ているのだ。遂に男達はエアリィ邸の門に手を掛ける。あっさりと開く門に彼らはなんら疑問を抱いていないようだった。
「早く中へ!あのメイドは私が引き受けます!」
男はもう一人の男を門の中に押し込めると私の方を向く。
「閣下の邪魔はさせんぞ!メイド!」
「うん。もう良いわよね?こんな格好してなくても」
正直動き辛くて敵わなかったので私はメイド服を脱ぐ事にする。不思議な事に肩のボタン二つを外すだけで簡単に服を脱ぐ事が出来た。
「ふう。これでかなり楽になったわ。やっぱりこの格好が一番ね」
「貴様!メイドじゃないのか⁉︎」
男は叫ぶ。
「そうよ。私の名前はティレットっていうの。聞いたことない?」
私がそう言うと街灯の心もとない光の中ではあるが男の顔が青ざめるのが分かった。
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