第八章 前夜祭

第31話 九時の鐘


 ビフィスの街の中央にある広場、その側に時計塔はある。

 そして天辺まで登れば広場にある噴水を見下ろす事が出来る。

 背後にある時計の針は八時四十五分を指している。その時まであと十五分程。その時はもう少し早いのかも知れない。それとも、もう少し遅いのかも知れない。

 この時計に秒針と言われる物はなかった。一分置きにカチリと分を示す長い針が動き短い針も少しだけ動く。私がこの世界に来て最も感心したのはこの時計と言う物かも知れない。

 どうして時を正確に刻めるのか。それはその仕組みをいくら説明されても分からなかった。セイジやエアリィもこの世界の時計を凄いと褒める。時計を動かす動力がどこから来ているのか分からないからだという。

 だがこの時計塔の物だけは違った。ここの物はビフィスに流れ来る水を動力源としているのそうだ。この水の力でゼンマイと言う物を巻き時計を動かす動力に変えている。

 そしてその動力は時計だけでなくその下にある鐘を鳴らす力にもなっている。その時が来れば鐘は鳴り街の人達に時刻を音で報せる。とんでもない事を思いつくものである。

 時刻は八時五十分になった。鐘が鳴るまであと十分ある。


 私は精霊様に祈る。

 力を貸してほしい。

 この街を守れるだけの力が欲しい。

 この街を襲う悪漢達を見通せる高さまで飛びたい、と願う。


 この世界の精霊様は私にとても優しい。

 私の願いはすぐに風の精霊様が叶えてくれた。時計塔の上、ただでさえ高い時計塔の遙か上空に私の身は浮かぶ。

 街が一望出来る。セイジに言われるまで精霊様の力でこんな事が出来るとは全く思ってなかった。セイジの発想力は本当に凄かった。私はこんなにも自由に空を飛ぶことが出来たのだ。

 顔を上げ街の外を見る。北、東、南、西、そしてまた北と一周ぐるりと回って眺める。周囲は暗くただ闇が広がっている。だがその闇の中でマナが気持ち悪い流れ方をしている所があるのが私には分かった。北と南、東と西、それに南東の方角に一つずつその違和感を感じる。敵は前回のように一方向だけでなく複数の方向から襲ってくるつもりなのが分かった。


「これが戦力調査の答えか」

 確かにこれならティレットの使う力が如何に強大であったとしても目的が果たせる。ティレットが正面の敵を倒したとしても残りの四箇所の部隊が攻撃すれば目的は達成されるのだ。

 時計を見下ろすと時計の針は八時五十五分を指している。鐘が鳴るまであと五分。


 ふと、背後の違和感が強くなる。マナの流れが歪み集中する。再び同じ歪みを感じる。今度は西側だった。それだけではなかった。先程の異様なマナの流れを感じた方角の全てからまるでマナが悲鳴をあげているような気持ちの悪さを感じる。その五箇所全てから同時に魔法攻撃を使うつもりなのは明らかだった。

 私は目を瞑り精霊様に祈る。どうか私に力をお貸しください。

 私の周りで精霊様が舞い踊るのが感じられる。そして全身の毛が逆立つようなマナが私の周りに集まってくるのを感じる。

 歪なマナが闇の中で形を作り暴れだす。

 時計の針が動く音がする。

 そして、時計塔の鐘が九時を報せようと鳴り始めた。




 鐘の音が聞こえる直前にその集団は動き始めた。

 私達の住むエアリィの家は街中から少し外れた場所にある。そこまで誰の目にも触れぬよう逆算されて導き出されたルートは目的地まで走って三十分はかかる所を出発点としていた。目立たないよう黒いローブを着た八人の男達がその事前に定めたられたルートを走り出す。あの中にポール将軍がいるのだろうか。

 私も走り出した男たちを追うために走る。洋子さんに指示された地点までは気付かれないようにただ後を付けるだけ。

 それまではただ静かに尾行する。


 洋子さんにこれを着ろと渡された服をエアリィはメイド服と呼んだ。いつも洋子さんが着ている服と殆ど同じだった。私は普段の服、オーメルで着ていてこの世界に来てからも着続けている服の上にそのメイド服を着た。エアリィも洋子さんも似合うと褒めてくれた。イーレは私も着たいと目を輝かせていた。私はと言うと非常に動き辛いのでかなり苦手だった。

 なぜこの服を着るのかと聞けばこの格好そのものが相手に対する脅しになるのだと言われた。


 男たちは予め定められたルートをただ進んでいた。

 道中分岐点はあるがそれはこちらが事前に塞いでおいた。彼らが想定していたいくつかのルートは全て把握していたがそうして塞ぐことにより彼らが通るルートはこちらの意図したルートになる。だから彼らが進む道は全て私達の掌の中という事である。

 男たちは建物と建物の谷間に当たるその道を走り左へ曲がる。真っ直ぐ行けばその先にはその近所に住む人が道を塞いで宴会を開いている。当然男達は人目を避けるのでその道を避け左に曲がる。ここの近所の人達は酒好きでちょくちょく宴会を開いている事は知っていた。だから樽いっぱいの酒を送り飲み会をするように促した。そうして道を塞ぐことに成功した。

 その道を左に進んだ先には宿屋があった。そして街の外ではドーンと轟音が鳴り響く。イーレが外からの襲撃者に反撃を食らわせたのだ。宿に泊まる人々は何事かと様子を見に外に出る。当然男達は宿泊者達に見つからないように進路を変える。これもこちらの想定内。

 そうして曲がった先を行けばやはり行き止まりがある。そこでは工事が行われている。ここは区画整理のためあまり使われてない道を潰し新たに居住区にしようと言うものだった。だが本来一週間後に行われる筈だったのを前倒ししてやってもらうよう依頼をした。これには木材の価格が平常通りに戻った事で再び仕事を再開することが出来た大工達にとっては願ってもない事で私達の願いは簡単に受け入れられたのである。

 男達は酒場の近くまで来た。先ほどまで飲んでいた客達が店を出て騒いでいる。そして男達は進路を変える。その先には辻占いをする老婆がいた。結構当たると評判なのだがこんな時間を選んで店を出すのは判断力の鈍った酔客を釣るためである。これは進路を変えて行けば自然とこうなるように仕組んでの事である。

 男達がこちらの想定通りに進路を変えて辿り着いた場所は洋子さんから攻撃するように指示された場所であった。言われた通りにフルーレを抜きその丸い切っ先に意識を集中させA(仮)の力で作り出した火球を放つ。火球は一番後ろにいた男の後頭部に命中し昏倒させる。その前にいた男がその男を気遣い足を止める。私はその男の頭に火球を当てる。これで八人のうち二人が倒れ残るは六人になった。

「ここは俺が止める!先に行け!」

 その内一人が足を止め私の前に立つ。足元には二人の男が転がっている。その二人を挟むように対峙する私と男。

「メイド…。おのれ!邪魔はさせんぞ!」

 男は剣を抜きこちらに斬りかかってくる。私は当然のようにそれを躱しA(仮)の火球を連発する。意外にも男は躱し私目掛けて剣を振るう。さすがは軍人、中々腕が立つようだと感心する。だが洋子さんほどの動きではない。幾度かの剣戟の果てに私がA(仮)の火球を男の後頭部に直撃させるとあっさりと気絶した。




「ご心配ですか?」

「ああ、それなりにはね」

「大丈夫です。私の仲間がなんとかしてくれます」

 その老人の名前は天川弥彦という。今年で七十三歳になる。人間と言うのはそこまで長生き出来るものではない。老いて体力は衰え今までのように動く事は出来なくなる。だがこの天川氏は違うようだ。ビフィスまでの長旅の後でも疲れてなどいないのだと言う。

「天川さんは御手洗さんと出会った事はありますか」

「ああ。何度かね。長々と話すような間柄ではなかったが」

「そうなんですか?」

「でも、一度だけ酒を飲み交わした事がある」

 御手洗氏はおそらく清治と同じ世界で近い時代から来たらしい事は分かっている。だがこの天川氏は御手洗氏とは別の世界から来たのだと言う。この天川氏も異世界人だ。

「奇妙な物ですね。同じ日本語を話しているのに。名前だって似てるのに」

「ああ。私も驚いたよ。てっきり同じ世界から来たと思ったら随分と様子が違うんだ。歴史もかなり違っているようだったし」

 私達が知らないだけで実は僅かに違う世界と言うのはもっと無数にあるのかも知れない。ひょっとしたら私と清治のいた世界は同じ世界ではないのかも。

 壁に掛けられた時計が鳴る。遠くで時計塔にある鐘が鳴る音がする。時計の針は九時を指している。

「時間だな」

「ええ。おそらくあと三十分というところでしょう」

「全く、よくもまぁこんな事を思い付くものだな」

「はい、賢者ですから」

 私がそう言うと老人は静かに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る