第29話 市長の憂鬱


 話を終えて私達はその後、事が起こるまでの間の時間を自由に過ごしていた。

 ティレットは洋子さんとちょっと気になる事があると訓練をしている。

 イーレは晩飯の用意をと買い物に出掛けた。

 私は今日は特に仕事する気にならなかったので自室でのんびりしていた。そんな時に客が訪ねてきた。


「エアリィさん、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 ビフィスは自由都市だ。

 一応、王都フドウに住む王が統治する王国の一部ではあるのだが政治的にも経済的にも自立していて王の存在感は希薄である。なのでこの街の行政の長は市民の投票によって決められた市長である。

 今回の襲撃の件はこの市長と自警団の団長、それから街道警備隊の隊長にしか伝えていない。住人に騒がれると妙なイレギュラーが発生しないとも限らないのであえて伝えないようにしてあるのだ。だが市長は心配してこうして私の元を訪ねてきたというわけだ。

「はい。大丈夫ですよ。私達にお任せください」

「はぁ、いくら異世界人の方とは言え軍隊を相手にするなんて、本当に大丈夫なんですか?」

「急に押し掛けてすまんな、嬢ちゃん。コイツがどうしても聞きに行くって煩くってな」

 そう言ったのは自警団の団長である。

「我々も言い聞かせたのだがな、どうにも不安でたまらぬらしい」

 今度は街道警備隊の隊長だ。

「あなた達は良いですよ!目の前で異世界人の凄さを目の当たりにしてるんですから!私は聞いたことしかないのでもう不安で不安で。大体異世界人の能力なんて誰かが盛って尾ひれはひれが付いてるんでしょ?」

「んなこと言われてもなぁ。どうする?隊長」

「まさか街中で魔法を披露して頂くわけにもいくまいよ、団長」

 隊長と団長は二人で悩んでいる。自警団と警備隊は仲が悪いと聞いていたので二人が並んで話してるのは少し意外だった。

「異世界人の力が見れれば良いんですか?」

「御意」

「いや、無理して貰うこともないぜ。この腰抜けが黙ってれば良いんだから」

「腰抜けって言いますけどね!私には市長としてこの街の人々を守る責任があるんですよ!これで誰かが怪我したり死んだりしたらと思うと胃が…」

 責任感は人一倍あるらしい。

「うーん、力が見たいだけなら裏庭に行けば見てもらえるかと」

 裏庭には洋子さんとティレットがいる。ティレットはA(仮)の力の省力化の練習。洋子さんはその力を有効に活用するためのアドバイザー兼格闘戦の練習相手。二人の練習風景でも見せれば市長さんも納得してくれるんじゃないかと思って連れて行く事にする。


「おーい、二人ともー。ちょっといい?」

 私が三人を裏庭に連れて行くとティレットは剣を振るいながらA(仮)の力を使う練習をしていた。洋子さんが相手になっての実戦形式の訓練だった。

 そしてこちらに気付いていないのかティレットが打ち出した小さな火球の一つがこちらに飛んでくる。そして市長の顔を横を通りその後ろにあった木に当たる。当たった所は大きく抉れている。

「あ」

 それに気付くティレット。

「エアリィ様、どうかなさいましたか?」

 洋子さんは私が来てすぐにこちらに気付いて模擬戦の手を止める。

「あわ、わわわわわ」

 火球に驚き腰を抜かしている市長。

「ったくしょうがねえな」

「しっかりせぬか」

 後から聞いた話だがこの三人は小さい頃からの幼馴染で今も仲がいいとの事。

「あー、集中してるとこごめんねー。この人が異世界人の力を見たいって言うんだけど」

「これ?」

 ティレットはフルーレの先に火球を作り近くの木に放つ。火球は木の細い枝の根元に当たりその枝を折る。だいぶコントロール出来るようになったようだ。

「おー、器用だな」

「あ、団長さん。久しぶりね」

「おう!うちのが迷惑掛けてないか?」

「いいえ、そんな事ないわ」

 ちなみに普段ティレットが接している自警団の中の偉い人はこの団長の息子なのだという。

「そりゃ良かった。おい。ほら異世界人凄いだろ」

「今のは枝を折っただけじゃないですか!あんなので軍隊を相手にするなんて」

「全く面倒な爺よのう」

 隊長は言う。

「あなただって歳は同じでしょう!私はもう心配で心配で」

「この人は何を言ってるの?」

「おそらく今夜の事で不安なのでしょう」

 ティレットは首を傾げている。

「うーん。まさかここで魔法大戦やらせるわけに行かないしなぁ」

 不安そうな市長に手を焼く団長と隊長、わけが分からない私達。


「みんなでどうしたんだ?」

 そしてイーレがいいタイミング帰ってくる。

「あ、おかえりー」

「ただいま。その人は?」

「市長さんと団長さんと」

「これはイーレ殿、ご無沙汰しておる」

「ああ、隊長さんではないか」

「いつも桂花が世話になってる」

「いや、世話になってるのはこちらの方だ」

 ちなみに桂花さんはこの隊長さんの孫だ。と言っても隊長さんの子供は養子らしく桂花さんはその養子の子供という事で当然似てない。髪の色からして違う。だが桂花さんはお祖父ちゃんっ子だったらしくその言動は瓜二つだ。

「今日は忙しい所をすまぬな」

「いや、それでその人は一体」

「あなたが街を守る魔法使いですか⁉本当に大丈夫なんでしょうね⁉」

「これはどういう事か説明してくれ」

「今夜の事が不安なんだって」

「あなたが街を守れる事を証明してください!」

 市長に取りすがられて困惑するイーレ。そして後ずさった拍子に買い込んだ食料の詰まった紙袋から何かが落ちる。

「あ、葛種が」

 葛種(かずらだね)と言うのは胡椒によく似た香辛料である。胡椒のように粉末にして用いる。清治に言わせれば胡椒よりも辛いと言うが私には特に違いが分からなかった。そしてその粉末を包んだ紙は落ちてその粉が宙を舞う。

 そして

「へっ!」

イーレの鼻に

「クシュッ!」

入った。

 その瞬間つむじ風が巻き起こる。強風によって一瞬で私達の髪はボサボサになる。

「ちょっと、イーレ。今の精霊の力なの?ちゃんとコントロールしなさいよ」

「すまん。ところでコントロールってなんだ?」

 人の身では決して起こせない強風を目の前にして驚き腰を抜かす市長。団長と隊長はこれは凄いと笑っている。

「二人の力はご理解してもらえました?」

 私は市長に言う。

「あ、ああ。でもそれだけじゃまだ不安だ。本当に計画は上手くいくのか?」

 市長と団長と隊長にはすでに話はしてあるそれでも市長はまだ納得出来てないようだった。

「分かりました。今から説明致します」

 あとは私の仕事だ、と思い私はイーレとティレットにしたように一から話をする事にした。

 結局二時間かけて説明してようやく市長は納得して帰って行った。時刻は三時を過ぎていた。

「なんか疲れた」

 そうして私はしばらく昼寝をする事にした。あと数時間後の騒動に備えて。

 


 洋子さんの呼ぶ声で目を覚ますと時刻は五時を回っていた。

「エアリィ様、お休みのところすみません。お客様がお見えになりました」

「うん、あの人?」

「はい。客間でお待ち頂いております」

「分かった。顔洗ってから行くね」

「はい、お願いします」

 私はまだ寝ぼけた頭をスッキリさせようと手洗い場に向かう。本来この地方では水道は外にある。水道と言ってもビフィド山から流れる豊富な水をただ水路を作り流しているだけの簡単な物だ。それがこの屋敷では屋内にある。さすが賢者のための屋敷だと感心する。

 冷たい水で顔を洗いながら私はさっき見ていた夢を思い出す。夢とは言っても過去に起きたことを追想するかのような物だった。

 巨大な黒い蛇。

 衝突する力と力。

 地を這う衝撃。

 それはあの時の事だった。

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