第28話 悪巧み
「イーレさんにはこの街を襲う陽動隊の相手を、ティレットさんは私とともに本隊の相手をしていただきます」
「その陽動隊に魔法使いがいると言うのは本当か?」
「ええ。ポール将軍は旗下の魔法使い部隊も呼び寄せています。時期的には前回の盗賊団騒ぎのすぐ後ですね」
「先手を打って倒してしまうわけには行かないの?」
「それも考えましたこの街の付近にはそのような身なりをしている人間はいませんでした。旅人や商人に偽装されていては手の打ちようがございません。検問出来るほどの人員もいませんし」
怪しい奴を片っ端から片付ける事も出来るがそれじゃあどっちが盗賊なのか分からない。
「多分この人達は盗賊団を装って来るだろうね。実際雇われてる人もいるみたいだし」
すでに人を集めていると言う話も聞いている。規模的にはおそらく前回の倍はあるだろう。
「では私はその魔法部隊をなんとかすれば良いんだな?」
「ええ。この街の自警団と一緒に街を守ってください」
「自警団なら私じゃないの?イーレは街道警備隊なんでしょ?」
ティレットの疑問ももっともだ。元々イーレが街道警備隊としてティレットが自警団として働いているのである。
「それには理由があるんだ」
「はい。ティレットさん、少々失礼致します」
洋子さんはそう言うや否やナイフを手にティレットに襲いかかる。イーレは勿論事前に聞いていた私ですらその動きを把握する事は出来なかった。
「…何するのよ、危ないわね」
突然の奇襲にも関わらずティレットは腰に携えていたフルーレと呼ばれる先の細い剣で洋子さんのその一撃を受け止めていた。
「これがその理由です。ティレットさんにはその高い身体能力を活かした仕事をしていただくことになります」
「それで私にA(仮)の力の練習をさせてたのね」
「左様でございます。あなたの身体能力とその力があれば私以上の戦力になるでしょう」
洋子さんは何事もなかったかのように私の側に立つ。
「もう一つ理由がございます。ティレットさん、その服は元の世界の物ですか?」
「ええ、そうよ」
「ティレットはここに来て一年経つんだよね?その間毎日着てたの?」
「そうよ」
「にも関わらず一切傷んだ様子がありません。その服は下手な甲冑よりも余程丈夫なのではありませんか?」
さらに洗濯もしなくて良いのである。見た目はともかく興味をそそられる逸品だ。
「ええ、その通りよ。よく気付いたわね」
洋子さんはウロボロスの前で二人が始めた大喧嘩の最中にその戦闘能力の高さとその服の丈夫さに気付いたのだと言う。それを話すとティレットとイーレの二人は
「もう、その事は」
「そっとしておいて欲しい…」
と恥ずかしそうにする。二人にとってあの喧嘩は大人気ない事をしたと猛省するものであったようだ。
「というわけでティレットは洋子さんと敵の本隊を追って欲しいの」
「分かったわ。でも追い掛けてどうするの?」
「基本的には敵の戦力を削ぐのが目的です」
「本隊はどこへ向かうんだ?」
「ここよ」
「ここってこの家か?」
「そう。ポール将軍を私の前に引き出して欲しいの」
私がそう言うとイーレとティレットの二人は呆気に取られている。
「ちょっと待って、ポール将軍が自ら出てくるの?」
「はい。例の夜間の不審な集団ですがそこにはポール将軍もいました」
「中々面倒臭い性格の人みたいね」
「私は盗賊団の相手、ティレットと洋子さんが本隊を相手にするならエアリィ一人でその将軍の相手をするのか?」
「ここは私も再三ご再考願っているのですが」
「大丈夫だよ。手はある」
と言っても手を打つのはこれからの事である。
「それで時間はいつ?」
ティレットだ。そう言えばまだ肝心な事を話してなかった。
「九時だよ」
「どうして言い切れるんだ?」
「ティレット、この街で酒場とか飲み屋が閉まるのは何時?」
「へ?えーっと、十時?」
「九時だぞ。エアリィ、黒魔術師に聞いたっていつも酔ってるから何時なんて覚えてないだろう」
「あ。それもそうね」
「もう、何よ二人して」
「ごめんごめん。で九時って飲み終わった客がぞろぞろと帰り始める時間でしょ?となると街にはそんな人がいっぱい歩いているわけ」
「そして外からの陽動で街の人達の気を引けば移動する集団がいても目に入りにくい状況が作れます」
「そして何よりこの予行演習は毎晩決まって九時に始まるの。時間まで決めてやってるのは几帳面と言うかなんと言うか。だから時間が分かったってわけ」
二人はなるほどと言った顔をしていた。
「セイジはどうするの?」
「別にどうもしないよ。部屋で大人しく寝ててくれればそれでいい」
勇者という単語はかつての日本では、それこそ清治の生きていた時代ではヒーローと同じような意味を持っていたらしい。
悪から人々を守る戦士、それが勇者。
だが清治にはとてもそんな事は出来そうにもない。勇者なのに。
「ご心配には及びません。明日の朝までぐっすりとお休み頂けるよう眠り薬も用意いたしました」
「そこまでするの?」
「いや、下手に首突っ込んできて人質にでもなられたら面倒だしね。この件ではまず役に立たないし」
「酷い言われようだな」
「セイジの扱いって一体…」
清治は私達のためにトイレを作るという重要な任務がある。その任務の前には他の事など些事に等しい。
壁にかけた時計が時を報せる鐘を鳴らす。時刻は朝の九時になろうとしていた。襲撃まであと十二時間だ。
「と、まぁ、そんなわけで今日はよろしくね」
私は気を取り直してそう言った。イーレとティレットの二人は黙って頷いた。
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