第七章 悪巧み、少女

第27話 遺された手記


「それじゃ、行ってくるな」

「はーい。お仕事ご苦労さまでーす。お土産よろしくね」

「お土産って言っても陸クラゲの足くらいしか持ってこれないぞ」

 陸クラゲの身からは良質な水を取ることが出来る上にその出涸らしは良い干物になる。この干物を煮出すとこれまた美味い出汁が出る。また塩を振って焼いた物も中々の珍味である。酒飲みでなくともおやつ感覚で食べる事の出来る優等生だ。しかもノンカロリーと来ている。私も好きなこの陸クラゲの料理はカバシシと並ぶビフィド地方の食文化の一つである。清治もこれが気に入っているのかクラゲ採りの仕事の後にはその足を持ち帰り干物を作ったり焼いて食べたりしている。

「お、いーね。今日は腹いっぱい食べられる」

「すっかりダイエット食品感覚だな」

「美味い上に太らない。まったく素晴らしい生き物がいたものだ」

「ならエアリィのためにも頑張ってきますかね」

「おー、頑張ってー」

 そんなやり取りをして清治を送り出して私は屋敷の中に入る。ダイニングに入るとイーレ、ティレット、洋子さんの三人がお茶を飲みながら私を待っていた。

「さて、それでは作戦会議を始める」

 三人を目の前に私はそう切り出した。



「そもそもの発端はこの手記なの」

 私は二人の前に戦士の手記を置く。

「何か凄い事が書いてあるの?」

「いや、この世界の人には役に立たない事しか書いてないよ。役立てる事が出来るとしたら清治くらいかな」

「その手記がどうかしたのか?」

「まずこれを書いた人について説明するね。洋子さんお願い」

「はい。この手記を遺した人物は御手洗保(たもつ)、四十五歳、みなさんと同じように異世界から来られそして戦士となり魔王軍との戦争で活躍された方です」

「戦士か」

 私は異世界人の戦士にあった事はない。だからどういう力を持っているとかどういう生活をしているかとか聞いている範囲でしか分からない。

「イーレはこの人の事、聞いたことある?」

「いや、ない」

「私もないわね」

「二人は戦場にいたんでしょ?」

「いたと言ってもここに来てすぐの事だし、だいたい訳も分からず戦場に連れて行かれて何事かと。イーレもそうでしょ?」

「ああ。ただ周りに流されるままだったな」

 ある日突然異世界に来たと思ったらあなたは賢者です、魔法使いですと言われて仕事をさせられるわけである。全くひどい世界だ。

「でも、一年前の大敗北の話は知ってるよね?」

「うん。それは聞いてる。私達が連れて行かれる直前の話だって聞いたけど」

「この御手洗さんはその時に亡くなってるの」

「ちょっと待ってくれ。戦士なら強いんだろう?そんなに簡単に死んでしまう物なのか?」

「この御手洗氏の実力は破格の物です。彼はその実力を買われてヴァースィキ隊と言う強者揃いの部隊に配属され多くの戦果を上げています。年齢こそ四十五歳ですがここ近年を見ても力は衰えていません。むしろ増してすらいます」

 この隊はいつも激戦の最中に投入されそして戦果を上げて来たのだと言う。やはり異世界人扱いの悪い世界だ。

「ならどうしてその戦士は死んでしまったんだ?」

「そう、私もそこに引っかかったんだよね。だから洋子さんに色々調べて貰ってたんだ」



「この前のさ、盗賊団の襲撃って何が狙いだったと思う?」

「盗賊なんだからお金とか貴重品とかだろう?」

「そうだね。でもそれなら盗賊『団』である必要がない」

 そもそもこの街を襲って強奪しようと思ったらそれこそ軍隊くらいの規模はいる。そんな勢力はなかったのだが。

「つまり徒党を組む理由があったという事ね」

「そう。例えばキャラバン隊を襲ったりとか、ほら、ここってたまに宝石展とか物産展とかあるじゃない?そういう一団を狙うんなら他の盗賊達と組んで襲うのは、まぁ分かる話だよね。でもさ、あの時ってそんな理由はなかったんだ。キャラバン祭りも終わった後だったしね」

 宝石展には行った事があるがこの世界の照明は私のいた世界と比べれば実に貧相でその宝石展も例外ではなかった。でも暗がりで宝石だけを明るく照らす光景は中々雰囲気があって好きだった。物産展は土産物や地方の名産品を紹介するような物で清治曰くこれはこれで面白いのだという。

「ならどうして盗賊団だったんだ?理由はないんだろう?」

「イーレ達は東方遠征軍の野営跡を見つけたって言ってたよね?」

「うん」

「ティレットは捕らえた盗賊が嵌められたって言ってたの聞いたんだよね?」

「ええ。その二つに関係があるの?」

「これもね洋子さんに調べて貰ったんだ」

「前回の襲撃はおそらくこの街の防衛力の調査が目的です。盗賊達はその多くが金品で雇われた者達でした。何かを盗るのではなくただ街を襲うのが目的でした」

「なら野営跡はなんなんだ?」

「野営跡には東方遠征軍の特徴がありました。つまり彼らはそこにいたと言う事です。当然こんな所に彼らがいる理由はありません」

「でもね、東方遠征軍が盗賊団が街を襲う様子を見ていた、という事ならなんか分かる気がしない?」

「だから再襲撃に備えてのこの街の戦力調査をしていたというわけね」

「東方遠征軍がこの街を襲おうとしてるという事なのか?目的はなんなんだ?」

「それがこの手記ってわけ」

「なんでだ?役には立たないんだろう?」

「そうなんだよね。この手記を手に入れたところで得する人間は誰もいない。ただ一人を除いては」

 あ、いや、清治もいるか。

「それは誰なんだ?」

「ポール・バレンティヌス将軍です」



「イーレはアル・キャリー侯爵の軍でティレットはサン・セイ軍だったよね?」

 サン・セイ軍は気性が荒くその行動も粗野なのだと言う。だが勢いだけなら激しく数々の戦果を挙げている。アル・キャリー軍は反対に思慮深く穏やかだと言う。戦場では勢いこそないが敵の弱点のみを徹底的に攻め立てる戦法を得意としてやはり多くの戦果を挙げている。この両者は対立し互いに功を競い合っているのだという。

「ポール将軍はもう一つの軍、チュウ・セイ侯爵の軍の将軍でした」

 チュウ・セイ軍はサン・セイ軍とアル・キャリー軍の丁度中間のような性格をしているのだという。だからこそ長年軍団長の地位を守っていたのである。

「このチュウ・セイ侯爵は一年前の大敗北の時軍団長だった人ね。それでその敗北の責任をとってその地位を辞任してるの。その後で二人のいたサン・セイ軍とアル・キャリー軍が前線を押し戻した」

「ああ、それでみんなムキになってたのね」

 チュウ・セイ侯爵の辞任後軍団長の地位を争って両軍は激しい攻勢に出たのだと言う。そして一度大きく後退してしまった前線を瞬く間に取り戻した。

「あれは結局二人の力のおかげだったんだよね?」

 でもそれは二人の魔法使いの手柄だったと当時を知るものは言う。その魔法使いこそイーレとティレットなのである。

「うん。でもその後で兵士の士気が下がるとかで追い出されたんだけどね」

「そりゃまあ一発の魔法で戦場をひっくり返したんなら仕方がないよね」

「それでそのポール将軍がどうしたの?」

「一年前の大敗北は公には魔王軍の前代未聞の大攻勢によるものだとされています」

「公って事は裏の事情があるって事?」

「そう。で、このポール将軍はその大敗北のきっかけ作ってしまったんじゃないかな。もっとも今の所それは誰にも分からないんだけど」

 例えばこの戦士のいたヴァースィキ隊を単独で先行させたりとか。それなら屈強な部隊が全滅した事も頷ける。

「それでこの手記に真相が書かれている、そう誤解したポール将軍が真相が露見することを恐れて奪おうとしているということ?」

「そうだね。まぁ、実際の所は捕まえて聞いてみないと分からないけどね」

「でもそれは憶測に過ぎないじゃない?どうしてポール将軍だって断定できるの?」

「はい。実はポール将軍はすでにこの街に来ています。北の宿屋、その最上階にある最高級室に泊まっている客がそうです。もちろん偽名は使ってますが間違いありません」

 その部屋は一晩十万イェンする所謂スウィートルームと言う奴だ。この世界ではそんな言い回しはしないが。それにしても全く良い身分である。

「それに彼の部下もこの街に来てて毎夜予行演習らしき事もしてるの」

 これは自警団や警備隊の張り込みによって調査済みだ。ご丁寧に毎日同じ時間に行動し私達の住むこの家までのルートを探っているのだと言う。

「戦場からの情報でもポール将軍とその直属の部隊が居なくなっている事も分かっています。戦場からの時間的距離と宿泊日数も符合します」

「そこまで分かっているなら今すぐ止めれば良いじゃないか」

「はい。イーレさんの仰る通りです」

「ならなんでしないんだ?」

 実は洋子さんからは何度も今のうちに手を下せと忠告されている。万が一にも私が被害を受けるなんて事にならないようにとそう言ってくれているのだ。

「私達がここにいる理由はなんだい?」

「それはセイジがトイレを作るって言うから」

「そう。私達はトイレのある生活のためにこうして一緒に暮らしてる。もちろん誰にも邪魔されたくない」

「エアリィ様はこの件を今後の外敵に対する抑止力として活用なさるおつもりです」

「なるほど。私達に手を出したらどういう事になるか分からせようという事ね」

「そ。で、相手が東方遠征軍ともなれば丁度いいってわけ。軍人すら退けるんなら余程腕の立つ奴でもない限り襲おうなんて思わない」

「そういう事か」

「それで二人にはこの街を、この家と完成間近となったトイレを守るために力を貸して貰おうというわけ」

 二人は静かに首を縦に振る。

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