第22話 木材と魔物


 率直に言って私はイーレが可愛いと思っている。

 元気なところとか、背が低いところとか、拙い喋り方とか、美味い料理を作れるところとか、そもそもイーレ自身の在り方そのものを非常に魅力的に感じていた。

 まるで愛されるために生まれてきた、そんな風にさえ思えてしまうのだ。そしてそれは全て私が持っていない物だ。だからむしろ憧憬に近い感情なのかも知れない。決して妬み嫉みを感じるのではない。

 仲良くとまではいかないでも普通に話せるような関係になりたいとは出会って最初から思っていたのかも知れない。



 セイジがトイレを作るに当たり最も障害となったのは小屋を作るための木材が高価だった事だ。個室一つ分ほどの小屋を作るのに三千万イェンするのだと言う。

 これは明らかに法外な値段なのだという事でその原因を探るためもあって、私達はあの日アウメを使った芸術作品のお披露目の日にビフィドに行ったのである。

 ビフィド村では観光以外でも少量ながら木材の出荷も行っている。ビフィド山の麓の広大な森林があるためである。

 お披露目を見終わって日が暮れた頃、神殿を出た私達は木材を加工しているという製材所に行った。もう日が暮れていると言うのにそこではおそらく端材を焚いているだろう明かりで照らしながら作業が行われていた。

「あの、すみません」

「ああん⁉」

 セイジは近くにいた人に声をかけたのだが忙しさにイライラしているらしく返事には怒気が混ざっていた。

「あの、ビフィスから来たんですが、社長さんはいますか?」

「大将ならあっちにいるぜ、ったく下らねえ事聞くんじゃねえや!ああ、忙しい!」

 その態度に私達は面食らいながらもその男の指さした方に向かうと一つの小屋があった。中にはやはり明かりを灯しながら仕事をする眼鏡を掛けたおじさんがいた。

「あのー、すみません。社長さんですか?ビフィスから来た…」

「ああ、いらっしゃい。大工さんから聞いてるよ」

 先程の荒々しい職人とは違うこのおじさんの柔和な応対を私は意外に感じた。柔和と言うより疲れてやつれている様に見えるが。

「忙しい所すみません」

「ホントにね。参ったよ、あはは…」

 書類が山のように積まれた机の奥でおじさんは乾いた笑いを浮かべながら言う。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫、大丈夫…。それより本題に入ろうか」

「はい。実は一つ小屋を作ろうかと思ってるんですが、木材が高いと聞きまして」

「うん。確かに値上がりしてるね。だから忙しいのはありがたいんだが」

 おじさんは書類の山に手を置いて言う。木材の売買に関する書類なのだろう。

「なんで値上がりしてるんですか?」

「君は異世界人だったね。人間と魔王軍が戦争してる事は知ってるかい?」

「ええ。」

「その戦場に送られる木材が不足しててね。本来ここで産出する木材は一般向けの物なんだが」

 ふと戦場での風景を思い出す。砦や階段、塀などは全て木材で作られていた。だが戦場を見たことのないセイジとエアリィは木材と戦場との関係にいまいちピンと来てないように見えた。

「セイジ、木材は砦を作るのに使われるんだ」

 イーレはそう補足する。

「そう、本来はここから東の、もっと戦場に近い所が産地なんだが、どうもそこでトラブルがあったみたいでねぇ」

 おじさんはため息を吐く。

「ビフィド山の森のおかげでなんとかなっているが、このまま続いたらこっちの身が持たないよ…」

「そのトラブルって何ですか?」

 エアリィが聞く。ひょこっとセイジの後ろから飛び出ながら。

「僕も詳しくは知らないな。役場に行ってみたらどうだい?これだけの騒ぎになってれば依頼が出てるはずだから」

 言いながらおじさんの目がエアリィの胸を見てる事に気付く。若干元気が出たようだ。

「話はこれくらいで良いかな?そろそろ仕事に戻らないと」

「あ、ええ。忙しいところすみませんでした」

「力になれなくてごめんね」

「とんでもないです」

 その後ビフィドで一夜を明かしその翌日に私達は役場に向かった。



「街道の魔物退治ねぇ」

 つまり本来の産地から木材の供給が滞っているのは運搬に使う道を何者かが塞いでいるためだった。この何者かは魔物であるらしくそれを退治するという内容の依頼が発行されていた。報酬は三百万イェン。他の依頼とは比べるまでもなく高額なものだった。

「この世界にも魔物っているんです?」

 セイジは受付の女性に聞く。魔物とは一体なんのことだろう。

「うーん。あんまり聞いた事ないかな。ただ目撃者の証言を総合すると魔物としか言えない物らしいの。なんでも黒くて太くて長いとか」

「どうする清治?」

 エアリィが聞く。

「うーん」

 セイジは何か考えている。

「ティレットはドラゴンを倒したんだっけか?」

 おそらく私が話した選定の儀の事を思い出したのだろう。

「倒したわけでもないわ。威嚇したら逃げていったの」

「倒したりも出来る?」

「なんとかなるんじゃない?」

 また似たような事態になってもそう大事にはならないだろうと私は思っていた。

「ふむ。イーレはどうだ?」

 イーレは渋そうな顔をしている。

「相手によるとしか言いようがない。神聖の高い存在なら私は戦うような事はしたくないぞ」

「う~ん。神獣とか?そんなのいるのかねぇ」

「洋子さん何か心当たりある?」

 エアリィだ。この世界の住人である洋子さんなら何か分かるかも知れない。

「いくつかの昔話の中にはそう言った超常的な存在は登場しますが実際に見たという話は聞いたことがございません。その目撃情報も何かと見間違えたのでしょう。」

「だって。どうする?」

「う~ん」

 セイジは考え込んでいる。

「それがなんであれ解決しないことには小屋が作れないよな。ティレットとイーレ、それに洋子さんがいるならそう危険という事もないだろう」

「どうする?無理はしない方が良いよ」

 受付の女性は言う。

「うん。その依頼受けます。みんなも良いかな」

 おそらく木材がと言うより興味が勝ったのかイーレもエアリィもセイジの決定に従った。私は私で目的達成のためには止む終えないと協力することにした。


 そしてその翌日私達はその魔物の目撃情報があったという東の街道に向かうことになった。片道三日はかかる距離だった。

「なあ、ティレット。イーレに何かしたか?」

 道中セイジはそんな事を聞いてきた。

「何もしてないわ」

「そうか。なんか様子が変じゃないか?」

 そう、それは私自身感じていた。私はイーレと話をしたいと思っていたのだがどうもイーレは私と距離をとっているようなのだ。別に無視されたりあからさまに避けられたりというわけではないがどこか素っ気ない態度を取られているように感じていた。正直非常に残念だった。

「嫌われてるのかも知れないわね」

「なんで?」

「知らないわよ」

 道中の食事は全てイーレが準備した。私達の中で満足に料理を出来るのはイーレだけだったからだ。街道を移動し始めて数時間後、イーレが作った昼食はとても美味しかった。

「ごちそうさま、貴女の作る料理はとても美味しいわ」

「そ、そうか?そう言って貰えると嬉しい」

 食器を片付けながら言うイーレは少し照れているようだった。

「どうしてこんな事が出来るの?」

「ん?料理の事か?」

「うん。」

「元の世界で当たり前にやっていた事だからな。私の世界では女なら誰でもこれくらい出来るぞ」

「凄いわね」

「お前の世界はどうだったんだ?」

「私達の世界にこんな美味しい食事はなかったわ」

「そうなのか?」

「ええ。固形食となんとなく味の付いているだけのスープだけだったわ」

「それだけか?」

「そう、それだけ」

「肉とか魚とか野菜とかは?」

「なかったわ」

「そうか。なんだか寂しい世界なんだな」

 寂しい、か。そんな事は考えもしなかった。それが当たり前だったからだ。この世界に来てからもそんな風には思わなかった。でも、人によってはそう感じるものなのかも知れない。


 そんな風に何気ない会話を重ねてイーレの態度は少しずつ軟化していった。イーレとの距離が縮まっているような気がして嬉しかった。


 だが三日目、目的地まであと少しという所に来て事件は起こった。


「おい、お前ら!動くな!」

「痛い目に会いたくなかったら荷物をこっち寄越せ!」


 どこかで聞いた声、どこかで聞いた言い回し、見ればいつか見た二人組の強盗だった。

「またあんたらか。もうちょっと相手選んだ方が良いんじゃないか?」

 セイジは言う。

「げっ」

「おい、兄ぃ」

 私達に気付いた男たちは後ずさる。

「あ、そうだ、これ。この前の忘れ物」

 セイジはこの前に男たちが落としていった二万イェンの剣を取り出す。護身用にと持っていたらしい。

「高いんだろ?返すよ」

「あ、ああ。すまないな」

「良かったね、兄」

「って違う!俺たちは強盗だぞ!」

「うん、知ってる。でも被害ないからなぁ」

 なんとか威圧感を出そうと剣を抜きセイジに向ける強盗。セイジは軽く両手を上げながら後ずさる。

「で、どうするの?」

 私はセイジに聞く。

「私がなんとか致しましょう。彼らが強盗である以上放置するのもよくありません。そんな気を起こさない程度に懲らしめた方がよろしいでしょう」

 洋子さんだ。一体どんな事をしようと言うのだろう。

「待って。私がやるわ」

「よろしいのですか?」

「ええ。元は私の不始末なんだし、良い機会だから徹底的にやってあげるわ」

 最初のといい前回のといい威嚇で終わらせている。もう強盗なんかする気もなくなるくらい痛め付けるしかない。私は背負っている鞄を下ろし肩をほぐす。

「殺すのか?」

「そうならないように善処はするわ」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!さっさと荷物を置いて」

 強盗が何か言っているのも構わず私は両手を上げありったけの力を集める。かつて二人に向けた以上の熱の塊だ。

「おい、兄ぃ!アレやばいって!」

「んな事言ったってどうするんだよ!」

「逃げたほうが良いぞ」

「私も逃げた方がよろしいかと思います」

「いや、あんたら見てないで止めてくんないか?」

「それよりも逃げた方が早いと思うぞ」

 私の頭上でA(仮)の力で作られた火球がパチパチと音を立てている。私はそれをゆっくりと進む様をイメージしながら男たちに放つ。

「おい!兄!逃げろ!」

「ってうわあ!助けてくれ!」

 火球は人の走る速さと同じ速度で男たちをゆっくりと追い始める。恐慌に駆られた男たちは必死に逃げる。

「おい、ティレット。殺したりとかは良くないぞ」

「分かってるわよ。適度な所で破裂させるから」

「破裂するとどうなるんだ?」

「辺りが吹き飛ぶんじゃない?」

 私は男たちが走り疲れたらそれを上空で破裂させるつもりでいた。実害はないが轟音と衝撃で恐怖する事くらいにはなるだろう。

 数分の後計画通りに実行する。空中で大爆発を起こす火球。男たちを見ると確かに生きていて呆然自失となっていた。

「あーあ、また落としてったよ」

 セイジは剣を拾う。

「お疲れ様でした。ティレットさん」

 洋子さんはそう言ってエアリィの乗る荷車に戻り引き始める。

 私は一息ついて鞄を背負い直す。すると今まで後ろで様子を見ていたイーレが私に寄って来て言った。

「お前は自分が何をしているのか分かっているのか?」


 イーレはそれ以降目的地に着くまで一言も話さなかった。言われた事の意味も含めて私には全く意味が分からなかった。


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