第五章 さかない花
第21話 アウメの割り方
「ほれ、これをこうしてな」
セイジはアウメを竹製の籠の中に入れ、その中に別のアウメを落とす。
するとぶつかり合ったアウメは割れて幾つかの破片となった。
「こんなに簡単に割れるんだよなぁ。トンカチで叩いても岩に投げ付けても火で炙っても傷一つ付かないのに」
セイジは拾い上げた破片を見ながら言う。
「アウメって割れるとこうなるのね」
私もその破片を一つ拾って見る。その断面を見るとそれがアウメながら綺麗と思えるほど輝いている。
「知らなかったのか?」
「うん。アウメなんて回収ボックスに入れて終わりだもの」
回収されたアウメは専門の部署に運ばれた後粉末状に加工され世界を再生する現場に送られる。この加工はオーメルの中でもごく一部の人間しか携わらないので私にはアウメの物質的特性など知る余地がなかった。
「というわけで、ほい」
セイジは私にアウメを渡す。
「ほい、って何よ」
「割ってくれ。穴に敷く砂利に混ぜるから」
「はい?」
「ろ過だよ、ろ過。まず小石とアウメの破片を敷くだろ、その上に炭を敷いて、そしたらその上に細かい砂利と小さめのアウメの破片を混ぜて敷く。そうすりゃあアウメの処分にもなるし一石二鳥だ」
私は思わずなるほど、と感心してしまった。これなら誰かに見られる事もなく再利用にも繋がる。
「その発想はなかったわ」
「そうか?ほら、早いとこ済ましちゃおうぜ」
アウメは未だ部屋の三分の一が埋まるほど残っている。そして今現在も毎日生産されている。今朝も一つ出来たところだ。こうして処分する宛が出来た事は非常にありがたい事である。
籠の中にアウメを置きアウメを落とす。気持ちが良いくらいあっさりとアウメは砕け細かい破片となる。
「出来た奴はそっちの籠に入れておいてくれ」
セイジが指さした方には大きめの籠が置いてあり中にはやはり竹出てきた穴の大きいザルが置いてあった。このザルで小さい物と大きい物に選り分けるのだと言う。
「よく思いつくわね」
「そうか?別に普通だろ」
異世界人というものはなにか常人を超えた能力がある。この発想力こそセイジの異世界人らしさなんだろうか、などと考えつつ再びアウメを割る。
この色の着いたアウメはまさに私のコンプレックスの塊だ。
まともにアウメ一つ作れない欠陥品、それが私に対する周囲の評価だった。
排泄をしてアウメを作る。それは人としてごく当然の事なのだ。子供だって出来る。
そして私の欠陥はアウメに色が着く事だけではなかった。本来A(仮)の力は世界の再生に用いられるものだ。だが虫食いの様に壊れる世界をそのまま再生する事は出来ない。再生させようと思ったらそこを一度全くの無に戻してからそこに作り直すのである。
その無に戻す作業が破壊。
私が唯一得意だった事だ。私はアウメをまともに作れないだけでなく世界を再生させる事も得意ではなかった。A(仮)の力を用いての破壊。それだけが私に出来た事だったのである。
アウメを割りながらそんな事を思い出していた。
籠の中で砕け飛び散る様を見ていると不思議な気持ちになる。これが元は自分の排泄物だと分かっていながら綺麗などと思ってしまう。そう、自分のコンプレックスの塊が砕け散る様子を見ているのは中々小気味の良いものであった。そうして二時間ほど作業しているとイーレがやって来た。
「黒魔術師…」
イーレは木の陰からこちらを見てボソリと言う。魔術師と言えなくてまじゅちゅしになってるが。
「何よ」
「今日は酔ってないのか?」
「別に毎日飲んでるわけじゃないわよ」
「あ、やっぱり素面だったか。珍しいなと思ってたんだ」
「セイジまで何よ」
「いつも飲んでるからそう思われるんだぞ」
イーレが近づいて来て言う。
「二人して何なのよ。で、イーレは何しに来たの?」
「二人が何してるのか気になって見に来ただけだ。なんか割れるような音してるし」
「ああ、アウメを割ってるんだよ。ろ過装置を作るついでに処分しようと思ってね」
「ろ過?」
イーレも知らないらしい。セイジは私にしたようにイーレにも説明した。
「こんな綺麗な物を埋めてしまうのか?勿体ない」
「勿体ないって、元はうんこよ、これ」
自分の排泄物を嬉々として眺められて嬉しい人間がいるだろうか。あの神殿のだって吹き飛ばしてしまいたいくらいだ。
「いや、これはただのうんこじゃない。何かこう神聖な何かを感じる」
「そうなのか?」
神聖って何だ。
「A(仮)は嫌いなんじゃないの?」
「ああ、お前の使う黒魔術は嫌いだ。あれは世界に対する冒涜だ」
「でもアウメはその力で作られた物よ」
「それは分かるがこれは違う。強いマナを感じる」
マナと言われてもよく分からないが、とにかくイーレはアウメの事を気に入ってるようだ。
「イーレもやってみるか?」
「いいのか?」
「って割ってるんだけど?」
「どんな風に割れるのか見てみたい」
そう言ってイーレはセイジに倣ってアウメを割る。
「おお!砕ける瞬間も綺麗だな!」
アウメが綺麗だなどという事は聞き飽きているが、それでも嬉々として言われると妙なむず痒さを感じてあまり良い気分はしない。
「もっとやってもいいか」
「ならちょっと変わってくれるか?」
「任せてくれ!」
イーレはそう言うと嬉しそうにアウメを割り始めた。なんでこんな事が嬉しいのかよく分からない。私は私でアウメを割る。セイジはイーレに作業を任せると用事があるとかでどこかに出掛けていった。
「なあ黒魔術師、これをまた売ったりはしないのか?」
「しないわよ」
「でも宝飾品に丁度良いじゃないか」
「自分のウンコを身に着けさせたいなんて趣味はしてないわ」
「これはウンコじゃなくてアウメだ」
「知ってるわよ、それくらい!」
そういう問題じゃないんだ。
「そうか。勿体ないな」
言いながらアウメを割ってそれを楽しそうに眺めるイーレ。
「なあ、これ一つ貰ってって良いか?」
「…だめ」
「良いじゃないか。いっぱいあるし」
「持ってってどうする気なのよ」
「部屋に飾る」
「絶対ダメだからね」
そんな話をしながら私達はアウメを割り続けた。
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