第20話 予感


 清治がトイレを作ろうと掘っていた穴はついに目的の深さまで達した。

 土と汗で汚れた清治はその穴の縁に座り達成した喜びを噛み締めている。


「お疲れ様」

「おう、遂にやってやったぜ。」

 清治は誇らしげに言う。実に爽やかな笑顔を浮かべている

「次はどうするの?」

「そうだな、次はろ過かな」

「ろ過?」

「ああ。クソバーではやってなかったみたいだが水で流せるようにしようと思っててな」

「水洗って事?」

「いや、そこまでは出来ない。まぁ簡易式水洗ってとこかな」

 用を足した後、少量の水でそれを流そうとしているのだという。

「一応水が染み込んでいく土壌ではあるんだがやっぱり汚水をそのままってのはな。完全にろ過出来るわけでもないだろうけどちょっとは綺麗になればと思ってね」

「ふむ。エコだねぇ」

「おう、エコだ」

 私と清治が話していると縁側で飲んでいたティレットがふらふらとこっちに来る。

「どうした?ティレット」

「んー」

 今朝から飲んでいたティレットはすっかり酔っ払っている。そしてまるで何かを察知した猫か犬のようにキョロキョロしている。

「ただい…」

「イーレたんだああああああっ‼」

 ティレットは絶叫し、たった今帰ってきたイーレに飛びついた。

「あ、」

「そういう事ね」

 私と清治はティレットがふらふらしていた理由に思い至る。しかし一体どうしてイーレの帰宅を察知できたのだろうか。

「あー」

 イーレはうんざりしながらティレットに抱き竦められている。

「寂しかったよおおお」

 ティレットは言いながらイーレに頬ずりしている。

「洋子さん呼んでくるか」

 清治はどっこらせとでも言いそうな様子で立ち上がる。

「いや、しばらくそっとしておいてあげたら?今引き離すと却って大変な事になりそうだし」

「それもそうだな」

「二人とも見捨てないでくれ!」

 イーレは叫ぶ。

「しかし今回の遠征は長かったねぇ」

 厳密に言うと遠征ではなく出張と言った方が正しい。

 元々イーレの出張は三日間で終わるという話だった。だが今日で五日目だ。街道警備隊は実に仕事熱心である。

「あー、すまないな。長いこと空けてしまって。何か妙な事になっていてな」

「妙な事って?」

「ああ。っていい加減離れろ!黒魔術師!」

「えー」

「ったく…。で、盗賊団を目撃したって話で見回りに行ったんだがどうも違ったみたいでな」

「とーぞくだんなら私がやっつけたよー!」

 えっへん。と胸を張るティレット。

「ああ、それは聞いた。ラベールがまた揉め事起こさなきゃいいが…」

 イーレは解放され自由になった手で頭を抱えている。警備隊と自警団は仲が悪い事は私も聞いている。

「違うってどういう事?」

「ん?ああ。野営の跡は見つかったんだがどうも軍隊の物らしくてな。これはおかしいって言う事で他にも無いか見て回ってたんだ。結局空振りに終わったが」

「なんで軍隊の野営跡があったんだ?」

 清治の疑問は私も感じていた。

「それが分からなくてな。全く変な話だ。おかげで今回は疲れた」

 イーレはため息を吐く。

「変なことなら私も聞いたよー」

「へえ、どんな?」

「うーんとね、捕まえた、とーぞくが、俺ははめられたー!って言ってた」

「なんだそりゃ」

「わかんなーい」

 再びイーレを抱きしめ始めるティレット。イーレにはもう抵抗する余力はないらしい。

「軍隊と嵌められた盗賊団、か」

 私はなんとなくその二つが関係しているように思えた。



 風呂屋から帰った後、仕事から帰って来たばかりのイーレに夕食を作らせるのは酷だという事でその日の夕食は外食となった。久しぶりの外食を楽しんで帰って来て私は戦士の手記を読み返していた。

 何か妙な感じがしたからである。

「軍隊か」

 手記を見返してもやはり浄化槽についての知識が記されているだけだった。この戦士の死因が気になった私は洋子さんに頼んであれこれと調べて貰っていた。

 洋子さんは私の世話と警護だけでなく仕事周りの雑務すらやってくれる超人である。時には情報収集までやってくれる。賢者の仕事の特性上裏に政治工作だったり権力争いだったりと妙なオプションが付いてくる事もあるのだ。

 それではいくらなんでも気が引けるので少し彼女の仕事を整理しようと提案した事はあるのだが丁重に断られてしまった。むしろ働くことが生き甲斐なので減らされては困るのだと言う。なのでこうして遠慮なく頼むようになってしまっている。

 そんな彼女から得た情報でこの戦士について分かっているのは彼はもう十年はこの世界にいること、亡くなった時の年齢は四十代半ばであるという事、死ぬ直前まで現役で活躍していた事、最期は戦死であったという事くらいである。結局なんで死ぬような状況に陥ったのかは知ることが出来なかった。

「戦士、軍隊、盗賊団」

 私にはこの三つが無関係とは思えなかった。

「洋子さん、いる?」

「はい、こちらに」

 ホントに洋子さんは忍者なのではないかと思えるような迅速さで私の前に現れた。

「明日で良いんだけどさ」

「はい」

「また色々と調べてもらっていいかな」

「はい、何なりと」

「内容は朝言うよ。私もまだまとまってなくてさ。それまでに考えておく」

「畏まりました」

 洋子さんは本当に頼りになる人だった。

「じゃあよろしくね。それとさ、」

 私は一つ息を吸う。

「いつもありがとうね」

 私がそう言うと洋子さんは一つ間を置いて

「はい。こちらこそありがとうございます」

そう言って爽やかに微笑んだ。


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