第18話 未来のトイレ
「そう言えばさ」
「うん?」
「公衆トイレはどんな感じなんだ?」
「どんなって言われても」
唐突に何を言い出すんだろう、清治は。
「ほら携帯用搾便器を取り付けて使うんだろ?」
「うん」
「やっぱり個室?」
「そりゃね」
「仕切りは木製?」
「あー、詳細なディテールの話ね」
「そうそう」
「ちょっと待ってね」
知りたかったのは三百年前の一般的なトイレの画像だ。日本の風俗の項目にあった。
「うん、公衆トイレの造り自体は清治達の時代と変わらないかな」
「ふむ」
「違うのは素材かな。清治達の頃はドアとか仕切りは木製だったんだよね?」
「多分」
「まず個室のドアが違うかな。あー、なんて言ったら良いんだろう。開いてる時はなんにもなくて閉める時に引き出すというか」
「カーテンみたいなもんか?」
「そうそう。で閉めると通電して硬くなって板みたいになるの。あと透明じゃなくなる」
「それは一般的なのか?」
「うん。大抵この方式だね」
「個室の壁は?」
「そっちは無通電硬化パネルだね。ドアとは逆に通電すると脆くなるの」
「ふむ。木やプラスチックじゃ駄目だったのか?」
「そういうのは環境負荷がすごく高いでしょ?うーん、清治達の時代よりも、百年くらい先か、その頃にその辺りの意識がすごく変わったの。歴史の教科書には第三次産業革命なんて載ってたかな。」
「なるほど」
「床もこのパネルだね」
「それは丈夫なのか?」
「象が踏んでも壊れない。ちなみに宇宙でも使われてます」
「やっぱり宇宙進出もしてるんだ」
「十人に一人は宇宙で生活してるね」
「世界人口が七十億として七億人は宇宙暮らしか。未来すげーな」
「実際はもう少し少ないのかな。詳しくは知らないけど」
「ちょっと待って、三百年後も世界の人口は七十億なの?」
「うん。まぁ大体それくらい」
「人口って天井知らずで増えていくんじゃないのか?」
「うん?あー、ちょい待ち」
ふと危機感を覚える。
「うん。これは言わない方が良いかな」
もしもそう遠くない未来、大事件が起こると知ったなら人はどうするだろう。しかもそれが多くの人命が失われるようなことだったら。
「そんな事言われると余計に気になるだろ」
「いや、清治が知ったとして、もし元の世界に帰れたら面倒かなって?」
「タイム・パラドックスってやつか?」
「そこまで大袈裟な話じゃないけどさー。うん、やっぱり聞かない方が良いよ。聞いたところで一人の人間に何が出来るわけでもないし」
「気ーにーなーるー!」
「まぁ、色々と大変なことが起こるとだけ言っておこう」
私はなんとか誤魔化す。実際に目を覆いたくなるような事態になるのだ。決して清治にブラフかまして遊んでいるんじゃあない。清治はやはりもやもやするのか奇妙な顔をしている。
「それはそうとそのドア?は天井から床まであるの?」
「あるよ。当たり前じゃん」
「いや、僕の時代だと日本はそうだが国によって違う」
「そういうことね。そこは同じだよ。個室は完全な個室になります」
「じゃあ見られたりとかは無いわけだ」
「あるわけないよ」
「当然見られたりすることにも慣れていないわけだ」
「用を足してるとこを見られたいって趣味は持ってないかな」
「じゃあ最中に視線を感じるのはこの世界で初めての経験だったと?」
「そういう事になるね」
「分かった」
清治は一体何を聞いているのだろう。
「結局のところその見られてる感覚がして落ち着かなくて便秘になったという事でいいか?」
「そうだね。それは大きい」
「後は搾便器か」
「便利なんだよあれ。したい時に出したいだけ出るしさ」
そう、便利なんだよ搾便器。
「小便は瓶にするんだろ?おまるじゃ駄目なのか?」
「いやおまるは流石に抵抗が」
「小便は良いんだ」
「それだって仕方なくだよ。我慢してたら膀胱炎になっちゃうし、大と違って回数も多いし」
一応、その視線が気になって仕方なくなのである。面倒くさいとかそういった理由ではない。
「で、その片付けは自分でするのか?」
「しない。というかいつの間にか綺麗になってるの。そうだ、あれ洋子さんがやってくれてるんだよね?」
尿瓶代わりに使っている瓶は二つある。だが両方溜まったことは一度もなかった。
「はい。その、ご迷惑でしたか?」
「いやいや、むしろごめんなさいって感じ。そんな事してくれなくてもいいのに」
「滅相もございません。エアリィ様の身の回りのお世話は私の責務でございます。それがお小水のお世話であっても同じです」
「洋子さんはその瓶に小便が入ってるって知ってたんです?」
「はい。匂いで分かります」
「やっぱり臭うかな」
特に気にしてなかったが慣れて気にならないだけだったら怖い。気にならないのは自分だけで他人からしてみればとんでもない異臭の中にいるとか。
「私は人よりも嗅覚が優れております。だから分かっただけです。決してエアリィ様のお小水の匂いが強いというわけではありませんのでご安心を」
「そう、良かった」
ホッと胸を撫で下ろす。
そうして話をしているうちに気付いたら目的地であるビフィドの森はすぐ目前に迫っていた。
森の中は静かだった。
聞こえるのは虫や鳥の鳴く声と近くを流れる小川の音、それから風に揺れる木が葉を擦れ合わせる音くらいだった。人の声に溢れるビフィスの街ともかつて暮らしていた新宿の街の静けさとも違っていた。
実に落ち着ける空間がそこにはあった。
「良いところだね」
「こういう場所は平気か?」
「うん?平気だよ」
「いや、都会慣れしてるんなら却って落ち着かないんじゃと思ったんだが」
「そんな事はないよ。こういう物は本能的に落ち着くじゃないかな、人間ならさ」
「そうか。ならそこは安心だな。洋子さん、周りをちょっと見てきてもらえませんか。ならず者が逃げ込んでいないとも限らない」
「はい。では少し見て参ります」
「お願いします」
清治は洋子さんに妙な事を頼んでいる。確かに洋子さんはメイドとしてのスキルだけでなく格闘技や武術にも精通しているようで賢者である私の警備もしている程である。だがここで安全確認をする必要性を感じなかった。
「さて、じゃあ少し歩こうか」
「お、良いね。こういうとこ一度来てみたかったんだよね」
清治が何を企んでいるのかは分からなかったが森の中を散策するという提案はとても魅力的に思えた。
「エアリィ、腹の具合はどうだ?」
小一時間程自然を堪能してから清治はそう聞いてきた。
「お腹?減ってないけど」
「いや、そっちじゃない」
便意を催して来てないか、という意味だと気付いたのは答えてすぐだった。
「そう言えばなんか出そうな気がする」
便秘自体の根本的な要因は運動不足である。もともと運動はしない方だし仕事も動かずに出来る物なのである。
だから動けばちゃんと便意は訪れる。もっとも妙な視線を感じていれば出るものも出ないのであるが。
「そうだ、これ」
「大葉ミント?」
清治の手には尻を拭うために使われる葉っぱがあった。だがいつも使っている物よりも大きいように見える。
「いや、大葉ロイヤルミントだ。普通のより刺激が強いからな。よく揉んでから使ってくれ。多分いきなり使うとびっくりする。」
ちなみにミントと言ってもメントールではなくまた別の成分らしい。清涼感だけでなく痔の治療や予防にも有効である。ひょっとしたらこれも異世界人の生み出した物かもしれない。
「で、結局ここで何をすれば良いの?」
「ちょっと待ってな、今穴を掘るから」
「穴ってなんで?」
「なんでって、ここでうんこするんだよ」
清治はなんでもない事のようにそう言った。
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