第15話 アウメで出来た女神



 薄暗い神殿内にいる人々のお目当てはカワヤッティという芸術家の作品だった。

 神殿の中、東側の壁には大きな布で覆われた何かがありそれこそがアウメを使った何かだという。


 そもそもこの神殿はビフィド山に住む神、ビフィードを祀る神殿でこの神はこの地の人々から厚い崇拝を受けている。殆ど自給自足の生活をしているビフィド村の人々にとって神殿を訪れる参拝客は貴重な現金収入源の一つとなっている。それが近年参拝者は減少傾向にありこの村の村長はなんとか客を呼び込もうと考えていた。

 そんな時に稀代の芸術家カワヤッティはこの村をふらりと訪れた。カワヤッティはその作品の素晴らしさとその奇行で知られている。特に放浪癖がひどくふらりと訪れた場所にとんでもない作品を残す事がある。その浮浪者じみた格好の老人がカワヤッティであると気付いた村長は作品を作ってくれと懇願した。カワヤッティは頼まれて作るような性格ではなく最初は難色を示していたがこの神殿には何かが足りないと気になった。

 そんな時彼はアウメと出会った。創作意欲に火のついた彼はこの神殿に籠もりろくに食事も取らず今目の前にある巨大な何かを作ったのだと言う。

 セイジがアウメを売っていた商人が語った内容はざっとこんな感じである。

「そろそろ始まりそうですよ」

 商人に促され私達は東の壁を向く。その作品の足元には小奇麗な格好をした恰幅の良い男がいた。

「お集まりの皆さま!大変永らくお待たせ致しました!それでは稀代の大芸術家、カワヤッティの大作をご披露させていただきます!」

 神殿内には大きな拍手が沸き起こる。大声を出して案内しているのはこのビフィド村の村長なのだという。

「それではご覧下さい!」

 再び村長が声を張り上げる。その声に合わせて取られる布。そしてそのアウメで出来た何かは姿を現した。

 セイジ曰くそれはステンドグラスという物らしかった。ただし本物は色のついたガラスで作られるという。

 この世界で綺麗なガラスと言うのは貴重で宝石よりも高価なのだという。ガラスと言えば酒瓶に使われているような濁った色の物くらいである。目の前のそれは高い天井の上から下までアウメで作られていた。アウメ製の絵画と言う訳だ。

 その絵は女神ビフィードを描いたものだった。

 神殿内は静まり返っている。そしてざわめき声がどこからともなく湧いてくる。


 ハッキリ言ってみんな拍子抜けしているのだった。


 みんな稀代の芸術家の作った作品が如何なるものかとそう思ってわざわざこんな僻地にまで足を運んで来たのである。そして夕方まで待たされた挙げ句出て来たのがだだの大きな絵なのだ。モチーフも特に目新しい物でもないと言う。

「なんか思ったより大したことないね」

「そうね。なんか期待して損しちゃった」

 私達の後ろにいる男女がそんな事を言っているのが聞こえてくる。周りでも帰ろうとする人がちらほら出始めて神殿内は騒がしくなる。その光景を見て村長もあたふたとし始める。

 と、その時ステンドグラスに異変が起こり始めた。

 絵の輪郭が仄かに輝き始める。そして輪郭だけでなく絵全体が光を放ち始めた。

「え?なにあれ」

 そう言ったのは誰だか分からないイーレかエアリィかまたは周囲の誰かか。

 光はどんどん強くなり、そして、私達の眼前に女神ビフィードが姿を現した。


「凄い…」

 私の側にいたイーレはそう呟く。

 女神は確かに私達の目の前に姿を現した。

 だがあれは決して神そのものではない。

 この世に神なんて存在しない。いるとしたら意地と質と性格の悪い悪魔めいたヤツだろう。

 だからあれは神ではない。どこからか来た光がアウメを通って像を結んだだけだ。後から聞いた話だと西日を反射させて裏側から当てていたのだという。

 だが女神ビフィードの姿は確かにそこに存在するように私にも感じられた。


「ああ、神、ビフィードよ…」

 その老婆は涙を流し両手を組んで跪き祈りを捧げている。


「この目でお姿を見られるとは何たる光栄!」

 その男は涙を流し両手を合わせ神をただ見つめていた。


 神ビフィードに対する信仰の背景にはビフィド山の齎す恩恵がある。

 まずは水。ビフィド山に降った雨や雪は川や地下水となりその下流に住む人々を潤した。

 その水により麓には多くの木や草が生えやがて広大な森となりそこで育まれた動物や植物は食料になった。

 豊かな土地には人が集まり街が出来た。

 街と街を繋ぐ街道は人々の生活と文化を豊かにした。

 だからビフィードは水の神であり、森の神であり、街の神であり、道の神であり、結局のところビフィド山に住む山の神なのである。


 そんなビフィードが穏やかな笑みを湛え両手を広げている。その姿に人々は感銘を受けたのだ。

 隣を見ればイーレは食い入るようにその女神を見上げている。その隣のエアリィもイーレとは反対隣にいたセイジもその女神の姿から目を離せないでいる。洋子さんはどこにいるのか分からない。

 かく言う私も不思議な感動に近い何かを感じている。

 確かにまるで抱擁しようと待つように両手を広げた姿やその穏やかな表情を見ると何か言いようのないもどかしさを感じ居ても立ってもいられないような気持ちになる。

 だが私はその女神の奥、女神を生み出した壁を見つめていた。それ自体光り輝きだしてからは美しいと思える物になっている。

 だがあれは私のアウメで出来ているのだ。

 アウメとはかつて私の排泄物だった物だ。


 つまり、その女神は私の排泄物で出来ていた。


 ちょっと離れた所でわんわんと声を上げて泣く女性の声がする。ビフィードの姿に感動しているのであろう。

 帰りかけた男性は何かを察したのか戻ってきてこの光景を目にし言葉をなくしている。私達を案内した商人も泣きながら手を合わせている。

 もう一度女神を見る。

 セイジとの約束通りアウメをその形のまま使っている場所はなかった。全て一旦割ったり砕かれたりしたものを組み合わせて作られている。時にはその断面を、時にはその表面の丸みを、また時には小便をアウメ化した時に出来る小さなボール状の物をそれぞれ的確に生かしてその女神を象っているのが分かる。

 不意に肩を叩かれ女神の像に注視していた私は驚いて振り返る。

 セイジだった。彼の後ろには商人とカワヤッティと名乗る老人がやはり涙を流して握手を求めてきた。確かに彼がアウメの製造元である私に感謝し握手を求めてきても不思議ではなかった。一世一代の傑作が出来て興奮するカワヤッティを商人が支え連れ出すと再び私のアウメで出来た女神に祈りを捧げる人々が目に入った。


「泣いているのかい?」

 セイジに言われて頬を伝う涙に気付いた。

「嬉しいのか?」

「…分からない」

「悲しいのか?」

「分からないわ」

 彼の問に私はそう答えた。

 実際分からないのだ。

 私の排泄物から出来たアウメによって作られた像に人々が感涙し祈りを捧げている。

 私からすれば排泄物に祈られていると言っても過言ではない。


「アウメが処分出来ないってこういう事になるのね」

 それでも一つだけ言えた。

「アウメが、こういう使われ方するのは嫌だわ…」

「そうか」

 セイジは短くそう答えた。そして私は決意した。

「セイジ、私もトイレ作りに協力するわ」

 私の眼前には未だ涙を流して女神に祈りを捧げる人々がいた。




 後日、私はいつものように契約料を貰いに詰所に寄った。

「ほら、今月分だ」

 私は偉い人から紙の束を受け取って鞄に入れる。

 ふと詰所の奥、捕えたならず者を収容する牢屋がある辺りから声がする。

「離せ!俺たちは嵌められたんだ!」

 野太い男の声だった。

「何あれ?」

 私が聞くと偉い人は肩をすくめる。

「さあな。この前の盗賊団のヤツ捕まえてからあの調子さ。取り調べにもなりゃしねえ。あんたの魔法でビビっちまったらしい」

 彼はそう言って笑う。

「ふーん、そう」

 私は何か引っ掛かる物を感じたがそのままその場を後にした。

 結局私も住まわせて貰うことになったエアリィの豪邸に戻る前に酒屋に寄ろうと思っていてそれどころじゃなかったのである。

  


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