第14話 始まりの地へ
それから数日経って私達は待ち合わせてビフィドに向かうことになった。
本来ビフィドへは牛馬の引く乗用の荷車で行くのが普通だ。しかし今日はどういうわけだか利用客が多く定期便すら一杯という有様だった。
そんなわけで私達は仕方なく徒歩で向かうことにした(エアリィは洋子さんの引く荷車に乗っていたが)。片道二時間の行程である。
「ティレットさんは魔法使いなんだよね?」
道中を私はイーレとエアリィにあれこれ聞かれて答えながら歩いていた。
「うん、でも魔法なのかな。A(仮)って」
「そのAって?」
「AじゃなくてA(仮)よ」
「それはどういう物なの?」
「どうと言われても説明が難しいわね」
しばし考える。
「A(仮)と言うのは物事の始まりの状態の事なの。全ての物はどんな在り方にも成り得る可能性があってその可能性の一つが形となって収束した物なの。その可能性に干渉するのがA(仮)の力なの」
「ES細胞みたいな?」
「なんだそれは?」
「目にも耳にも鼻にもなる細胞の事」
「私もそれは知らないけどまぁそんなような物ね」
「でもなんでそこに干渉出来るの?鼻をES細胞には戻せないじゃない?」
「それは私にも分からないわ。ただ私達の世界では誰でも出来る当たり前の事なの」
イーレとエアリィはよくわからないといった顔をしている。
「人体改造とか?あんな綺麗なウンコするような体になっちゃってるんでしょ?」
「は?」
何かとんでもない誤解をされている。
「なぁセイジ、あの綺麗なの見せてくれないか」
イーレはいつの間にかセイジの側にいてそう言った。
「だって。ティレットどうする?」
「待って。色々ちょっと待って」
私は一つ深呼吸する。
「セイジ。アウメ一つ貸して」
私はそれを両手で持って言う。
「こんなもんが尻から出るか!」
一通りアウメの説明をして誤解を解く。
私はどんな風に見られてたんだ。
その後お互いの世界について話をしながら歩いていると二人の男が近付いて来て言った。
「おい、お前ら。命が惜しいならその荷物全部寄越しな!」
「俺たち兄弟に逆らうと痛い目見るぜ!」
強盗である。私達は女四人と男一人だ。御し易いと思ったのだろう。それにしてもどこかで見た二人である。
「あー、あんたら無事だったのか」
「お、久しぶりだな兄ちゃん」
「そっちも無事だったのか。いつぞやは災難だったなぁ」
セイジと強盗二人はなぜか和やかに会話を始める。
「って、和んでる場合か!良いから荷物を置いてとっとと失せな!」
「コイツが目に入らねえか?二万イェンもした業物だぜ」
二人は剣を抜いてちらつかせる。
「エアリィ様、ここは私が」
「待って私がやるわ」
私はフードを脱ぎ男達を見る。
「おい、兄」
「なんだ弟よ」
「アイツだ…」
「なんだ?どいつだ…」
「お久しぶりね。元気してた?」
強盗二人は顔を青くしている。
「A(仮)の力見せるのに丁度良いわ」
「へっ、前は油断しちまったからなぁ、今日はそうはいかねえぜ」
「兄を怒らせたらどうなるか思い知るがいい」
「そう」
私は片手を上げその指先に意識を集中させる。パチパチと音がする。
「おい、ティレット。加減はしろよ」
「分かってるわ、セイジ」
私はその手を振り下ろす。火球は男たちの間を通り背後の岩を吹き飛ばす。男たちは尻もちを付きガタガタと震えている。
「あら?加減しすぎたかしら?」
私は再び手の先に力を集める。
「今度は当てるから」
「に、逃げろー!」
「待ってくれ兄!」
男たちはそう言って逃げて行く。二万イェンしたという剣を放り出して。
「ふう」
別に疲れたわけではないが私は一つため息をつく。
「今のがAの力?」
「そうよ。その一部。まぁ応用みたいなものだけど。あとAじゃなくてA(仮)よ」
エアリィは感心した様子で岩のあった方を見ている。
「イーレ?どうかしたのか?」
「いや、別に」
私達の後ろにいたイーレはどこか様子がおかしかった。
ビフィドに着いた私達は早速セイジがアウメを売っていた商人に会い、そのアウメを使った何かを見られるのは夕方であるという事を聞いた。日はまだ高く夕方まで時間があったので私達は村を眺めて歩く事にした。
私達異世界人はこの村からこの世界での暮らしが始まったという事で妙な懐かしさすら感じ当時はゆっくり見られなかった村を散策してみようという話になったのである。
「あ、ここ」
セイジが見ているのはビフィードと言う神を祀っている神殿の脇にある祭壇だった。そう、セイジも、イーレも、エアリィも、そしてもちろん私もここで目覚めたのであった。
「あの時はなんか混乱しててよく見てなかったけど、結構高さあるよね」
エアリィはその石造りの祭壇を手で触りながら言う。
「ああ。もうどうやって降りたのか覚えてないが…、どうやって降りたんだろうか、コレ」
イーレが祭壇のそばに立つとイーレの身長よりも遥かに高かった。
「脇に階段なかったっけか」
セイジは祭壇の周りを探っている。
「…ないみたいね」
私もセイジと同じように探してみたがそれらしい物はなかった。祭壇だけが周囲から一段高くなっていた。
「ここじゃないとか?」
「でも他にはないぞ」
「あの家の屋根とか見覚えあるんだがなぁ」
「可動式の祭壇だったり?」
「これ動きそうにないわよ」
「うーん、謎だな」
私達四人で神殿の周りをぐるぐると探ってみたがここ以外に祭壇はなく結局どうやって降りたのかは分からず仕舞いだった。
「すまん、ちょっとトイレ行ってくる」
「うん、分かった」
セイジはエアリィにそう告げると茂みの方に入っていく。
「セイジは結構平気そうよね」
「ん?ああ、そうみたいね」
「エアリィは?」
「私はまだ練習中。やっぱり野糞は抵抗がある」
「そうよね」
仲間がいて良かった。
「イーレも平気そうね」
エアリィは言う。二人は以前から面識があるらしく仲がいい。
「ああ、元の世界では当たり前だったからな」
「でもクソバーがないと困るんでしょ?」
「困るがウンコ出来ないわけじゃない。なんというか外だけだと落ち着かないというか、集中して出来る所が欲しいんだ」
「おまるじゃ駄目なの?」
私はちょっと気になったので聞いてみる。この世界でもおまる自体はある。ただし王族とか一部の人間しか使っていない。個室でという事ならおまるで事足りる。実際私はそうしている。使っているのは手頃な鍋だけど。
「おまる?」
「排便する容器の事よ」
「ふむ。それだと後処理が辛くないか?」
「誰かにしてもらうのもねぇ。あ、アウメにするんなら問題ないのか。ティレットさんが困ってないのってそういう事ね」
ふと便意を催す。小の方だ。
「トイレの話してたらなんだか行きたくなってきたわ」
「あ、私も」
「私はまだ大丈夫だ。二人とも行ってきてくれ」
「と言われてもねぇ」
エアリィは少し困っている。
「エアリィは大の方?」
「うんにゃ。小の方。ティレットさんは?」
「私も。あと、さんは付けなくていいわ」
「そう?で、どうする?」
「あちらの方に無人の小屋を見つけました。しばらく使っていないようですが床は傷んではおりませんでした。お二人ともそこでなさったらよろしいでしょう」
いつの間にか洋子さんがいた。彼女はこの村に来てすぐに宿を確保しに行ってくれていて今まで別行動だったのだ。
「あ、おかえり洋子さん。ご苦労さま」
「はい、ただいま戻りました」
「でも私はともかくエアリィは小屋の中でどうするの?」
「はい、そちらは問題ありません。ちゃんと用意してございます。」
用意と言われてピンとは来なかったがエアリィはそれが何か分かった様子だった。
「それじゃ行こうか、ティレットさ、ってさんはいらないのか」
そうして私達がトイレに行って戻ってくるとイーレはいなくなっていて代わりにセイジがいた。セイジの話だとイーレもトイレに行ったらしい。
そんなこんなで村を歩いているといつの間にか夕方になっていて私達は神殿に向かった。アウメの使い道はこの神殿にあるようで神殿の前にはそれを見ようと多くの人が押し寄せていたのだった。
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