第三章 アウメ色の研究
第12話 A(仮)の力
気がつくと私は南の物見櫓にいた。
そして私はなぜかびしょ濡れになっていた。
「ティレットさん、目は覚めたかい⁉」
「…は?」
今ひとつ事情が飲み込めない。
今日私は家にいたはずだ。
起きて、喉が渇いて、傍にあった瓶に口をつけて、それからの事はよく覚えていない。どうしてこんな所にいるのか。
「盗賊団がこの街に攻めてきたんだよ!」
「はあ。」
「あんたの魔法でなんとかしてくれ!」
「ああ、はい。そういう事か」
ビフィスは栄えた街である。街道の途中にあるので多くの人が集まり多くの物が集まり多くの富が集まっている。
それを狙う盗賊なんてのは街道沿いにウロウロとしていて、だからイーレのように街道を警備する連中がいるのだが、ごく稀にそんな盗賊が群を為して襲ってくる事がある。
「おい、早くしてくれ!もう交戦が始まってる!」
望遠鏡という物を私はこの世界に来て初めて目にした。筒をレンズとレンズで塞ぎ遠くの物を見る。作りは非常に原始的だが機能的に不足はない。
見張りをしていた男から借りて遠くに見える人の集団を見る。確かに盗賊のような身なりをした人間とここビフィスを守る自警団の人間とが剣と盾を手に争っている。だが盗賊団の人数は多く、今交戦中の人間のその後ろにも数えきれない程の人間がいる。
「ちょっと離れててくれる?」
「ああ、頼んだぜティレットさん!」
私は息を一つ吐いて気持ちを落ち着ける。腕を天に向かって真っ直ぐ伸ばしその指先のさらに先に意識を集中する。チリチリと空気が焼ける音がする。相手は人間だ。そこまでの威力は必要ない。だから軽く弱く小さく。
「おお、すげえ!」
どこからかそんな声が聞こえる。
私は目を開いて目標を定める。盗賊団の足並みは揃わず所々人のいない空間がある。私はそこを目掛けて頭上にある火の玉が真っ直ぐ飛ぶ様をイメージし手を振り下ろす。
盗賊の集団の一角で火の玉が爆ぜる。目の前の爆発に足を止める男がいる。ある者は腰を抜かして震えている。私は再び同じように火球を作り放り投げる。今度はビフィスを襲おうと走る盗賊の目の前で爆発させる。その次はまた集団の中で、その次はその後ろで、私は同じように人のいない所目掛けて火球を爆発させる事を繰り返す。死人はおそらく出ていない。
いくら強い力を行使出来るからと言って殺戮を行うつもりはない。これはあくまで威嚇だ。戦意を喪失しさえすればいい。後は自警団の連中がやるだろう。捕まえるなり見せしめに殺すなり彼らが好きにすれば良い。
「奴ら引いていきます!」
見張りをしていた男が望遠鏡から目を離し叫ぶ辺りからは歓声があがる。
「いやあ、助かったよ!ティレットさん!流石魔法使いだ!」
私を褒めるのは自警団の偉い人だ。
不思議なものだ。かつてはこの力を疎まれた事すらあるのに。
「もういいの?」
濡れた髪を絞りながらそう聞く。そう言えばなんで濡れているんだろう。
「ああ、あとは俺たちの仕事だ。暇なら観てってもいいぞ」
「遠慮しとくわ。暴力沙汰を肴にする趣味はないし」
「そうか。なら、ほれ今日の特別手当てだ」
私はその偉い人から券を受け取る。この券と引き換えに酒を手に入れる事が出来る。
「また近いうちに詰所に顔だしてくれ。今月の契約料を払わないとな」
「分かったわ」
私はここの自警団と協力契約を結んでいる。内容はこの街の防衛に手を貸す事。今日みたいに盗賊が群を為して襲ってくるなんて事は滅多にないがそれでも私の力は抑止力として機能するのだと言う。極端な話私がこの街にいるだけで良いのだ。
その契約料として毎月生活していけるだけのお金と酒と引き換えられる券を貰っている。ちなみにこの券は頼めば幾らでも貰える。
「今日は無理に連れて来てすまなかったな」
「ん?」
「ああ、覚えてないか。まぁ酒でも飲み直してのんびりしてくれや」
ガハハと笑う偉い人。櫓から降りると荷車のそばにいる自警団の団員が頭を下げる。ここでようやく私は酔っ払っていたところを無理矢理連れて来られた事を悟ったのだった。
気が付くと私はこの世界にいた。
なぜそこにいたのかは分からない。
この世界がティレナイと言う名前だと聞いても全く心当たりはなかった。
セイジやイーレ、そしてエアリィも自分達の住んでいた世界とは別の世界がある事を知らなかったが私のいた世界では別の世界があるというのは周知の事実で世界間を行き来する事はそう珍しい事ではなかった。
だから戻る方法を探してそれがないという事に私は驚いたのである。
この世界に来て困ったのはアウメの処分方法である。アウメとは私の排泄物の成れの果てだ。A(仮)の力で排泄物を一度可能性の状態に還元し利用しやすい形に再構築した物である。
このアウメは世界を構築するための素材になるのであるがこの世界は非常に安定していてアウメの出番はなかった。だから使い道のないアウメは日毎に溜まっていったのである。
だからといって捨てるわけにはいかなかった。アウメは再利用されるべき物である。ビフィスで暮らし始めて約一年。住んでいた借家の一室はすでに一杯になってしまっている。
その日、私は旅先からビフィスに戻るため街道を歩いていた。鞄にはアウメル代わりの鍋と旅先で出たアウメが詰まっている。街道を女が一人荷物の詰まった鞄を背負って歩いていれば当然ならず者なんかに目を付けられる事になる。
「よう、姉ちゃん、どこ行くんだ?」
「重そうな荷物だなぁ。持つの手伝ってやるよ」
ガラの悪そうな男が二人声を掛けてくる。私はまたか、と思いうんざりする。こんな事にはもう十回以上遭遇している。
この世界の人間は阿呆が多くてたまらない。
「結構よ」
「そう言うなよ」
「手伝ってやるって言ってんじゃん」
「必要ないって言ってるでしょ」
面倒だ。いつものように吹き飛ばそうか。そう考えていた矢先
「おい、何してんだ」
と仲裁のつもりか割って入ってくる男がいた。
「ああん?おめぇには関係ねぇだろ」
「邪魔すんなよ」
「その子嫌がってるだろ」
「そんな事無いさ。なあ姉ちゃん?」
私は答える気も起きない。
「大人しくそのカバン寄越せば良いんだよ」
男の一人が私の鞄を掴んで引っ張る。
「ちょっと、何するのよ!」
私はいつものように吹き飛ばすつもりだった。
「その手を離せ」
だが仲裁に入った男はガラの悪い男に近付き何か棒状の物を突き出したのでまとめて吹っ飛ばすわけにはいかなくなった。
「コイツが何か分かるだろ?」
「その粘っこいのは…」
「そう。大ガエルの粘液だ。一仕事してきた帰りでね」
男は側の荷車を指す。そこには樽が二つ載っている。
「さて、コイツが目に入ったらどうなる?」
男はガラの悪そうな男の顔に棒の先を押し付ける。
「塩で目を洗うかい?」
後から聞いた話だがこの大ガエルの粘液は塩でこすって洗わないと落ちないほどネバネバして酷いという。あの美味しい味からは想像もつかない。
「てめえ!調子乗ってんじゃねえ、あ、やめて、それ」
私の後ろで鞄を掴んでいるガラの悪い男が後ずさりした瞬間躓いて転ぶ。私の鞄を掴んだまま。当然私も倒れる。
「おい、なんだこりゃあ」
「宝石か?」
「こんなでかい宝石があるか」
私が転んだ拍子にアウメは鞄から飛び出していた。
「ちょっと返しなさいよ」
アウメを手に騒ぎ出すガラの悪いのに言うが二人は夢中でアウメを見ている。
「おい、その手を離せ」
男は言う。
「いや、あんたもこれ見てみろよ。綺麗だろ?」
「ほう。どれどれ」
いつの間にか仲裁に入って来た男もアウメを眺め始めた。アウメは私のコンプレックスの塊のような物だ。あまりジロジロ見られるのは好きではない。
「あんたたちいい加減に」
男はアウメを嗅いでいる。
「ちょっと、何してんのよ」
男は嗅いで臭いがしない(当然するわけがない)ので首を傾げたあと、事もあろうに、アウメを舐め始めた。
「ギャアアアアア!」
思わず私は叫んだ。いくらアウメとは言えそれは私の排泄物だった物だ。自分の排泄物を人の口に入れたいなんていう願望は私にはない。
「ん?味も臭いもしないか。飴に見えたんだけど」
「あー、分かる分かる」
「確かに飴に似てるわ」
私はもう何も考えられなくなっていた。気付くとありったけの力を頭上に集めていた。
「おい、兄」
「なんだ弟よ」
「やばい」
「あ?あ…」
火球はチリチリと私以外の周囲を焼き始める。
「逃げろおお!」
逃げ出すガラの悪い二人。
「ん?あ、やば」
今更気付いても遅い。仲裁に入ったはずの男も逃げ出し始める。
私はその火球を思いっ切り男たちに投げつけた。
この仲裁に入った男がセイジだった。セイジは逃げ出してすぐに転び私の一撃から逃れていた。私の放った火球はガラの悪い男の頭上スレスレを飛びその向こうにあった岩壁を焼滅させた。ガラの悪いのは逃げていったがセイジは私に謝りに来たのだった。
そうして気付くと私はセイジにアウメの事を話していて彼が私と同じく異世界人でトイレが無くて困っている事を知り、私はアウメが溜まって困っている事をセイジに話していたのである。
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