第9話 初めてのデート
その日、あれから仕事を終えて三日後、ビフィスの街の中央広場で私はセイジを待っていた。時刻は九時。時計とは実に素晴らしい物だ。季節に関わらず正確に時を報せてくれる。
「あの二人め」
先ほどから妙な視線を感じている。
一つは周囲の視線だ。目の前を通り掛かる人がちらちらとこちらを見て行く。この服を選んだのはラベールと桂花だ。きっと二人の見立てがおかしかったのだろう。
二つ目の視線はこの二人だ。朝から私の跡をつけていたのは知っている。こちらは見失ったが今もどこかに隠れて見ているのだろう。朝宿所を出てからの視線は変わっていない。
そして三つ目の視線は精霊様だ。今日私がセイジとデートと言う物に行くと知ってから妙に楽しそうなのだ。今も周りをくるくると楽しそうに回っている。特に水の精霊様だ。
凄い上機嫌なのである。
「やあ、イーレ。その、待たせたかな」
声の主に振り向くとそこにはセイジがいた。
「や、やあ。セイジ、おはよう」
「お、おはよう…」
初めてセイジに会ったのは夕暮れ後だったので陽の光の下でしっかりとその顔を見るのは初めてである。私には小綺麗な服装をしている彼がなんだか格好良く見えていた。
「どうかしたのか?」
「いや、別に。あ、そうだ手紙」
「何かおかしな事が書いてあったのか⁉」
「うん、まあ。なんか古風だなって。あと決闘でも申し込まれたのかと」
「…すまない。実は」
私は正直に事情を打ち明けた。仕事の友人が書いたこと。書いた桂花は妙な言葉遣いを好んで使うのだと。
「その、デート、なんだよな?」
セイジは言う。
「あ、ああ、で、デートだ。セイジの世界ではデートってどういう意味なんだ?」
「デートは、うーん、逢引き?かな」
「イチャイチャは?」
「イチャイチャ⁉いや、まて、それは早すぎる…」
「そうだな!早いよな、まだ!」
言って私は気付く。これではいずれはイチャイチャしたいって言ってるようなもんじゃないか!
そんな私達の様子を水の精霊様がすっごいニヤニヤしながら見ている。そして私達の周りをくるくる回る。
周囲には人が多くなってくる。その日はキャラバン隊が街に到着して二日目。初日こそそこまでではなかったが二日目ともなれば商人達が開く露店目当ての買い物客で本格的に込み始めるのである。
私達のデートの場所はこの露店街だった。
そんなわけでセイジと二人露店街を見て回る。
聞いていた通り街は人でごった返していた。どこを向いてもどこに行っても買い物客や商人でいっぱいだ。それでも私はそれが楽しかった。元の世界ではこんなに人の多い所に行ったことはなく見たこともない光景に新鮮味を感じていたのである。
それに私は買い物そのものが好きだ。元の世界にもお金はあったがそれは村長が管理していて村では作れないような必要物資を買うための物でしかなかった。この世界に来て私はお金という物を初めて手にした。これと引き換えに自分の欲しい物が手に入る。私にとってそれはとても面白いと感じる物だった。
まずは服屋に行った。ラベールと桂花の選んだ服はどうにも人目を引いてしまうようなので別の服に着替えようと思ったのである。
小一時間ほど悩んで服を手に入れた後私達は香辛料の店に行った。その店から漂う匂いに惹かれたのである。私は料理が好きだ。と言うよりこの世界に来て好きになったと言う方が正しい。元の世界では料理とは女の仕事でありそれをすることはただ義務であるというだけだった。そこに好きも嫌いもない。それがこの世界で見たこともない様々な食材と香辛料と出会い作る事の出来る料理の幅が広がった。となればこれとこれでどんな料理が作れるのだろうと好奇心が湧いてくる。そして気付いたら立派な料理好きになっていたという訳だ。だからその店で見たこともない香辛料を見ているのはワクワクした。
その次に小腹の空いた私達は肉屋に寄ってカバシシの腸詰めを食べた。少々脂っこいものの非常に美味しく頂いた。
さて、こんな風にセイジと二人街を歩いて楽しく過ごしていたのだが奇妙な事がちょくちょく起きていた。
まずセイジの様子がおかしい。服を着て見せればなんだかぼ~っとしているし腸詰めを食べている時だって暑くもないのに汗をかいて落ち着きがない。私自身香辛料を見ている時にセイジを見て妙なドキドキを感じたりしてセイジに妙な顔をされたりしている。
ラベールや桂花は色恋沙汰と結びつけたがるがセイジと出会ったのはついその数日前の事である。一目惚れという訳でもない。ではこのおかしな現象はなんなのか。
それは路地裏にある奇妙な店に立ち寄って判明したのである。
「あの店なんだろう」
セイジが見ている方を見ると薄暗い路地裏に一つの店があった。店主らしき人はローブを被っていてなんだかとっても怪しげである。
「行ってみるか?」
「まあ見るだけなら大丈夫だろう」
私達はその店に近付いて商品を見る。店主は低く小さな声で「いらっしゃい」と呟く。
「なんでこんなものが…」
セイジが見ている物を見ると棒と玉が紐で繋がった物が置いてある。
「これがどうかしたのか?」
私はそれを手にしてみる。
「イーレ、それは…」
なんの変哲もない緑色の玉と棒、棒というにはあまりにも短いが。木で出来ているのだろうか。
「その棒の方を握ってごらん」
店主はそう呟くので言われた通り試してみる。
「おお!」
私が棒を握ると玉が浮く。
「って、え?」
セイジは何やら驚いている。
「ん?」
「それは蜂球って言ってね、西に住む魔女の作った子供のおもちゃさ」
「ほう、中々面白いなこれ。セイジもやってみるか?」
「あ、ああ」
セイジに棒を渡すとやはり玉は浮いた。セイジは呆気に取られている。
「こんなのもあるよ」
店主がそう言って差し出したのはちょうどその前に食べた腸詰めほどの太い棒だった。その先には玉が二つ付いている。根本は茸の開いていない傘のような形をしている。ここで漸くこの店主が老婆なのだと気付いた。
「いや、それはストレート過ぎるだろ」
「それも棒の所を持ってごらん」
言われた通りに持って見ると二つの玉は光を放ち始める。
「は?」
またもセイジは呆気に取られている。
「セイジはこれが何か分かるのか?」
光る玉は棒にぶら下がっていてゆらゆらと揺らす事が出来た。
「そいつは精霊灯と言ってね、明かりに丁度いいだろう?まぁ別のことにも丁度いいけどねぇ」
老婆は笑いながら言う。
「セイジこれ便利だな。買おうか」
とセイジの方を向こうとしたら私の隣で私の手にあるその精霊灯と言う物を覗き込む人影が目に入る。水の精霊様だった。精霊様は興味津々といった様子で精霊灯を見ている。
「もっと別なのないの?もっと健全なやつ」
私がいつの間にか隣にいた精霊様に驚いている横でセイジはそう言った。
「それはそれで便利なんだけどねぇ。こんなのはどうだい?」
老婆は長めの棒の先に紐でつながった玉が一つぶら下がった物を取り出す。それも棒を持つと光った。
「そうそう、こういうので良いんだ。イーレもこれなら良いだろ?」
「そうだな棒も長いし細くて持ちやすいし」
私がそう言うと精霊様は不満げな顔をする
「そうかい。お嬢ちゃんは細い方が好みかい。良かったねぇお兄さん」
「ここまで細くないですから!それよりこれ幾らです?」
「細い方は五百イェン、太い方は八百イェンだよ」
「安いな、その細い方を買うぞ」
「太いのもオススメだよ。特に女の子にはねぇ」
「健全な少女に変なもん勧めないで下さい!」
笑いながら言う老婆と声を荒げるセイジ。そして精霊様はどこか不機嫌そうにしていた。
「セイジ」
私がセイジを呼び止めると彼は足を止める。
「どうした?」
「私の事どう思う?」
「どう、って言われても」
私達はまた中央広場に戻って来ていた。広場の真ん中にある噴水はビフィド山から流れる地下水を使っていてその水は実に綺麗だ。
そしてその噴水の周りには仲の良さそうな男女が何組も寛いでいる。
「私の事はどう見える?」
そう言うとセイジは落ち着きなく目を反らす。
「か、かわいいと思うぞ」
私は横を見ると精霊様達がニヤニヤしている。水の精霊様だけじゃない。風の精霊様に土の精霊様も、火の精霊様は少し離れて噴水の縁に腰掛けてみんなニヤニヤしている。さっきまでは買い物に夢中で気が付かなかったがこうして気付いてしまうともう気にならずにはいられなかった。
私は一つため息をつく。
「セイジ、手を出してくれ」
「手を出す⁉」
「変な意味じゃないぞ!」
私は差し出された手を握る。実は男性の手を握るなんて子供の頃以来なのだがその時は気付いていなかった。
「周りを見てくれ」
「周り?…なにこの人達」
「精霊様だ」
精霊様は基本的に私にしか見えない。この世界の魔法使いは精霊様の力を借りて魔法を使っているのだがそれでもその姿までは見ることが出来ない。見る手段はこうして私に触れる事くらいだ。
「セイジ、すまない」
セイジと目があった精霊様は気まずそうにしている。
「どういうことなんだ?」
「セイジは私の事変に見えたことはなかったか?例えばこの服を着てみた時とか」
「ん?あ、ああ言われてみれば。なんか漫画みたいにキラキラしてた」
漫画という物はよく分からなかったがやはり私の読みが当たっていたようだ。
「じゃあ妙に暑くなったりとか涼しくなったりとかは?」
「あった」
「それ、多分精霊様の悪戯だ」
水の精霊様は申し訳なさそうにしている。
「ああ、そういう事か」
「朝から妙に上機嫌でな。私の友人みたいに」
朝から尾行をしながら覗いてるのは分かるのでそちらを向く。慌てて隠れる人影が二つ。私はまたため息をつく。
「変な気分にさせてすまなかった」
「イーレ、手」
言われて私はさっきからずっとセイジの手を握っている事に気付いて慌てて離す。
「す、すまない!」
「そうか。イーレに触ってると僕にも精霊が見えるんだな」
セイジはなるほどねと言って頭を掻く。
「まあイーレが謝ることでもないよ。それと服」
服と言われてどこか変なのだろうかと見る。
「似合ってるし可愛いのはホントだから」
言われて私は自分の顔が紅潮するのが分かった。もう何も言うことが出来なくなっていた。
その後私達はお互いの元いた世界の話をしつつ街をぶらついた。
精霊様はこちらに企みを見抜かれている事を悟ったのか妙な事はしなくなった。
それでもセイジと話しているととても楽しく彼に対してもっと興味を抱くようになっていた。そして気付くと昼時を知らせる鐘が鳴った。
そして私はふとクソバーに行きたくなった。
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