第二章 トイレと精霊と魔法使い

第8話 街道警備隊の日常



「で、あれから勇者の彼とはどうなったの?」

「うむ。イーレは説明の義務を果たすべきだ」

 この大陸の東西を横断する大きな街道。

 その中継地として栄えるビフィス。

 この街道には多くの商人や旅人が行き交う。当然その荷を強奪しようと企む不届き者も存在する。過去に強盗の被害にあった人もたくさんいる。と言う訳で街道を警備する人間が必要で、街道沿いにある街は共同で警備隊を組織し、私はその仕事を手伝っている。

「な、何もないぞ」

「え~怪しいなぁ」

「うむ。誤魔化しはためにならぬぞ」

 ビフィス周辺を担当する警備隊に入った私は二人の同年代の友人を得た。

 ラベールと桂花だ。私はその二人とチームを組んで仕事をしているのである。

「誤魔化してなんかないぞ」

「でも一緒に住んでるんでしょ?」

 ラベールは言う。

「それを人は同棲と言うのではなかろうか」

 桂花は言う。

「いや、色々な事情があって一緒に住むことになっただけだ」

「ほう、事情とな?」

「詳細を希望する」

 ラベールと桂花の二人に尋問を受ける私。

「お前たち今は仕事中だろう!」

「あ、誤魔化した」

「うむ。誤魔化しているな」

 私達は今仕事で隊の他のチームと共に街道を歩いている。行き先はビフィドの森の東端のさらに東に広がる草原である。この辺りで盗賊団らしき集団を見かけたと通報があり私達はそこに向かっているのである。

「大体、着くまでは歩く以外する事ないでしょうに」

 ラベールの言うことももっともだ。こんな暇な時間に私達はいっぱいお喋りをして仲良くなったのである。

「この機を逃してはならない。してその事情とは?」

 桂花は普段もっと無口である。だがある特定の事柄だけにはとても興味津々とした様子で話に入ってくる。

「お前たちが期待するような事は何もないぞ。大体セイジ以外にも三人住んでるんだし」

「女?」

「男?」

「三人とも女だぞ」

「聞きましたか桂花さん」

「うむ。益々けしからん」

 二人にからかわれて辟易する。クソバーがないからそれを作っていてそのために一緒に住んでるだけなのだが、クソバーがないからその重要性が伝わらないのである。にも関わらず二人はどうも色恋沙汰という事にしたいらしい。

 そう、そもそもクソバーがないのが問題なのだ。


 セイジと出会ったのは三ヶ月程前の事だ。

 その日の夜、宿屋の外で用を足していると私はモスにゃんに襲われた。

 モスにゃんとは背中に蛾のようなモフモフした羽を生やした小さな猫である。私のいた世界やセイジの世界にいた猫よりも随分と小さい。手のひらサイズだ。特に害になるような生き物でもないのだが、どういうわけか私達異世界人を好み異常に懐く。そして彼らの生息場所はその辺の茂み、つまり人の糞の側である。これには理由がある。この茂みでは糞が普通よりも早く分解される。その分解者たる小さな虫はより大きな虫の食料になりその大きな虫はさらに大きな虫やトカゲ、カエル、野鳥などの餌となる。そしてこの小動物こそモスにゃんの食料となりこれを知ってか知らずかモスにゃんは人の糞のある所食料有りとしてここを住処としているのである。

 それでこのモスにゃんの住処で用を足すとなればモスにゃんは嬉々として寄って来てスリスリ攻撃を始めるのだ。普段ならまだいい。モスにゃんは可愛いのだ。撫でて遊びたくなるのだ。だが用を足している時は止めて欲しい。用を足すのに集中させて欲しい。その日も私が用を足しているとモスにゃんは私が困る様を楽しむように何匹も、何匹も集ってきたのである。


 そんな私を救ってくれたのがセイジだった。彼は私が困っているのを察したのか風上でモスにゃんの大好物であるまたたびじゃらしと言う草を揺らしモスにゃんを惹き付けてくれたのである。用を足し終え手洗い場に行くと一人の青年がモスにゃんと戯れていた。それがセイジだったのである。

 セイジが私と同じ異世界人であり私と同じようにクソバー(彼の世界ではクソバーの事をトイレというらしい)がなくて困っていると知りようやくこの苦しみを共感できる人に出会ったと思った私は翌日ラベールと桂花にそれを嬉々として打ち明けた。

「デートに誘おう!」

 ラベールは楽しげにそう言った。

「機は熟した!」

 桂花も楽しそうだ。

「デートとはなんだ?」

「デートとは逢引きの事である」

「はぁ、逢引き…」

「男女がどこかに出掛けてイチャイチャすることよ」

「イチャイチャ…って、ええ⁉」

「さて、どうやって誘うか」

「ここはやはりオーソドックスに文を出せば良いだろう」

「うん、それが良いね。そのセイジさん、だっけ?泊まってる宿は分かるんでしょ?」

「ああ。中央広場から大通りを南に行ってすぐの宿屋だ。って、待ってくれ!」

「それなら問題はなかろう。文面はどうする?」

「いやいや、まずは紙でしょ。可愛いのを探してだね」

「二人とも待ってくれ。どうしてそんな話になるんだ⁉」

「え~、だってイーレはその人のこと気に入ったんでしょ?」

「気にい、ったとかないとかじゃなくてだな」

「こういう事は早い方が良いって。鉄は熱いほうが伸びるってね」

「早すぎるだろ!昨日の今日だぞ!」

「人生においてチャンスとはいつも突然訪れる物なり。そして二度訪れる物にあらず」

「…ふむ、至言だな。ってどうしてそうなる!」

「な~に?じゃあイーレはそのセイジさんと仲良くなりたくないの?」

「…それは、その、なりたい」

「ならば即刻動くべきである。」

「でも、その早すぎる」

「え~い、やかましい!とにかくデートするのアタックするのハートキャッチしてこい!」

「わけのわからない事言うな!」

「可愛い紙と言うならこれではどうだろうか」

「お、桂花にしちゃあいい趣味してんじゃん」

「文面はどうする?」

「あ、私ビフィド文字わかんない」

「では私が書こう。そのセイジ氏は読めるのだろうか」

「それは心配ない。この世界の文字が読めて驚いてたぞ。ほぼ彼の世界の文字と同じらしい」

「ほう?」

「ふむ」

「…ってそうじゃない!」

「大丈夫、大丈夫!ちゃんと届くようにはしてあげるから」

「よし、では拝啓、…セイジってどういう字を書くんだ?」

「だからぁ…」

 結局、桂花によって書かれた手紙は書かれた途端にラベールが持って走り去ってしまった。

 俊敏さにおいてラベールの右に出る者は警備隊の人間にはいなかった。

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