第7話 勇者の役目


 本当は穴掘りを進めたかったのだが僕は僕で生活費を稼がねばならない。

 なので今日は穴掘りを中断しクラゲ捕りの仕事に来た。日雇いのバイトみたいな物である。

「よお!セージ!」

「おはようございます。プーさん」

 クラゲ捕りと言っても海に行く訳ではない。目的地はビフィスとビフィドの南に広がる森との間にある平野だ。

「どうだ新生活は?豪邸で可愛い子と同棲生活なんていい身分だなぁ、勇者さまは」

「んな良いもんじゃないっすよ」

 同棲と言うより共同生活と言うべきだ。あと勇者呼びはマジで止めてほしい。

「贅沢言いやがって、この!」

 プーさんは片腕を僕の首に回して締め上げる。プーさんは定職にも付かずフラフラしている割にその体付きは妙に逞しい。もう三十歳を超えているのに無職だからプーさん、と言うわけでもなくプから始まるやたらと長ったらしい名前なのでプーさん。本人がそう呼べという。

「プーさん、苦しい。苦しいって」

 プー太郎に似つかわしくない豪腕で締め上げられるとマジで苦しい。

「おうおう、朝から元気だなお前ら」

「ああ、大将。おはようさん!」

「お、おはようございます…」

 僕は締め上げられながら水筒屋さんに挨拶をする。

「そんだけ元気なら沢山捕ってきてくれよな!また大稼ぎせにゃならんからな」

 水筒屋さんは文字通り水筒を作っている。定期的にキャラバンが訪れるこの街で商人や街に来た様々な物を買いに来た客に売るのである。ペットボトルのミネラルウォーターに近い感覚の物だ。

「おう、任せといてよ。報酬は弾んでくれよな」

「分かってるよ。いつものキャラバンボーナスは付けるからな」

 水筒は普段から作っているがキャラバンが来た時はいつもより増えた人に売るため若干の値上げをする。それでも飛ぶように売れるのでこうして僕らにも恩恵があるのである。プーさんなんてこのボーナスのある時しか参加しない程である。

「よし!じゃあ出発だ!」

 ようやく解放された僕はその場にへたり込む。もう少し加減をだな…。

「おいおい、大丈夫か?勇者」

「…はい。それじゃあ行ってきます」

 僕は水筒屋さんにまで勇者と言われうんざりしながらも僕はクラゲを乗せる荷車を引いて既に歩き出しているプーさんの後を追って歩き出す事にした。



 唐突だが僕は勇者である。

 いや、勇者という事にされたのである。


 話はこの世界に来てすぐの頃に遡る。何だかよく分からない神殿のような所で目を覚ました僕は異世界人を歓迎する催しの主役になりここにトイレが無いことを知りその辺の茂みで小さい方を出してすっきりした後で始まったのが選定の儀だ。

 この世界に来た異世界人はだいたい戦士、魔法使い、賢者、そして勇者に分けられる。適性に合わせ最適な職を与える事で効率よくこの世界のために働かせようというのである。異世界に夢を見てはいけない。

 まずは賢者であるかの試験。僕は何やら不思議な多角形の立方体を渡され

「これをどう使うのか分かりますか?」

と問われた。見れば各面には文字らしきものが書いてある。だが使い方なんか分からない。それでも正方形ではないサイコロを使ったボードゲームを思い出しなんとなく転がして見ると

「はい、賢者ではありませんでした」

と黒いローブを来た神官と呼ばれた老人に言われてしまった。なんだか頭が悪いと言われたような気がしないでもない。後からエアリィに聞いた話ではこれは翻訳機だそうで結構便利な代物だそうだ。

「次はこれを」

と渡されたのは水晶玉のような透き通った球体だった。太陽の光にかざしてみても一点の曇りも気泡もない綺麗な球体だった。

「はい、魔法使いでもありませんでした」

と神官の老人が言うと周囲からため息らしきものが聞こえた。賢者ではないと言われた時も聞こえた気がする。

 ちなみにイーレがこの玉を手にした瞬間玉は激しい光を放った。そしてイーレは生まれて初めて精霊の姿を目にしたんだそうな。感激したイーレが涙しながら感謝を表すと周囲は色取りの光に包まれその光景を目にした人々は何か奇跡を目の当たりにしたような気になったそうだ。

 だがティレットが手にした時は水晶玉に黒い影が映ったという。その直後晴れていた筈の空は黒い雲に覆われその隙間からドラゴンが現れたという。確かにこの世界にドラゴンがいることはみんな知っていたが誰一人として見た事はなくその場の誰もが恐怖し震え上がった。ティレットを除いて。ティレットはドラゴンを前に怯みもせずA(仮)の力で作り出した火球をドラゴンに投げつけた。火球は一瞬でドラゴンの元に飛んで行きその鱗と翼の一部を焦がしドラゴンはこれに恐怖しその場を立ち去った。ドラゴンを追い返した火球を生み出したティレットを人々は敬意を以ってとんでもない魔法使いとして迎えたのである。

 さて、賢者でも魔法使いでもないという事で次に一振りの剣を渡された僕はビフィドの森へと連れて行かれた。そしてそこで僕は一匹の巨大な豚のような生き物を倒せと言われたのである。この巨大な豚はカバシシという大変大人しい動物でその名の通りカバのようなイノシシだ。毛の生えてない革は様々な物に利用されその肉は人々の食料としてポピュラーな物である。ちなみに子供でも倒せるくらい弱いのだが僕は苦戦したまたま側に落ちていた大きな石で気絶させてようやく倒すことが出来たのである。というわけでこれが戦士の試験だったのだが当然戦士としての資質はなかった。


 賢者でも魔法使いでも戦士でもないという事で僕は勇者となった。

 どこの世界に消去法で勇者になる奴がいるのか。



 陸クラゲとは陸生のクラゲである。

 大気中や土の中の水分をそのゼラチン質の身に溜めながら生きている。

 そしてなぜか浮いている。

 この溜め込んだ水分は水筒の材料となるのだがこの身から出る水は結構美味い。今まで飲んだどんなミネラルウォーターよりも遥かにだ。だから水筒はよく売れるのである。

 これをタモのような物で捕まえて網を張った荷車にどんどん詰め込んでいく。数時間後には結構な大きさの荷車が一杯になった。最初こそ手間取ったが今ではもう慣れたものである。

 こうして一日働いてボーナス込みで一万八千イェン貰える。イェンとはこの世界の通貨の一つだ。他にもあるらしいが少なくともこのビフィド地方ではイェン以外の物はまず見ない。ちなみに僕の泊まっていた風呂なしトイレなし朝食付きの元は物置きとして使われていたような狭い角部屋一泊の料金は八千イェンである。この料金は少々高い気もするがイェンはおおよそ円と同じ様な貨幣価値である。


 戦士でも魔法使いでも賢者でもない僕はこうして生計を立てている。この仕事は役場で紹介して貰ったのだが他にも色々な仕事を役場で紹介して貰っている。カバシシ獲りを手伝ったり、大ガエルという脚だけが異様に発達したぬめり気のヒドいのを獲ったりとか。水筒の材料となる竹を取りに行ったりもした。


 日雇い仕事とはいえなんだかんだで生活はしていけた。

 だが特に使命などもなくなんとなく生きていただけだった。

 そんな時トイレがなくて困っている三人と出会った。


 帰宅すると日が暮れるまで時間があったので僕は再び穴掘りを進める事にした。深さは未だ底に立てば肩から上が出る程しかない。目標の四メートルには程遠い。気が遠くなりそうだがそれでもやると決めたのだ。

 底にツルハシを打ち付ける。砕ける土塊。再びツルハシを打ち付ける。もう何度も繰り返した作業だ。


 僕がなぜ穴を掘っているのか。

 そう、僕はこの世界にトイレを作ろうとしているのである。

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