(六)本質

「ところが、思わぬ副作用がありましてん」


 拝道は焼き鳥を一串食べ、またお酒を飲んでから続けた。

「スタッフの皆が、すごく受け身になってしまいました。要は、やるべきことはタスク化されて割り当てられるので、それさえやっていればいいと。そういう姿勢になってしまったんです」

「受け身……」


 拝道は頷いて、副作用として大きな問題は二点あると言った。


「一つはさっき言った通り、受け身になった。割り当てられた作業を、そのままやればいいという空気が生まれてそれ以上のことはやらないのが普通になってしまいましたわ。もう一つは、開発中に問題が生じると、問題の大小を問わずに、上を、まあ僕を叩いてどうにかしろというのが当たり前になりました」


 開発中の問題というのは、大きく言って二種類に分けられると思う、実装までの流れの問題と、質的な問題だと拝道は続けた。


「僕は、前者については何とか以前よりマシな状況にはできました。が、質的な問題というのは、逆に悪化させていたんです」

「質的な問題というのはどういったものだったんでしょうか?」

「そうですなァ、例えば、『セメント風魔』ではキャラクターが『バトルオーラ』をまとって戦うちゅう対戦アクションゲームなんですが、そのオーラのエフェクトの表現が、どうも上のプロデューサーが気に入らないと何度もリテイクがでまして」


 その『バトルオーラ』は、確かに原作でも重要なファクターになっているのでそこに凝るのは理解できた。だが自分にはどういう方向性で質を上げていくべきか、ビジョンが湧かなかったと拝道は苦笑した。


「だから、そこはエフェクト班のリーダーを中心に、何とか質を上げていってほしいとお願いしたんですが、四回目のリテイクの時に、もうこれで上に認めさせろと、僕に突き上げがきましてん。僕個人としては、まだ切り捨てる時期でもないし、じっくりとブラッシュアップしていけばいいと説得を試みたんですが、認められない要素が実装されているという事実が無性にエフェクト担当のデザイナーのしゃくに触ったみたいで」


 他にも、デザインや仕様上の質的問題――表現が普通すぎるとか古いとか、ゲームシステムとして実装されたものがいまいち面白くないなど――はすべて自分のところに答えを出せと課題が山積みされるようになってしまった。


「もう、軌道修正はできませんでしたわ。スタッフが情報をもらうのも、タスクを割り当てられるのも当たり前だという感覚になってしまった。問題は上げてやるが、それを解決するのは上の人間の仕事で、自分らは割り当てられた仕事をやるだけという完全に作業員スタンスになってしまいました」

「作業員……」

「今だからこそそう気づけたんですが。彼らは作業員になりたがっていた。上からの指示通りに作業だけしていたい。自分の得意なこと、興味のあることには口をつっこみたい。でもそれ以外の面倒ごとは全部上が処理しろと」


 言われたことだけをやるのは作業員だと改めて拝道は言った。


「そやけど、そういうスタッフやったらバイトでええやろちゅう話になります。与えられた課題に対して、課せられた制限内でよりよくなるよう創意工夫していく。それがほんまの作り手やと今は思いますねん。でも僕は、無駄を省いて業務を定型化したいあまりに、ガチガチにワークフローを策定してしもた。それが失敗ちゅうわけですわ」


 この担当する要素の「質」の問題は、スタッフ一人一人の資質の問題という側面が強くて、マニュアル化やシステム化で解決するのは難しいと思うと拝道は続けた。


「僕は、ディレクションには独裁制と共和制の二種類があると思うてます」


 ディレクターが全権限を握り、命令一つでスタッフを動かすのが独裁制、ディレクターがある程度定型化された制度や仕組みの元で現場を動かしていくのが共和制だと考えているという。


「僕が独裁制のやり方を全否定できへんのは、業務の定型化というのはそういう質に関わる問題が絡んでくるからですわ。いくら方向性を提示しても、まんまそのままのものを成果物として挙げてこられたら、ディレクターの頭にあるもの以上には昇華しません。そやから、ディレクターの方向性に沿いながら、各スタッフの独創性といったものをうまく織り込んで、ディレクターの考える以上のものにするためには、ディレクターがあまり細かく指示を出さずにスタッフの考えや感性を成果物で出してもらって、そこに直接修正や変更指示を出すという独裁制も、一つのやり方ではあると思います。もっとも、それにしたって紺塔さんのやり方、僕やったらとてもついていこうという気にはなりませんなァ」


 独裁制ディレクターにも暴君と名君がいる。共和制ディレクターにも事なかれ主義の無能も統率力を発揮して現場を動かせる能吏もいるという拝道の言葉に雪乃は頷いた。


「バルバロッサでの仕事は、慣れたらとてもやりやすかった……」


 雪乃は大阪での日々を思い返しながら呟いた。座名が大枠のビジョンを提示し、それに沿って実現の方法をアイデアとして考え、拝道も交えてゲーム全体を通してビジョンを満たしているかを打ち合わせた。ビジョンさえ決まれば、後は新能と協力してより詳細に仕様化してからプログラマーやサーバーエンジニア、デザイナーらと打ち合わせをして作業を発注し、定期的に拝道や座名にチェックしてもらえば良かった。そのチェックも、常日頃から丁寧な態度で行われ、ROM出し当日にドタバタするような光景は皆無だった。


「僕は、仕事を振るなら、振った側には事前情報をきちんと共有し、作業を見届けて落としどころまでもっていく義務があると思うてます。そやけど、それをせずに、とりあえずやらせて上げてきたものを修正させるという安易なスタンスのディレクターが多いのが実情ですねん。要は方向性は示さないけれど、よりよくするためというお題目を唱えてスタッフに仕事させて、上がってきたものに対してダメ出しをするというやり方ですわ」


 要は、本当に自分の作りたいもののイメージなどないか、あっても他人に伝えることができない状態のままで、それでも自分のポジションやメンツを潰さないためにとりあえず作業させて、成果物に対してケチをつける、そういうやり方をするディレクターがいる。ディレクターの中には明確なイメージがあって、それをスタッフの感性を取り入れてよりよくしたいために細かく指示をしないのか、イメージなどないままで他人に作らせてから好きな様に変更させるために細かく指示を出さないのか、表層的には同じやり方に見えてしまうこのディレクションの本質を見極めるのは難しいだろうとも拝道は続けた。


「ゼロから一にするのと、一を二にするのとは難易度が全然別の話ですねん。ゼロから一のところにこそ、クリエイターとしての力量の見せ所があると思うんですが、ゲーム業界はそこを下に丸投げする風潮というものが明確にありますなァ」


 拝道は今度は芋焼酎のロックを頼むと、座名は、もう二度とそういうやり方はしないだろうと言った。


「僕が座名の誘いに乗って、バルバロッサで働こうと思ったのは、あいつが鬱病になって退職した自分の元カノに詫びなあかんなァと言ってくれたのと、『もう二度と、他人の不幸の上にゲームを作らない。自分が陣頭指揮を執って自分のビジョンの元にゲームを作る』と言ったのを聞いたからですねん。作らせるのではなく、自ら陣頭指揮を執って、開発の荒波に立ち向かってゲームを作るちゅうなら、僕は協力したい、力になりたいと思いました。つまり座名に、『自分は本物のクリエイターになる』ちゅう覚悟を見たからいうのが理由ですわ」


 本物のクリエイター……。雪乃は、拝道のその言葉が胸の奥に文鎮の様に重くのしかかっていくのを感じた。


「そして座名は、何とかその約束と覚悟の上にバルバロッサで開発を続けてくれました。もちろん、紆余曲折、衝突はありましたけど、今では自分でここはこうしたい、あそこはああしたいとビジョンを提示して陣頭指揮を執る本物のクリエイターになったと自分は見ています。だから自分の役割は、座名のビジョンを、どう現場に下ろしてうまく実現するか、そこにあるんやと思っています」


 もっとも、バルバロッサの中核を担うスタッフは、もう信頼を置ける人ばかりになってきたので、ビジョンを提示すれば後はお任せで、その成果物の確認と修正指示はかなり円滑に進むようになってきた、僕らが何も言わなくてもどんどんより良くしようと動いてくれるスタッフが多くなってきてくれてありがたいことだと拝道は目を細めた。


「それだけに、早見さんや新能さんの様に、外部から入ってきた方にもやりやすかったと言われると嬉しいですなァ」

「正直言って、私、この業界に入って一番やりがいがあって楽しかった現場でした」


 拝道はうなずいて、不意に尋ねてきた。


「早見さんは、将来どうなりたいんですやろ?」


 オストマルクで上を目指してディレクターになるのか。それともゲームプランナーとしてスペシャリストになるのか。それともプロデューサーを目指すのか。はたまた、自分で起業するという選択肢もある……。

 拝道は何気なく尋ねた様だったが、雪乃にとってそれは大きな課題だった。確かに、自分がこの業界で将来どうなりたいのか、明確な目標が無い。バルバロッサでの経験から、自分で作ったと言えるゲームを世に送り出したいという気持ちはあるのだが、それを自分の将来目指す姿とどう重ね合わせればよいか、明確な道筋を見いだしてはいなかった。迷っていますとしか答えられないままで脳裏に浮かんだのは、新能の顔だった。


「あの……、拝道さんは、新能のことをご存じだったんでしょうか」


 いきなり新能のことを訊いたからか、拝道は怪訝な表情をしたが、すぐに頷いた。


「『ダブル・ブレード』のバトルを担当したプランナーさん、ちゅう程度のことですわ。あれは面白かったなァ」

「正直言って、新能はオストマルクでも近寄りがたくて怖いって印象だったんです。暴力事件を起こしたことがあるとか聞いてたし……。でも一緒に仕事をしたら全然そんなことなくて、とても頼れて」

「ああ、新能さんが『ダブル・ブレード』開発中に、ディレクターを殴りつけたちゅう件ですか」

「ご存じなんですか」

「いえ、知ってるのはそういう事実があったという事だけです。ただ座名は潮見さんから事情を聞いていたみたいで、その事件自体で新能さんの出向を拒むちゅうことはありませんでしたねェ」

「ひょっとして、ベルリンであったっていう飛び降り事件と関係があるんでしょうか」

「そこまでは僕もわかりません。これはあくまで個人的な推測ですが」


 そこで拝道は一旦言葉を切ってから続けた。


「まあ、まるっきり無関係ではないでしょうねェ。ベルリンも水道橋さんのワンマン開発で有名なところやったし、あまりええ話は聞いたことありません」


 拝道は酒を飲んでから目を細めた。


「僕は、人を見る目はそれなりにあるつもりですねん。新能さんのウチでの仕事ぶりや立ち振る舞いを見ていても、理不尽に自分の我が儘で暴力を振るうような人には見えません」

「私もそう思います」


 雪乃は自分でお猪口の中に酒を注いだ。拝道はこれは口止めされていたのだがと前置きをして続けた。


「実は今日も、新能さんを誘って都合が悪いと言われた時に、ほならこのまま宿へ行こうと思うてたんですわ。早見さんは何だかんだいうて若いきれいな女性やし、そういう人とサシで飲みに行くのは妻に気が引けましてん。そやけど新能さんが、自分は都合が悪いが、早見さんが何やら仕事で悩んでいるようだから話を聞いてくれませんか言いはって」


 雪乃は何も言うことができず、俯いて両手を添えてお猪口の酒にそっと口をつけた。

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