(七)作り手

 ゲームクリエイターを自称して何本ものタイトルを手がけた。だが今振り返ると、あれは作ったとは言えない。作らせた、だ。企画書のイメージに沿ってスタッフに作らせる。勿論、全て一人で作ることなどできはしない。だが、クリエイターを名乗るなら、ゲームの全体像はもとより、中核となるゲーム部分の仕組み、ビジュアルの方向性をゴールとしてきちんとスタッフに提示できなければならない。だが自分はイメージと称してキーワードを投げる程度のことしかしていなかった。

 例えば『アンデッド・ナイツ』というシミュレーションRPGを作った時は自分でシナリオ原案を書いた。主人公の部下が全員ゲーム開始後すぐに倒されてしまい、そこからなぜかゾンビの騎士として復活するという出だしが全ての企画の出発点だった。

 倒された人間がその場でアンデッドになるというのがストーリー上の大きな謎でありキーポイントで、それをゲームシステムにもうまく組みこんでいなければならないのだが、自分はそれは下のプランナー陣に丸投げした。登場キャラがアンデッドになり、軍団を強くしていくというアイデアを、ゲームデザインとして組み上げるという仕事を丸投げした。そして彼らが上げてきた仕様案にダメ出しをして何度も作り直させた。彼らの案が面白いとは思えなかったからなのだが、自分にも明確な答えがあったわけではない。だからいいものができるまで何度もやり直しさせた。細かくけちををつけて、恫喝して、怒鳴って、とにかく自分の気に入るものが出るまでやり直させた。自分で目指すべき方向性に沿って作業させるのではなく、目指すべき方向性すら丸投げして、作らせて、何度も気に入るまでやり直しをさせる。それがディレクションだと勘違いしていた。

 結局完成したものはとても面白いものに仕上がり、発売後の評判も上々だった。そして自分は、それは自分の作ったものだと言わんばかりに雑誌のインタビューに答えた。だが、ゲームの細かい質問に自分は答えられない。脇には現場で仕様を作成してくれたプランナーがいて、彼に答えを任せた。それが当たり前だと思っていた。それが他人から見てどう見えるのかなんて気にしたら負けだと思っていた。

 だが、その様を客観的に自分の目で見た時に、恥ずかしくなった。あのビデオだ。

 活字になる前の生の自分を見た時、恥ずかしくなった。とにかくそれだけだ。


「作らせてから、とにかく自分の気に入らない点はないかと粗探しをしていましたわ。それこそ背景の色が白なのはなぜか、前後のイベントからしたら黒であるべきだろうとか、デザイン面からゲームシステムに至るまで事細かに。そやけど、それやったら最初からその方向性を自分から提示するべきやのに、それを怠った……というよりは、他人の成果物にケチをつけることで自分の権威づけをやって、同時に面倒くさい作業は下のスタッフにやらせてその成果だけを手に入れようとしていたんですわ」


 ゲーム開発という現場では、誰が一体本当の『作り手』と言えるのか、実はすごく曖昧なのだと座名は続けた。


「例えばアニメは、原則、監督が脚本に沿って絵コンテを描いて、それに基づいて原画や背景が作られ、演出が考えられ、原画を元に必要な動画や背景が作られますやろ? そやけど、大本の設計図言うたら絵コンテですわ。この絵コンテが無かったらどんなキャラを、どんな絵を、どんな演出を用意したらええか分かりませんわ。そういう意味で、アニメの監督ちゅうのは『この人がおらんかったら成立せえへん』と言える。代えのきかん人、これがクリエイターですわ」


 雪乃は頷いた。確かにアニメの作り手といえば、実際の事情はともかく、まずはそういう『監督』がクリエイターと言える。監督の指揮の下で、スタッフが一つの作品を作るために動く。そこには、明確な絵コンテという設計図がある。実施に絵コンテを描く人は別にいたり、現場で変遷したとしても、その方向性を提示して指揮するのは監督なのである。


「そやけど、ゲーム開発ではこれがものすごく曖昧ですわな。なまじ全部が全部デジタルデータでできていて期間さえ許せば何度でもやり直しできるから、とりあえず作らせてからやり直させる、というディレクション方法が通用してしまいすまねん」


 ゲームクリエイターと言いながら、現場で目指すべき方向性を提示できない。キーワードだけ投げて、作らせて、やり直しさせる。

 ゲームデザインと言いながら、自分ではゲームの仕組みを提示できない。「こんな感じで」とだけ伝え、作らせて、やり直しさせる。

 そういう人間が多いのがこの業界なのだと座名は続けた。


「そういう仕事のやり方自体を否定はできへんけれど、でも僕は、二度とそういう作り手にはならへんと誓ったんですわ。できへんところは素直にできへんと言って、他のスタッフの力を借りる。そこを横着したら、僕は自分という人間がどんどん傲慢になっていってしまうのやと思うてます」


「でも、座名さんのやり方だと、多くのプロジェクトには関わりづらいのと違いますか?」


 いつの間にか新能が卓に座って、そう座名に水を向けていた。彼は改めて座名とお疲れ様でしたとグラスを合わせあい、うまそうに一気に飲み干した。座名はビールを一口飲んでから続ける。


「今時、ゲームを一人のクリエイターが大量生産できると考える方がおかしい思いますねん。一人のクリエイターが多くのタイトルに関わるほど、一本当たりに対する感性の反映度は下がっていきますやろ。時間が有限である以上しょうがないことやと思いますねん」


 新能は頷いてから、深々と座名に頭を下げた。


「今回のプロジェクトは、本当にやりがいがあって、携わって楽しいと思えた開発でした。本当にありがとうございました」


 そして座名の前でもう一杯、ビールを一気飲みすると、別の卓へ移っていった。


「新能さんも、お酒強そうですなァ……、そうや、あの人はオストマルクではどういう立ち位置の方なんですやろ」


 座名は、新能はベテランらしく仕事もよくできて非常に助けられたが、彼の名刺に何も役職が書かれていなかったのが不思議なのだと、また雪乃のグラスにビールを注ぎながら尋ねた。

 立ち位置。オストマルクではここで見る以上に無表情で不愛想で他のスタッフとの衝突ばかりだとは流石に言えないと雪乃は焦る。


「えっ、その、実は、今回の出向で初めて一緒に仕事をするもので」

「ああ、そやったんですか。僕も潮見さんから話を聞いてただけやけど、あの『ダブル・ブレード』を担当してた人やったから期待はしてたんですわ」


 雪乃は息を飲んだ。『ダブル・ブレード』……自身がこの業界を目指すきっかけになったゲームである。


「し、新能さん、『ダブル・ブレード』を作られてたんですか? あのプレイステーション・ポータブルの?」

「ええ、そない聞いてます。もっともディレクターやなくて、バトル周りのシステム全般を作りはったって。あれはよう出来てますわ。ただ現場は大分大変やったみたいですなァ。飛び降りがあったちゅうて」

「えっ」


 そこまで言ってから、座名はしまったという風に下を向いた。


「飛び降りって、開発スタッフが飛び降り自殺を……?」


 座名はつかの間黙っていたが、雪乃の目をじっと見てから言葉を続けた。


「業界でもあまり知られた話とちゃうんですわ。開発会社のベルリン、あそこのスタッフが一人飛び降り自殺したちゅう事件があって。それが『ダブル・ブレード』の開発スタッフやったちゅうことですねん」


 それからも宴は続いたが、雪乃は新能が『ダブル・ブレード』の開発者だと知ってから、またそのスタッフの一人が飛び降り自殺したという話が頭を周り、何もかもが上の空だった。新能とも卓を共にしたものの、『ダブル・ブレード』のことを話題に出すことはできずに、時間だけが流れてやがて打ち上げは終わった。最後に拝道が締めの挨拶を行い、その最後に付け加えた。


「それと、オストマルクから出向で来てくださっていた新能さんと早見さんは、来週いっぱいで戻られます。お二人とも本当にありがとうございました」


 割れるような拍手の中、雪乃と新能は立ち上がって四方に頭を下げた。


 雪乃はマンションに帰ってからプレイステーション・ポータブルを取り出し、東京から持ってきていた『ダブル・ブレード』を起動させた。エンディング直前のセーブデータをロードしてプレイし始める。最後のボスを倒し、エンディングをスキップして、スタッフロールに入った。制作会社である大手のゲーム会社ヨーツンハイムの関係者に続いて、開発会社であるベルリンのスタッフ名が流れ始める。

『Director Yuji Suidobashi』に続いて、『Main Planner Syuichi Nezu』、そして、『Battle Planner Araya Shinno』。

 雪乃は右手で口元を覆った。どうして気がつかなかったのだろう……。改めてくたびれた『ダブル・ブレード』の攻略本を取り出して、開発者インタビューのページをめくるが、出ているのはディレクターの水道橋祐二とメインプランナーの根津秀一ねづしゅういち、それにキャラクターデザインを手がけた高名なイラストレーター、高円寺彰こうえんじあきらだけだった。


「新能さんが『ダブル・ブレード』を……それも、あのバトルを手がけてたなんて……」


 聞きたいことが山のようにある。どんな開発チームだったのか。どうやってあのバトルを組み上げたのか。レベルデザインはどう進めたのか。そして、スタッフの飛び降り自殺は本当なのか……。

 だが雪乃は、結局出社してからも新能にそれを尋ねることはできなかった。新能との距離感はずっと縮まっていたが、『ダブル・ブレード』の事も彼の過去にも容易に触れてはならない気がした。結局そのままでバルバロッサでの日々は終わり、鳥戸と楚亜に送別会を開いてもらってから、雪乃は土曜日に東京へ戻った。新能とは別々の帰京となった。

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