第五章 波濤

(一)クリエイターズ

『ヴァルキリー・エンカウント』の新バトルの実装は佳境に入った。雪乃は新バトルのフローをきちんと作り直した。時間はかかったが、深夜まで残業を繰り返し、新能からアドバイスを受けながら何とか数日で完成させることができていた。

 その作業を通じてバトルにおいて必要な処理や画面遷移がどれだけあるかを正確に把握して、それら一つ一つに対して新能と相談しながら仕様を決め、それを仕様書として作成、デザイナーやプログラマーと打ち合わせをして実装を進めていった。


 新能は雪乃をフォローしながら、実装予定である『コンビネーション・コマンド』の演出のところはバトル・システムから独立させられるから自分が担当すると申し出てくれたが、それからの彼の動きには目を見張るものがあった。

 二日で系統別に想定される演出のパターン別に仕様書を作成すると、翌日には雪乃も含めて、プログラマー、デザイナーとの打ち合わせを開催し、内容をすり合せた。打ち合わせの結果、変更がかかった演出の内容をその日のうちに仕様書に反映すると、バルバロッサのワークフローに則って、社内のタスク管理用WEBページで、やるべきことを『タスクチケット』として発行して作業を依頼する。上がってきた演出は、デバッグ用のコマンドで独立してチェックできるようにしてもらっていて、バトルシステムが仕上がっていなくとも確認できる環境を用意してもらい、次々と確認しては修正依頼を出し、それらが終わったものから順次、タスクチケットを座名に回して確認を依頼。座名がそのままでOKか、修正してほしいかの判断を演出ごとに下し、その内容に応じてまた関係スタッフと作業内容を詰めては次々と現場を動かしていく。

 雪乃は新能の仕事ぶりに目を見張った。彼の仕事には明確に流れがある。段取り、という言葉があるが、新能の動き方はまさに『段』ごとに明確になっていると感じた雪乃は、彼がどの様な仕事の流れで動いているかを観察してノートにメモした。

 新能は、雪乃が億劫がっている打ち合わせも遠慮なくガンガン主催する。その打ち合わせの進め方にも明確に型があった。

 雪乃に言った様に、打ち合わせを開催する際は、その目的、時間、場所、参加者を明記してチャットに流して参加者の確認を取る。

 打ち合わせの五分前には印刷等資料の準備を終えている。

 打ち合わせの進行も、その目的に沿って自身が取り仕切り、脱線しそうになると軌道修正を行う。

 時間をオーバーしそうになると、打ち合わせの延長や次回持ち越しを適宜判断する。

 打ち合わせの結果は簡潔にテキストファイルにまとめて共有ファイルサーバーにアップし、即座に内容を仕様とタスクチケットに反映する。

 仕事の何もかもが、滞なく流れていった。普通に流れている、ということがどれほど凄い事なのかを雪乃は知っている。いちいち詰まったり、時間がかかったりして、挙げ句他のセクションのスタッフから、「あれ、どうなってるの?」とお尻を叩かれるプランナーがオストマルクでは多いのだ。だが新能は迷い無く自ら先陣を切って仕事を進め、打ち合わせやチャットで指摘された問題点や課題も、その妥当性や解決方法をスタッフとすり合せては自らハンドリングして、必要があれば拝道や座名とも相談し、柔軟に内容を変更している。

 その仕事ぶりはオストマルクで抱いた印象とはまったくかけ離れていた。精力的に自らこうしたい、こうすべきだと動いて、打ち合わせをして仕様書へ反映し、実装の確認を行っては修正や変更をまた相談して実装状態をより良くしていく姿勢は、もはや頼もしくすらある。北浜以外で、初めてすごいと思えるゲームプランナーに出会えたのかもしれないと雪乃は思い、自分もがんばらなければと仕事を進めた。


 やがて、新バトルがゲーム上で動く様になると、雪乃はイメージ通りのバトルになっているかを実機端末でチェックしては仕様通りになっていないところの修正依頼を出したり、また実装して初めて浮き彫りになった問題点を、新能やスタッフと相談しては解消していった。

 幾たびかの修正や仕様変更の果てに、新能がテストプレイで、理論値ではまず勝ち目がないであろうボスを相手に、『コンビネーション・コマンド』を駆使して勝利した時、彼は雪乃の方を見て無表情のまま頷いた。それから何度かパラメータを変えてはまたバトルを数度繰り返してから言った。


「いける」。


『絆が真の強さへとつながるRPG』というコンセプト。

 それは、『絆』が高いパーティは、『コンビネーション・コマンド』を駆使して戦うことで、パラメータ上ではまず勝てないような敵を倒すことができる新しいバトルとして仕様通りに、いや、それ以上の形で最初の実装に至った。


 座名や拝道の役割は明確だった。拝道はダンジョン探索の仕様を担当しつつも、スケジュールを考慮しながらプロジェクトチーム全体としての目標を座名や各セクションのリーダーとすり合せて、いつまでにゲームをどのような形にしたいのかを明示し、変更があればすぐにチーム全員にアナウンスをする。そのために必要なタスクを拝道が各セクションリーダーに大きな項目ごとに割り振り、さらに各セクションリーダーによって仕分けされ、担当スタッフへと振り分けられた。タスク管理はWEBツールによって行われ、それ自体はオストマルクでもやってはいるのだが、はっきり言って有効性の度合いが違いすぎた。

 進捗は毎朝の朝礼とは別に、毎週のセクションリーダーが集まる会議で確認されるが、問題点が生じれば彼らは即座に集まって対応を協議した。それらを統括しているのが拝道だった。いわば、プロジェクトマネージャーのポジションである。雪乃はプロジェクトマネージャーの仕事の領分といういうものを初めて身近に見た思いだった。


 座名は、ディレクターとしてゲームイメージを明確にして、それに向けて実装されたゲームに対しての修正指示を行っている。


「これまで触ってきて、このスキルの選択のUIがちょっと面倒に感じるようになってきましてん。で、何が問題て考えた時に、スキルを総取っ替えしたいちゅう時がわりかしあるんやけど、その時に一度に全部のスキルが外せへんのが原因やと思うんですわ。そこ、何とかできまへんやろか」

「この演出、ええんやけどもゲームのテンポをちょっと下げてるねん。もう少しだけ、短くできまへんやろか」

「このコンビネーション・コマンドの効果やけど、これやったら毒だけやのうて、ステータス異常を全部防ぐ、いうふうにしたらどうやろ。もちろん、画面上の演出もそれに合わせて変更する必要があるねんけど」


 座名はゲームの要素ごとに、毎日実装されたものをチェックしては修正や変更指示を出す。マイルストーンまでの日数を考慮しながら、次々と拝道や各セクションリーダー、時には直接スタッフと相談している。座名はいつでも言葉使いが柔らかく、一スタッフに対しても命令口調を使わないのが雪乃には意外だった。そんな座名のチェックは、一通りの要素が実装された新バトルのカテゴリーに入って、雪乃は緊張していたが、彼は一日で新バトルの全要素を確認し、その課題と改善案をリストにまとめて雪乃と新能に会議室で相談したいと申し出てきた。二人が東京から出向してきて、ほぼ一ヶ月半が経過していた。


 いつも通り、「どーもどーもどーもどーも」と言いながら拝道と共に入ってきた座名は、着席すると開口一番、


「まずはお礼を言わせてください。新能さん、早見さん、新バトル、ようここまで実装してくれはりました」


 と頭を下げてくれた。雪乃も反射的に頭を下げたが、新能は表情を変えないまま首を振った。


「こちらのプログラマーさんやサーバーエンジニアさん、デザイナーさんの手が早くて実装のサイクル速度が速いおかげもあります。それにまだお礼を言われるのは早いですよ。これからでしょう、正念場は」

「そうですねんけど、目標としていたバトルをひとまず形にできたちゅうのは、期間を考えたらほんまありがとうございますちゅうしかないんですわ」


 新能はその座名の言葉に頷いただけで、渡された資料に目を落とした。


「で、座名さんの考える新バトルの課題というのがこれですね」


 座名がまとめた新バトルの課題と対策がまとめられている資料に雪乃は目を通した。『座名堂二』はそれなりに業界でも名の通ったクリエイターである。その様なポジションにある人が、ここまで細かい指示をするのかと雪乃は意外に思いながら資料をめくっていく。リスト形式で、課題は一項目ごとに、内容、原因の考察と対策としてどうしたいかが記されていた。

 座名が一項目ずつ口頭で説明をし、それに対して新能や雪乃、拝道も自分たちが感じるところや考えを自然に述べ、最終的に座名がどうするかを判断していくという流れで打ち合わせは進む。

 その中で、主に演出に関係する要素やテンポの調整といった細かな部分については、あらかじめ座名が直接スタッフとやりとりをして変えていって構わないという取り決めになっていたので、ここで課題として上がっていたのは、演出を全変えしたいコンビネーション・コマンドや、仕様を変更したい項目に限られていた。それでも大小二十数項目が課題として挙げられ、どれも納得のいくものだと雪乃は思った。


「プログラマーさんやデザインさんと打ち合わせをしないといけない項目も多々ありますが、全体として変更の妥当性には異論ありません」


 雪乃にも異論が無いことを確認してくれてから、新能は座名にそう言ってすぐに打ち合わせに入ることを告げた。座名の会議終了の挨拶の後、新能はすぐに自分で佐井や明日勅、デザイナースタッフを呼んで仕様変更箇所の打ち合わせを行った。


「ちょっと期間的に厳しいものがありますが、がんばりましょう」


 佐井も明日勅も沙羅田もそう言って、早速作業に取りかかることになった。


 なるほど、こうして座名の意図がゲームに反映されていく。これまでも座名は概要レベルで雪乃たちと打ち合わせをすると、後は任せてくれていた。まずこうしたい、という方向性を示してその仕様化はスタッフに任せ、ゲームに実装されてから総合的に見て自分の意図するゲームになっているかどうかをチェックして修正指示を明確に出す……。

 これがディレクターなのだと、雪乃は初めてディレクションという仕事をしている人を見る思いだった。思えば、座名はダンジョン探索の仕様のうち、概要書は自ら手がけて仕様化を拝道に委ねていた。それはバトルも同様で、企画書にあったバトルの流れや要素の説明は、書面化は拝道の手によるものだが、ベースは全て座名の手によるものだという。これがゲームクリエイターと呼ばれる人の仕事ぶりなのだ。

 ではオストマルクの紺塔のディレクションとは一体何なのだろう……。そもそも、ディレクターとはどの様な仕事をする人のことなのだろう……。

 雪乃は新能にそのことを聞いてみたいと思った。新能はディレクターの経験はあるのだろうか。これまでどんなタイトルの開発に携わってきたのだろうか。そこでどのような経験をしてきたのだろうか……。

 隣で無表情のまま凄まじいタイピング速度で変更分の仕様を作成している新能の横顔をちらりと見る。もう二十一時過ぎだ。飲みにでも誘ってみようか。同僚なのだからそれくらは許されるだろう。だが、ふと北浜翔の顔が頭をよぎり、これは彼を裏切る行為になるのだろうかと暗い気持ちになった。だが、あくまでも仕事の話をしたいだけなのだ、これくらいのコミュニケーションは許されるべきだとも思う。この時、雪乃には新能と二人きりではなく、他の誰かも誘って複数で飲みにいくという発想自体がなぜか浮かんでこなかった。

 そうやってあれこれと悩んでいるうちに、新能は「お先に失礼します」といって退社してしまった。きれいに片付けをしてから退社する彼の机はいつもきちんと整理整頓されている。書類とペットボトルの山脈を築いている雪乃の机とは大違いである。

 ため息をつきながら新能の机を眺め、そこに彼がいたはずの空気を雪乃は感じていた。

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