(二)対峙
翌日、多忙な座名に打ち合わせの時間を取ってもらい、雪乃は『ヴァルキリー・エンカウント』のバトル・システムの懸念点と対策案を説明した。新能も当然同席したが、打ち合わせのセッティングと開始の挨拶程度で、後はすべて雪乃が進行させることになった。
「……以上が、現在考案しているバトルの懸念点とそれに対する打ち手となります。現在想定している仕様でも、バトルは成立すると思いますが、バトルのシステムを今提案させていただいた形に変更してはどうかと思うのですが、いかがでしょうか?」
座名はディレクターというポジションにあるのみならず、ゲーム業界の先達としても大先輩と言えた。さらに新作を作ればゲーム雑誌で発表されるレベルのゲームクリエイターとして、業界内に一定の地位を築いていると言える。その座名に向けて、現在もう確立済みで実装も終えている根幹システムを変更させる提案を行うわけだから、雪乃は緊張していた。いくらゼロベースでの仕様再構築が許されていても、以前の打ち合わせではでなかったバトルの行動順を決めるシステムに再度手を加えることを提案するというネガティブな状況に、胃がキリッとした。バトルの流れが変わる、ということは、バトルのイメージから変わるということで、またそのイメージをスタッフ間で共有するまでの時間がかかることを意味している。
勿論、オストマルクの紺塔生雄に比べれば座名は陽気な性格で、スタッフに対して居丈高な態度で接する場面など出向に来てから見たことはないが、打ち合わせに臨む時の目つきは鋭く、馴れ合いを許容しない鋭さを感じさせる。それは拝道も同様で、雪乃の説明を聞きながら、渡された資料に三色ボールペンをカチッカチッと切り替えながらラインを引いたり何やら書き込んでいる。その目つきは座名同様刃を思わせ、場の空気はいつも以上に引き締まっていた。
「早見さんの上げてくださった懸念点は自分は杞憂だと思います」
拝道が顔を上げて言った。
「あらかじめコマンドをセットしておいて、敵味方入り乱れて、素早いキャラから行動する。このシステムはもう一般的で、自分の意図した結果にならなくてもユーザーは納得するであろうという事が一つ。また、それによってバトルが冗長になるのではという懸念に対しても、調整レベルの問題だと自分は考えます」
さあ、困ったと雪乃は思った。実は自分の懸念は杞憂ではないかという思いは彼女自身にもあって、それが何かはうまく具体化的なものとして整理できていなかったのだが、拝道によって明瞭化された思いだった。だが、雪乃は論理よりもまず直感で、それはちがうと感じもした。これに反論しなければならない。
「調整レベルの問題で済めば、確かに杞憂に終わるかもしれません。しかし、そうでなくなった場合、バトルの冗長さを調整で対処するということは、追加する 『コンビネーション・コマンド』を使っても使わなくてもいい、という方向性に傾く危険があると思います。そうなればそうなったで、ゲームとしては成立はするかもしれませんが、『絆』を落とし込んだバトルのための要素としては弱くなってしまうと思います」
自然に、言葉が出た。頭でひっかかっていた事が、拝道によって課題として明確になり、その課題に対して自分が考えている『コンビネーション・コマンド』のあるべき姿を思い描いていると、頭にあることを言語化することができた。
「うーん。そこまでの状況になってしまうやろか……」
拝道はなおも顔をしかめて反対の意を唱えた。
「更に反論させてもらうなら、そのバトル・システムだと『コンビネーション・コマンド』は、入力が可能なタイミングが行動のコマンドをセットする場合、攻撃がヒットした場合、敵がアクションを起こした場合、と複数にまたがる。これはルールが増えることを意味しますやろ」
「そこは、『コンビネーション・コマンド』を系統別にきちんとチュートリアルすることで、ケアできると思います」
「うーん」
拝道はまだ納得しない様子で腕組みをして顔を天井に向けた。新能は黙って何も言わない。座名は資料を何度も読み返していたが、やがて顔を上げて言った。
「私も拝道と同様の意見です」
座名の物言いは穏やかだったが、確信に満ちた響きがあった。雪乃は俯いたがそれは一瞬のことで、再び座名と拝道に向かって持論を展開する。
「……私も、まだうまくロジックで説明しきれていないという気はします。ただ、どうしても引っかかるんです。現在の想定でいっても、確かにRPGのバトルとして破綻なく新規要素を実装したシステムとして成立はすると思います。でも」
そこで一旦発言を切ってから雪乃は立ち上がって続ける。
「勿体ないと思うんです」
雪乃はホワイトボードに書き始める。頭の中に浮かんだ直感を整理しながらペンで表を書く。縦軸には現行案と修正案という二つの行、横軸には思いつくままに『戦術性』と『遊びやすさ』、さらに『臨機応変性』と続けた。
「原稿案でも戦術性と遊びやすさは確かに担保されています。ただ、『臨機応変性』はどうでしょうか。『絆』の強いパーティだからこそ、臨機応変に普段とは違う動きが出きる。これが臨機応変性で、『コンビネーション・コマンド』はそれをバトルへ落とし込むための要素です」
雪乃の脳裏には、高校大学で続けたテニスのダブルスの試合、中でもあの明日香と組んで、場の展開に応じて自然に対応してポイントを積み重ねていく光景があった。もちろん、そんなことは口にはしない。乾いた唇は止まらない。
「臨機応変性で言えば、場の状況に即したコマンドを入れる方が、絶対にそれらしくなるし、ユーザーもそれを使って強い敵を倒せれば、『コンビネーション・コマンド』の有効性をより強く体感できると思います。今話しながら思いついたのですが、バトル中同じ『コンビネーション・コマンド』でも、使えば使うほど効果が強くなってもいいと思います。言ってしまえば、私はユーザーに、『コンビネーション・コマンド』を常時有効に使って欲しいんです」
雪乃は整合性がついてないのを承知で持論を続けた。
完全コマンド・セット方式を否定したいのではない。ただ状況に応じた場面でコンビネーション・コマンドを選べる方が複数のキャラクターによる連携行動という特性をより生かせると雪乃は確信している。ただ、それをうまく言語化できない。もどかしい思いは雪乃をより早口にさせたが、話す内容は先ほどと同義だった。座名と拝道はどうしたものかという表情だった。
「私は早見と同意見です。『コンビネーション・コマンド』が他のコマンドよりも優位な点、それが咄嗟の状況に対応できる、という点にあると思います。その臨機応変性という特徴を強調するためにも、コマンドの系統別に使用タイミングを設定した方がベターだと思います」
新能だった。援護してくれている……。同じ会社で、最初に相談したのは新能なのだから当然といえば当然なのだが、それでも雪乃は嬉しくて、両手を服の後ろできゅっと握った。
「む」
今度は座名が、顎に手をやった。
「臨機応変性……。それは確かに……」
座名はそれから、再び雪乃の資料に目を落として何やらブツブツ呟き始めた。拝道も再び目を閉じた。会議室ではなく、打ち合わせスペースなので、壁に掛けてある時計の針が進む音と、ささやかな仕事上の会話のやりとり、あとはパソコンのキーボードを叩く無数の音だけが響いてた。やがて、座名が口を開いた。
「早見さんが言われること、なるほどなあと思いましたわ。臨機応変性。確かにそれが『コンビネーション・コマンド』で表現すべき事の一つにはなりうる。それで……」
座名は立ち上がって続ける。
「提案なんやけど、通常のコマンドは現状のコマンド・セット方式。『コンビネーション・コマンド』は早見さんの提案通り、コマンドの系統別に臨機応変に使える、ちゅう形はどうですやろ?」
あっ、と雪乃は声をあげた。座名の意図が即座に理解できたからだった。
「通常のコマンドはコマンド・セット方式。予測を外すと期待通りの結果は得られない。でも『コンビネーション・コマンド』ならば臨機応変に使える。それなら『コンビネーション・コマンド』の優位性をより強調できる」
雪乃がそうまとめると、座名は一瞬驚いた顔をしたが、笑ってうなずいた。
「その通りですわ。拝道、どないや?」
「それなら何も異論あらへん。ちゅうか、これはよりバトルがようなる感じがするわ」
拝道も笑顔になっていた。雪乃もはいと言いながら、こんな簡単なことに何で気がつけなかったんだろうと頭をかいた。
「ただその場合『コンビネーション・コマンド』を制限する要素は必要ですね」
そう続けた新能は笑っていなかったが、その発言はまた新たな課題の発生を告げていた。これまでの想定していた仕様ならば、『コンビネーション・コマンド』に参加するキャラクターはそのまま行動する権利を行使する形なので、それがそのまま使用制限と同義だった。だが、通常のコマンドとは別に臨機応変に使える形にするなら話は違ってくる。雪乃はまたあっと声を上げてホワイトボードに『コンビネーション・コマンドの使用制限仕様の考案』と書き出した。
「はい、そこも含んで仕様化をお願いできますやろか?」
「勿論です。今週中にまとめます」
雪乃がそう言うと、座名と拝道は立ち上がって頭を下げた。
「ほんま助かりますわ。引き続き、よろしくお願いします」
雪乃も新能も立ち上がって頭を下げた。雪乃は、このゲームをもっと良くしたい、もっとがんばろうと拳を握りしめた。そして新能の方を向く。
「新能さん、ありがとうございました。おかげでもっといい形に変更できると思います」
「いや。でも概要は引き続き頼むよ」
「それはもちろんです。私、もっともっとこのゲームをいいものにしたくなってきて」
それは、新能のおかげもあると雪乃は感じた。彼が雪乃の提案を聞いて、アイデアを概要化する前に一緒に検討してくれたからだった。雪乃一人だけなら座名にあそこまでの提案ができたかどうか、自信がまるでない。そのことについて改めてお礼を言ったが、新能は首を振った後立ち上がって、後始末を頼むとだけ言ってそそくさと雪乃に背を向けた。それが照れ隠しの様に見えて、雪乃の頬は緩んだ。
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