(六)コンビネーション・コマンド
都合四回目のバトルシステムの打ち合わせ。午後の始業時間五分前に、雪乃は打ち合わせが行われる予定の打ち合わせスペースの席についた。オストマルクでは個室形式の会議室もあるが、オフィスには予約無しで、すぐに打ち合わせに使えるミーティングスペースがある。自分の案をテキストファイル形式で書き連ねたものをプリントアウトしてもってきていた。三分前には新能もやってきて、無言で自分のアイデアをプリントアウトした紙を雪乃に差し出してくれる。自分の分も差し出すが、未だに同僚と呼ぶことすらためらわれる障壁を間に感じる雪乃だった。
――やっぱり、空気が硬いなあ。
いや、と雪乃は思った。空気が硬いというより、新能から壁を作られている様な気がする。オストマルクで見たような攻撃性は見えないが、それは衝突するような問題がまだ生じていないだけだからではないか……。
そんなことをぼんやりと考えている間に、「どーもどーもどーもどーも」と言いながら、座名と拝道が打ち合わせスペースに入ってきた。
さあ、しっかりしなくちゃ。
雪乃は椅子に座り直して、背筋を伸ばした。会議は新能が取り仕切ってくれる。
「お疲れ様です。今回の打ち合わせの目的ですが、例によって『絆が反映されるバトル』というコンセプトをどうゲームへ落とし込むか。そのアイデアの提案と検討です」
「了解です。よろしくお願いします」
座名は深々と頭を下げた。だが、新能はさらに続けた。
「正直、本日の打ち合わせで何らかの結論を出したいと考えています」
座名がピクリと反応して新能の顔を見た。
「座名さんがコンセプトを大事にされていることは理解できます。しかし、時間がありません。今後も時間をいただけるということであれば、こちらもまたアイデアを再考したいと思いますが、時間をいただけないということであれば、現状のままでいくか、今まで出したアイデアの中でどれかを採用するか、座名さんに新たなビジョンを示していただくしかありません」
雪乃は驚愕の思いで新能を見た。言ってみれば、自分たちはバルバロッサという顧客に雇われた傭兵なのだ。顧客に対して高飛車すぎて、座名が怒りで反撃してくるのではないか。「そのアイデアを考えるのがお前らの仕事だろうが」と言われれば立つ瀬が無い。反射的に、「ちょっと、新能さん!」と声を出していた。だが、座名は怒りの感情を出すでもなく、背筋を伸ばして静かに言った。
「……了解ですわ。確かに、時間はありません。今日の打ち合わせで何らかの結論を出しましょう」
新能は、座名に向けて何も言わずに頭を下げた。雪乃はその空気の前でそれ以上何も言えずに新能に続いて頭を下げるほかなかった。
新能が座名と拝道にプリントアウトしたものを渡してから、説明を始める。
「私は現状のバトルでも、それなりに『仲間同士の絆』というコンセプトは反映できているものと感じました。そこで、新たにそれを強化していくという方向性で考えました」
新能の提案は、キャラ同士の『絆』が高いと自動的に発動する特殊なスキルを追加する、というものだった。
「Aというキャラクターが攻撃します。すると、Aとの『絆』が高いBというキャラクターが、『追撃絆スキル』というものを発動する可能性が生まれる、というものです」
新能は幾つかの例を挙げて、『追撃絆スキル』の説明を続けた。特徴的なのは、『追撃絆スキル』を発動したキャラとの『絆』が高い別キャラクターも、同様に『追撃絆スキル』が発動する可能性があるという点だった。つまり、『絆』の高いキャラ同士でパーティを組めばくむほど、一回の攻撃で追撃に参加するキャラが増加する可能性が高くなるわけである。
「この案の目的は、『絆の高いキャラ同士がパーティにいれば、一回の攻撃がより強力になる』ことで、ユーザーに『追撃絆スキル』が連鎖発生する爽快感を楽しんでもらう、という点にあります」
これが実装されれば、『絆』が高いキャラがパーティ内にいれば、単純に強力なスキルを使えるというだけでなく、通常の攻撃でも『追撃』という効果があることで、ユーザーはよりキャラ同士の『絆』を強くしようとするだろう……。
「以上です」
新能は説明を終えた。座名はうんうんと頷きながら、目を瞑った。ゲーム上で実際にどうなるかイメージしている様だった。やがて、いいとも悪いとも言わずに雪乃の方を向いた。
雪乃は自分のアイデアを記載したものを二人に渡してから、心の中で深呼吸をした。
「私は、『コンビネーション・コマンド』という方向性で考えました」
雪乃の提案するアイデアは、『絆』の高いキャラ同士のみに実行できるコマンドが追加されるというものだった。
「この『コンビネーション・コマンド』は、通常のコマンドとも、強力な必殺技とも異なるものです」
座名も拝道も、ほう、という感じで前のめりになった。新能の表情は変わらない。
「『コンビネーション・コマンド』は、複数のキャラでしか実行できない、特殊なコマンドです。例えば……」
雪乃はプリントした紙に記載した例を改めて説明する。
デコイ・クロス。あるキャラが囮として敵に近づいてわざと攻撃を受けるが、別の一人がそこへ本命の攻撃をたたき込む。
デュアル・ディフェンス。あるキャラ同士が身を寄せ合って防御力を高める。
カバーリング・アタック。指定した仲間キャラが直接攻撃されると発動し、その敵に向けて別の仲間キャラが牽制の攻撃を行ってその攻撃そのものを中断させてしまう。
カウンター・メイジ。『ヴァルキリー・エンカウント』では魔法の要素があるが、敵が魔法を使おうとした瞬間に発動し、仲間キャラ同士がその敵に攻撃して、魔法の使用をカットする。
座名も拝道も、何も言わずに新能の時と同様にうんうんと頷いていた。
「これらは、漫画やアニメでよくある、『二人で陽動攻撃を仕掛ける』とか、『敵を牽制して攻撃を邪魔する』、といった状況をゲームに落とし込む、というのがコンセプトなんです。私は高校大学とテニスをやっていたんですが、ダブルスの場合、こういう息の合ったコンビネーションというのが生まれてポイントが取れると、すごく気持ちが良かった。その経験から漫画やアニメであるような状況を、ユーザーが意図して作れたら面白いのではないかと思って、今回ご提案させていただきました」
「これは、すべてあらかじめコンビネーション・コマンドをセットしておくのかな?」
新能が紙片を見ながら聞く。
「はい。『ヴァルキリー・エンカウント』はターンごとにコマンドをあらかじめセットして、後で一斉に行動が実行される方式のバトルで、私はそこはそのままでいいと思っています。自分のパーティの構成、敵モンスターパーティの構成、双方を見比べてどのようにコマンドを仕掛けておくか。その結果が、バトルの結果として次々と演出されていく今のシステムに入れるなら、『コンビネーション・コマンド』もあらかじめコマンドをセットしておく方式に合わせるほうが、面白いと思います」
「うん……、うん……」
座名は真剣な面持ちで、雪乃が渡したプリントに見入っている。
「どっちもいい線をついてきた」
拝道が腕組みをして言った。
「工数は、早見さんの方がかかるやろな。そやけど……」
座名は雪乃を方を見て言った。表情が心なしか明るく見える。
「これはおもろいですわ。『絆』が高いからこそできる『コンビネーション・コマンド』。これやったら、確かに漫画にアニメでようある戦いの状況をゲームに入れられるし、コンセプトにも合致する」
「あの、でも、自分で提案しておいて何なんですが、強過ぎないでしょうか?」
敵の攻撃や魔法をカットできてしまうのは、バトルではそのコマンドだけを繰り返しておけばいいという『作業化』に繋がりかねない懸念がある。
「そこが課題といえば課題だな。だけど、うまく使えば自分たちよりもずっと強い敵を相手に勝てるという方向に仕立てられれば達成感はかなり高くなる」
新能が言った。無表情だが、雪乃の案を推してくれた。
「俺もこれはいいと思う。座名さん、どうでしょうか、早見の案」
「そうですなァ」
座名は顎に手をあててポリポリとかいた。
「確かに、無制限に使えるとやっかいですやろなあ。それにもう一つ、この『コンビネーション・コマンド』の種類ですわ。全ゲームを通して、どれくらいの数を用意できるか……、それがゲーム全体でまんべんなく使えるものになるか……」
座名はあごにやった手を離して、雪乃と新能を方を見て言った。
「そやけど、充分コンセプトを反映できてるし面白くなる目もありますわ。この線で行きまひょ! 新能さんの『絆追撃』、これも『コンビネーション・コマンド』に絡める形で、再度まとめてもらえませんやろか」
「わかりました。明後日までに概要化してみます」
新能がそう言って頭を下げ、雪乃も慌ててそれに倣った。
座名も拝道もよろしくお願いしますと丁寧に頭を下げた。
ミーティングは終わった。
雪乃の胸の鼓動は早くなっている。熱くなっている。焦燥感はなく、疲労感もない。これからが大変だということが分かってはいるのに、この昂ぶりは何だろう。ひょっとしたら、ゲーム業界に入って初めて味わう感覚かもしれなかった。
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