(三)バルバロッサ
それから、話はプロジェクトのスケジュールや直近の予定確認へと移り、それが終わってからオフィスへと案内された。現在バルバロッサでは複数のプロジェクトが走っているが、『ヴァルキリー・エンカウント』のチームは三つ借りているフロアのオフィスのうち、もっとも広いエリアを割り当てられている。雪乃と新能は並んだ机を支給された。窓に向かった並びの席で、日差し除けのカーテンの隙間から新大阪駅前の様子が見えて、見晴らしは悪くないと雪乃は思った。
オフィスは清潔で、この点に関してはオストマルクとの差をはっきりと感じられた。ビルとしてはオストマルクの入っているビルの方が新しいはずなのに、何が違うのだろうか……。ぼんやりとそんなことを考えながら、自分の席でパソコンの電源を入れながら、心の中でこれから四ヶ月よろしくお願いしますねとパソコンに心の中で挨拶をした。
その後、拝堂の手引きでオフィス内の他のスタッフに紹介された後は、初日ということで、今日はパソコンの環境設定と、プロジェクトの把握ということで実機端末を触りながら仕様書を確認することが仕事になった。仕事に必要なメーラーの設定や、個人的に使用しているアプリケーションのインストール等を終えるとお昼になり、雪乃は思い切って新能を食事に誘おうと思ったのが、それよりも早く総務の鳥戸とプランナーの
会社の近くにおいしいお好み焼きのお店があるのだと言って誘ってくれた鳥戸と大那と昼食に出かけた雪乃は、そこで初めて大阪風のお好み焼きを食べた。山芋が入っていて、ふんわりとしたその食感が雪乃は気に入って「おいしい」を連発してしまった。食べながら、互いについて話をしていくと、鳥戸は雪乃と同じ東京出身で二十九歳。大学卒業後、就職に伴って大阪へ来て、バルバロッサには四年前に転職したとのことだった。大那はシナリオとイベントの統括者で、フリーランスのプランナーだった。
「バルバロッサさんとはプロジェクト単位での契約になってるねんけど、三年もお世話になってるからもう家みたいなもんです」
大那はそう言って快活に笑った。ショートカットの髪型もあってか、どことなく少女のようなあどけなさを思わせる。特別美人でも可愛いというわけでもないが、裏表の無さそうな目はくりくりとしていて、まるでひまわりを思わせる魅力に満ちていた。二十七歳という自分より二つ上の年齢を聞いて雪乃は驚いたが、それ以上に若くしてフリーランスのプランナーとして食べていけているのはスゴイなと思い、素直にその感想を述べると、大那は前髪を照れくさそうにいじりながら運が良かっただけだと言った。
「最初に着いた師匠が良かったんやと思います。シナリオの書き方だけやのうて、仕事の取り方とか人の接し方とかきびしう鍛えてくれてん」
大学在学中にある下請けのゲーム開発会社にアルバイトで入った大那はそこで師匠と仰ぐ人と出会い、その人と二人で色々な現場を渡り歩いた。その中で登場人物の台詞や設定に光るモノがあると師匠に見こまれ、「お前はシナリオで食べていける」とより鍛えてもらったという。結局、大学は中退してシナリオやイベントに特化したフリーのプランナーとしてやっていくことにして、もう七年が経つという。
雪乃も、自分がプランナーとなった経緯をかいつまんで話すと、入社して二年目で出向に至ったという事が、二人を驚かせた様だった。
「あの、もう一人の新能さんやっけ、あの人はベテランみたいですね?」
「ええ、キャリアはもう十数年になるみたいです。でも、中途採用で入社されていて、私も一緒に仕事をするのは今回が初めてで……」
「新能さんは、オストマルクの潮見さんのプッシュで今回ウチにきてもらってるの。潮見さんとうちの座名さんて昔別の会社で同僚だったらしいから」
「新能さんて結婚してはるんでしょうか?」
大那のその一言は意外だった。そう言えば、新能は結婚指輪はしていない。座名と拝道は確かそれらしきものをはめていた。
「さ、さあ……。同僚といっても私はよく知らないから。でも、確かまだ独身だったはずです」
「あらあら。楚亜ちゃん、新能さんの事気になるの?」
「そ、そんなんちゃうよ。ただ何となく気になっただけやもん……」
顔を少し赤くして大那はうつむいた。その様子を見て雪乃と鳥戸は顔を見合わせて苦笑する。
「んー、まあ確かにちょっと見ようによってはいい男かもね。年はイッてるけど、どことなく陰があるっていうか。雰囲気あるのは認める。楚亜ちゃんの好きなタイプだよねー」
鳥戸がからかうように言うと、大那は顔を赤くして両手の掌を顔の前でぶんぶんと振った。それから話題を変えようと雪乃の方を向いて言った。
「ね、ね、早見さんは? 彼氏おるん?」
今度は雪乃が赤面する番だった。よく考えたら、一緒に仕事をする間柄の人間に対して、自分に恋人がいると告白するのは未沙を除けば初めての事だ。
「えっ、えっ、えーと……、一応、います……」
わーっと二人が小声で小さく拍手する。
「そりゃいるよねえ。早見さん美人だもん。さっきオフィスで全体紹介した時も見た? 男どもの目」
鳥戸が言うとまったく嫌みに聞こえない快活さがあった。
「誰? 誰? まさか社内恋愛?」
大那は身を乗りだしてきて、鳥戸は組んだ両手の上に顎をちょこんと乗せて、眼鏡の奥の瞳でいたずらっぽい笑みをたたえている。雪乃はちょっと躊躇してから、コクンと頷いた。二人はまた、わーっと小声で小さく拍手をした。
「すごいすごーいっ、どんな人? かっこいい? プログラマー? 仕事はできるの? つきあったきっかけは何?」
大那はすっかり興奮して、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。雪乃は照れるやら恥ずかしいやらで、遠回しな表現ばかりで答える形になってしまい、それに気をよくしたのか大那はさらに質問を乱打乱撃してきたが、やがて鳥戸が手で彼女を制した。
「はい楚亜ちゃんストーップ。ほらお昼休みもう終わっちゃうからねー」
「えー」
ぷーと頬を膨らませた大那だったが素直に店を出る支度を始め、雪乃もそれに倣う。鳥戸は雪乃が取ろうとした伝票を先に素早く手に取ると、今日は会社から経費で出すように言われているから遠慮しないでと言った。雪乃はごちそうになりますと頭を下げ、大那も慌ててそれに倣った。店を出てから会社への道すがら、鳥戸は良かったら今晩三人で飲みに行かないかと誘ってくれた。
「早見さん、お酒は飲める? 苦手だったら食事でもいいけど」
「いえ、お酒好きです。お供させていただきます」
「やったー。早見さん、さっきのお話の続き聞かせてね聞かせてねー、絶対やでー!」
大那は心底嬉しそうにえへへと笑っている。鳥戸は調子に乗らないのよと大那の頭を笑いながら軽く叩いた。雪乃はすっかり緊張感がほぐれている自分に気がついた。ついさっきからと言っていいぐらいのつきあいでしかないのに、何だか大学時代からつきあっている友達の様な空気を感じる。波長が合うのだろう。自らの仕事の糧にしようと構えてやってきたバルバロッサだったが、初日にして友人ができたのは本当にありがたいと思った。
「わーっ、お昼休み終わっちゃうー」
「楚亜ちゃんが早見さんを質問攻めにするからでしょーもー」
二人のやりとりに笑いながら、バルバロッサのあるビルへ共に小走りにかけていく。一月。まだまだ寒いが、小春日和の陽気が、三人に暖かく降り注いでいた。
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