押入れからひなちゃん
「ひなちゃん、これなあに?」
おしいれの奥にふすまがあるのを見つけたのは、三つ目の段ボール箱を動かしたときだった。
おかしいな。おしいれに入るとき、ちゃんとふすまを開けたのに。さっき開けたふすまと同じ、桜の花びらがひらひらしているふすまは、おしいれの奥でむっつりと閉まっている。
わたしの声に、ひなちゃんがなんにも言わずにやってきた。ふすまを見たひなちゃんは、「しらない。」と言ってわたしのほうに手をのばした。
「つぎのちょうだい。」
「あっ、ごめんね。」
奥から段ボール箱を引っ張り出して、ひなちゃんにあげる。ひなちゃんはそれを、部屋に並べていく。
段ボール箱の中は、ひなちゃんのものだったり、そうじゃなかったりする。ひなちゃんは中を見て、自分のものが入っている箱だけ、開いたままにしておく。そうじゃないやつはふたを閉めて、はじっこによせる。
せっせと段ボール箱を動かしていたら、パズルのピースをはめていくみたいにふすまがよく見えるようになった。外のふすまとはちがって、二段目の奥だけにあるみたい。ちょうど縦の長さが半分になっている。
最後の段ボール箱を渡すと、わたしは押入れから出て、ひなちゃんの後ろに近づいた。ひなちゃんは箱を開いて、すぐにまた閉じる。ぜんぶで八つあった段ボール箱のうち、ひなちゃんのは三つしかなかった。
開いたままの箱の中をのぞくと、教科書や算数のドリルが学年ごとに入れられていた。四年生のぶんはまだ机の上にあったから、去年までのものが入っていたんだろう。
箱の中身を見ていたひなちゃんは、ふいにこっちを振り向いた。
「うみちゃん、見なくていいの。」
わたしは何のことかわからなくて「なにを?」って聞き返す。それを聞いたひなちゃんは、なんにも言わずに押入れの二段目に上がった。そっか、中のふすまのことだ。あわてて押入れによじ登ると、奥で「ぱんっ」とかわいた音がした。ひなちゃんはなんの迷いもなくふすまを開けてしまっていた。
ぴゅうっ、と冷たい風がくる。
ふすまの向こうは、冬だった。
分厚く雪が積もっているし、空からも新しい雪がどんどん降っている。葉っぱのない木の枝から、雪のかたまりが落ちる。冷たい空気がほっぺたをなでる。
「どうして押入れの奥に、冬がしまってあるの?」
「だって今は春じゃない。」
ひなちゃんはわたしの質問に答えてから、靴もはかずに冬の中に行ってしまった。そのまま奥へ、奥へと歩いて行ってしまう。
「ひなちゃん冷たくないの。」
「ぜんぜん。」
わたしも追いかけようと思って冬に足を出そうとすると、ひときわ強い風が吹いて、わたしは目を細めた。冬はわたしのことがきらいなんだろうか。
しばらくして、ひなちゃんは帰ってきた。元通りにふすまを閉じて押入れを出るまで、ひなちゃんはなんにも言ってくれなかった。
それっきり、押入れの奥の冬は見ていない。一週間後にはひなちゃんがどこか遠くの街へ引っ越してしまったから。
あれから、自分の部屋のクローゼットを開けるたびに奥の壁を見てしまうけれど、もう一つ扉があるようなことは、今のところない。やっぱり押入れじゃないとだめなのかな。
今年も春になって、わたしはクローゼットの奥に箱をしまった。ひなちゃんと同じように、段ボール箱の中は学年ごとになっている。新しく積んだぶんで、ちょうど箱が六つになった。
小皿集 水沢妃 @mizuhi
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