ひとりになれない
友達の家に行った。
「どうぞどうぞ。」
「どうもどうも。」
玄関を開けた友達が、わたしを先に入れてくれる。
「おじゃましまーす。」
学校では仲がいいけれど、この子の家に来るのは出会って半年経っているのに初めてだ。
広めのキッチンと、奥に一部屋。一人暮らしにしては広い。少なくともわたしの部屋より大きいだろう。
「好きなところに座ってて。お茶入れるね。」
「すぐ帰るから大丈夫だよ。」
友達の家に行ったら大体の人がするであろう会話を重ねつつ、わたしは奥の部屋の、クッションの置かれた床に座った。ちゃぶ台みたいな小さな机があって、足をのばそうとすると何かに当たった。
机の下を見れば、立派なお掃除ロボが目を光らせている。わたしはびっくりして声をあげた。
「ああ、それ? 気をつけてね。」
なぜかくたびれたような声がキッチンからする。
「すごいね、うちのルンバより立派だよ。買ったの?」
「ううん、もともとついてたんだ。立派っていうか型が古くて大きいだけなんだけど。」
「あ、じゃあ腕が伸びたりしないんだ。棚の上拭いてくれないの不便じゃない?」
「そうなんだよねえ。上のほうばっかりホコリがたまってさ。でもめんどくさいからルンバもホコリもそのまんま。」
わたしは部屋を見回した。上って言っても本棚くらいしか棚はない。テレビは壁に映すタイプだし、カーテンはガラスが勝手に色を変えるやつだからない。今は外から見えないように青い色になっている。
「ホコリたまるようなところも少ないしね。」
「そうそう。」
友達が湯気をたてるマグカップを二つ持ってきた。中は緑茶だけど。
それから学校にいるときとおなじような話で盛り上がって、わたしはお掃除ロボの事なんて忘れていた。
忘れたころになって、突然ロボがしゃべった。
「ちょっと、麻帆帰ってたの?」
「……あー、うん。」
今までわたしと会話をしていた友達は、気まずそうに私を見た。構わずにロボは声をあげる。
「あんたまたルンバに掃除まかせっきりだったんでしょ。すっごいホコリよ。今日やっとトイレのほうまで行けたけど、推定放置期間一か月ってどういうこと? もうちょっとマメに掃除しなさい。女の子なんだから。」
「あー、はいはい。」
心底めんどくさそうな声で友達が答えると、お掃除ロボからする声もヒートアップする。
確かにこの手のお掃除ロボには、全国の同種が蓄積している情報と統計から、どのくらいその場所が掃除されていないのか計れる「推定放置期間チェック機能」がある。アプリを使えば簡単にわかることだ。
床面を掃除するタイプのものは段差を越えられないから、家じゅうを掃除することはできない。とうぜん人間が掃除するか、そこまでロボを持って行ってやらないといけない。それをさぼると、アプリから警告が出るときもある。
でも、説教をするお掃除ロボなんて初めて見た。
しばらく喋ると、じゃあまた見に来るから、と言ってお掃除ロボは黙った。友達は大きくため息を吐く。
「ごめんね、びっくりしたでしょ。」
「ルンバってこんな機能あったっけ?」
「違うの。今の、うちの母親。」
「お母さん!?」
友達によると、お母さんは友達の部屋にある家電に勝手に侵入しては、データを盗み見ていくという。
今どきの家電はほとんどがネットワーク管理だから、オフラインにならない限りお母さんが侵入するのを食い止める方法はないらしい。
「侵入するどころか勝手に操ったりするし。今日もルンバ勝手に動かしたみたいだし、たまに消し忘れた電気を消してくれるのはありがたいんだけどさ。」
「オフラインにしたら、管理人さんが故障かと思ってすぐ連絡してくるしね。」
「ああもう、ネットワーク社会万歳。」
こんなくらいならちょっと不便なくらいでいいよ、と友達は嘆いた。
友達の家を出て、まっすぐ自分の部屋に帰って来た。
「家電に乗り移るお母さんか。すごいなあ。」
「そうかな?」
急に壁に貼ったポスターに文字が現れた。電子ポスターだから、当然ネットにつながっている。わたしの検索したものなんかに合わせて勝手に絵柄を変えてくれるのだ。昨日読んだ電子書籍の表紙が映っていたポスターが揺らいで、彼氏がネットで使っているアバターになる。
「家族なんだから、ちょっと侵入したくらい普通なんじゃないか? どうせ説教だけだろうし。」
「まあ、悪用はされないだろうけど。」
簡単に言っているけれど、侵入というのはいわゆるハッキングだ。ふつうの人がバンバンできては困る。でも、どこにでも例外はいる。
電子ポスターに通話機能はない。こうやって彼氏と話をするのは電話越しのはずだけれど、残念ながらこの彼氏はわたしの部屋のすべてに侵入しているから、その時点で常識が通用しない。今は電子ポスターに自分の文字を映しつつ、どこかの家電の音声認識でわたしの声を拾っているんだろう。
わたしは会話を切り上げてお風呂に入り、ベッドに横になった。わたしの体調に合わせてベッドの硬さが変わって、ほのかに温かくなる。
「明日は遅く起きる日だよね。」
「うーん、でも八時くらいにはセットしといて。洗濯しなきゃ。」
「はいはい。」
目覚ましから聞こえた声が、勝手にアラームをセットする。わたしが目を閉じると、ゆっくりと照明がしぼられていく。
たぶんわたしがわかっているところ以外でも、わたしの彼氏はこの部屋で何かをしているのだろう。でも、それはわたしのためにやっているということがわかるから、ありがたく甘えている。
きっとほかの人に喋ったら、わたしは彼氏に支配されているかわいそうな子で、彼氏は犯罪者になると思う。いまのところ、この事を知っているのはわたしたちだけだ。人に話す気にもならない。
それに、顔を知らない誰かに管理されるより、彼氏が面倒を見てくれるほうがよっぽど安心できる。常に誰かに見られているのは避けられないけれど、その目線くらいは選んでもいいはずだ。
わたしはふと思い出して、目覚ましを見た。淡く針が光っている。
「おやすみ。」
声に出して言ってみると、ささやくような声で返事が返ってきた。
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