養殖

 家の近くに変な場所がある。廃工場がそのまま放置されていて、周りにいくつものガラクタの山がある場所だ。少し不気味だが、小さい時からの遊び場でもある。そういえば中学校にあがってから久しく行っていない。

 学校からの帰り道、ふと思い出していつもとは違う道を行く。幼い記憶を頼りに歩いていくと、規則正しく続いていた細い路地が急に行き止まりに変わる。別の道を行くと、カーブが一周して元の場所に戻ってきてしまった。むかし城下町だったせいか、このあたりの道はなかなか厳しい。

 やっと廃工場のガラクタ山に到着した。と、ちょうどヘルメットをかぶった人が入っていくのを見かけた。

 こっそり窓から覗いてみれば、昔と同じで中もガラクタでいっぱいだった。

 ヘルメットの人はガラクタを選んできては、隅のほうにある機械に放りこんでいる。その機械だけは最近持ってきたようで、ガラクタの中でピカピカと輝いていた。

 左の二つの口からそれぞれガラクタを入れると、右の口からなにかがごろりと出てくる。床に落ちたそれはぴしゃりとはねた。

 魚だ。

 暗くてシルエットしか見えないから種類まではわからない。ガラクタを二つ入れるたびに、魚が出てくる。

 あの細長いシルエットはサンマ? くねくねしているのはウナギ? ぱかっと開いた口が鋭い。サケだろうか。あの小さいのはイワナ? 平べったいのはヒラメか、カレイかも。あ、大きい。マグロかな……。

 ぼんやりとみている間に日が落ちてきた。

 薄暗い廃工場の中で電気も点けずに、ヘルメットはどこからか四角い箱を取り出すと、魚を入れて去っていった。

 わたしも家に帰って金魚にえさをあげた。

 うちの金魚は大きな水槽に一匹だけ、ちいさな赤い体を泳がせている。前はもっとたくさんいたのだけれど、どんどん減って一匹になってしまった。

 木枯らしの吹く季節に金魚を見ると、もの悲しくなるのはなんでなんだろう。

 それからしばらく、ヘルメットは不定期にやってきては魚を生産していた。いったいどこに持っていくのだろう。わたしはガラクタの魚が市場で売られているのを想像した。

 ……ライトの下でキラキラ光る魚。ヘルメットがエプロンをつけて声を張り上げる姿は、どこか喧騒の中に馴染んでいる。夕方、何も知らない奥さんがサンマを買って帰り、魚焼きでこんがり焼いて……。

 おなかが空いてきた。

 冷蔵庫をあさりに行くついでに、金魚にえさをあげようと水槽を見た。外海にポツンと浮いているうきのように、赤い物体が力なく浮いている。

 わたしが「あっ。」と声をあげても、ガラクタの魚のように跳ねたりはしなかった。いつの間にいってしまったのだろう。

 呆然と赤いうきを見ていても仕方がなく、庭のもみじの木の下に埋めてやることにする。去年の夏まつりからの付き合いだった、一年ちょっと生活を共にした金魚。同じ赤色の中に埋もれてしまえばさみしくないだろう。

 もしかしたら来年のもみじには、こいつの赤色が混じっているかもしれない。そんなことを考えながら土をかぶせてやる。墓標は立てなかった。

 埋め終わったそばから真っ赤なもみじの葉っぱが落ちてきて、どこに埋めてやったか定かではなくなってしまった。

 わたしはふと、あの魚生産機を思い出した。

 あれは果たして、思い通りの魚を出せるものなのだろうか?

 もみじの葉っぱを引っつかんで廃工場に潜入する。ヘルメットはいない。

 わたしは手近にあったやかんを拾い上げて、もみじと共に機械へ放りこむ。なかなか動かない。スイッチを入れないといけないのだ。

 薄暗い廃工場の中で、手探りで、小さなボタンを探した。

 しばらくして右上にあったスイッチを発見すると、ためらいなく押した。思った以上に大きい音がして、やかんともみじが吸いこまれていく。

 その時、ガラクタの中で声がした。

「あ、こらっ。」

 ヘルメットに違いない。いなかったのではなく休憩でもしていたのだろう。

 わたしは振り返ることなく一目散に逃げだした。

 家に帰って玄関にカギをかけると、腰が抜けたようにしりもちをついた。


 それ以降、ヘルメットを見かけたことはない。あのガラクタの山も撤去され始めたから、廃工場もなくなってしまうかもしれない。

 あのやかんともみじはどんな魚になったのだろう。コイだといいな。錦鯉より真っ赤なコイ。日本庭園の広い池で優雅に尻尾を振っては泳ぐ。

 どうせなら長生きしておくれ。



 




 







 これはこれやかんがコイに化けるかも赤いもみじの葉っぱをあげる







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