第二章

第一節

 五月七日

 今日は学校で、現代文の先生とたくさんお話が出来ました。私がサリンジャーを好きだと言ったら、嬉しいことに、先生も好きだと分かって、話が弾みました。彼の小説には戦争の陰が色濃く付いています。私はもちろんその点も重要だとは思いますが、彼の小説に登場する人たち、特にグラース家のバディやゾーイーが、ただ人間として好きなのです。先生はグラース家の人たちも好きだそうですが、サリンジャーの小説に登場する子どもたち全てが好きだと仰っていました。その気持ちはよく分かります。そういう訳で、今日はとても有意義な一日でした。そう言えば、高校に入って初めて出来たお友達と、帰り道が一緒になったので、お話をしながら帰ることが出来ました。これも、とても良い思い出です。


 五月八日

 今日はまた帰り道でお友達(百合子さん)と一緒になったので、本当は良くないことですが寄り道をして、二人でクレープを食べて来ました。誰にも秘密のことですが、これは私以外見ない日記ですので、書いてしまいます。百合子さんはとても良い方で、高校に入ったら中学生の頃まで当たり前だったことが一変してしまうのだということを教えてくれました。いわく、中学校までは男子生徒とも当たり前に話していたのが、高校になったら控えなくてはいけない。いわく、女子生徒はグループで行動するのが当然になるため、一人でいる人は煙たがられる。私には目からうろこのことばかりで、大変勉強になりました。ただ、それはとても不思議な変化だと思います。男子生徒も女子生徒も、みんな分け隔てなく仲良くできるなら、そちらの方が良いのではないでしょうか。しかし、百合子さんは親切心で教えてくれているので、そんなことは彼女に言えませんでした。ですので、この日記に書いておこうと心に留めて帰って来ました。

 千代己が呼んでいます。きっと、夕飯が出来たのでしょう。今日は千代己がお母さんのお手伝いをする日だったので、もしかしたら全体的にしょっぱくなっているかもしれません。少し楽しみです。


 追記 やはり千代己の味付けは濃すぎますね。千代己の好みなのでしょうけれど。


 五月九日

 今日は学校で、部活動の体験についての説明がありました。何に入ろうか、迷っているところです。千代己の通っている学校では、私の通う学校よりも沢山の部活動があるらしく、少し羨ましい気もします。でも、あまり選択肢が多くても迷うばかりで困ってしまうかもしれませんし、私には私の学校が合っているのだと考えることにします。今は、図書局と美術部の二つで迷っています。千代己は何に入るつもりなのでしょう。後で聴いてみることにします。


 五月十日

 今日は土曜日で、学校はお休みでした。千代己の学校は午前授業があるということで、午前中は一人でお庭をいじっていました。カスミソウが綺麗に咲いていました。ほかの花も、今を栄華と咲き誇っています。午後になって千代己が帰って来たので、二人で公開中の映画を観に行きました。やはり、千代己と一緒にいると安心します。双子ですから、当たり前なのかもしれません。ただ、同じ映画を観ても、注目している点は違うようで、お互いの解釈には納得のいかないところも多々あります。でも、そこが面白いのだと思います。


 五月十二日

 今日、とても気がかりなことがありました。まだ千代己にも打ち明けていませんが、違うクラスの女子生徒二人から、すれ違いざまに口汚い言葉を掛けられたのです。内容は、ここに書くのも嫌なのですが、でも何かの記録になることもあるでしょうから書いておきます。天堂波留香さんからは「気持ち悪い」、山野鉛さんからは「良い人ぶってんじゃねえよ」と言われました。あまりに突然のことだったので呆然としてしまい、どうしてそんなことを言うのか聞くことが出来ませんでした。私が何か、彼女たちの気に障ることをしてしまったのかもしれません。また今度お会いした時には、私の何が悪かったか聴いて、謝れるものなら謝ろうと考えています。


 五月十三日

 今日も、昨日と同じ二人から、心ない言葉を投げかけられました。正直に言うと、あまりにショックだったため、何と言われたのか、殆ど覚えていません。でも何となく頭に残っている言葉から考えるに、八方美人だとか、偽善者だとか、そんなようなことを言われたようです。一緒にいた百合子さんは、気にすること無いと言ってくれましたが、それでも気になるものは気になってしまいます。今度会った時こそ、なぜそのようなことを言うのか、聴いてみようと思います。


 五月十四日

 あまりにも酷いことです。私が何か、彼女たちにしたのでしょうか。それを聴いて弁解する余地すら与えず、あの人たちは私を攻撃したがっているようです。廊下で私とすれ違うタイミングを計っているかのように現れては、悪口を投げかけてきます。何か悪いことをしたのなら謝りたいですが、その暇すら無いのではどうしようも……。


 五月十五日

 百合子さんの態度が、なんだかよそよそしく感じられます。私が一緒に移動教室へ行こうと誘うと、トイレに行ってからにするから、先に行っていて欲しい、と言うのです。二回中、二回とも。なんだかクラスの人の態度も、これまでとは打って変わって冷たい気がします。あんなに仲良くしてくださっていたのに……。


 五月十六日

 机に、あんな。あんなことを。


 少し落ち着きました。千代己やお母さんにも話をして来ました。担任の先生からも電話がありました。明日は土曜日ですが、お母さんと一緒に学校へ行って、あの二人ともゆっくり話をする予定です。私より、千代己の方が怒ってくれました。それが、今は嬉しい。


 五月十七日

 学校へ行って、担任の先生や私のお母さんの立会いの下、お二人とゆっくり話をすることが出来ました。ちょっと、お二人の顔を見るのは怖かったですが、お二人も冗談だったのだと話してくれました。冗談にしても、私に辛い思いをさせたのは悪かった、と二人とも頭を下げてくれたので、私もホッとして、許すことにしました。誰にでも、人に対して気に食わないことはあります。彼女たちの場合は、その表出のさせ方が乱暴だったというだけのことです。これからまた、仲良くさせてもらえるのなら、それで良いと、私は思います。それにしても、本当にホッとしました。本当に良かった。

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