第十五節

 十二時三十分、昼休み。図書室には、当番でないものも含めて図書局員全員が集まっていた。校内放送で、虎渡からの招集があったのだ。学校祭期間などのイベント時期以外では異例の事態に、局員たちはざわついていた。一般生徒への開放も急遽中止になり、狭い部室に集まった彼らは、虎渡が立ち上がると一斉に視線を注いだ。

「えー、皆に集まってもらったのは、月曜日に亡くなった正月一日月白さんについて、警察の方への協力をしてもらいたいからです」

 部室のあちこちから、小声の会話が漏れ聞こえてくる。端の方に立っている至極は無言で局員の様子を見ていたが、千夜の姿をふと目に留めた。他の局員たちと同様に不安げな表情で虎渡を見上げている彼女の姿に、引き込まれるような気がする。

「警察の刑事さん二人が、皆さんにぜひ話を聞きたいということです。えー、野々さん、桜屋敷さん、どうぞお入りください」

 虎渡の声と共に、部室に二人の刑事が入って来た。至極は既に会って言葉を交わした二人だ。野々は殆ど表情を変えずに、桜屋敷はにこにこと、局員たちに挨拶をした。

「これから一人ずつ図書室内に来てもらって、一、二分、お話を聞かせてもらおうと思います。その間、他の人はここにいてくださいね。それと、お話を終えた人は、話した内容を他の人には言わないようにしてください。お亡くなりになった正月一日さんのプライバシーに関することも話すかもしれませんからね」

 桜屋敷があくまでフレンドリーに説明し、一年生の一人を図書室内に連れ出した。野々はそちらにはついて行かず部室に残り、虎渡と小声で話をしだした。部室内の局員たちは目くばせしあったり、ひそひそと言葉を交わしている。その中で、至極だけは落ち着き払って待機していた。

 やがて、至極以外の全員が話を終えた。至極は局長だからということで最後にされたらしい。話を終えてそのまま教室へ帰ってしまった局員が大半だったため、部室にはもう虎渡と野々、千夜と他数人しか残っていない。至極は前に呼ばれた部員に呼ばれて、ガラガラになった部室を出て、桜屋敷のいる閲覧机へと向かった。

 桜屋敷は窓際の席に座って肘をついていたが、至極が来ると座りなおした。そして何故か、内緒話をするように、片手を口元に当てて、正面に座った至極に手招きした。

「…………?」

 訝しみながらも机越しに耳を寄せた至極に、桜屋敷は言った。

「さっきの赤羽さん、すっごい美人だねえ!」

「……………………」

 至極は言葉を失い、あっけにとられた顔で桜屋敷を見つめた。年若い警官は「ごめん、ごめん」と笑って謝り、さて、と手帳を構えなおした。

「一つ目の質問だ。ずばり、君は正月一日月白さんのことを、どう思っていた?」

「良い仲間で、妹のように思っていました。……前にも言ったと思いますけれど」

 至極は、この間、声を荒げてしまったことを思い出したのか、小さく付け加えて眼鏡の位置を直した。桜屋敷は頷いて素早くメモを取った。

「じゃあ、二つ目の質問。……本当に、正月一日さんは誰からも恨みを買っていなかったと思うかい」

 じっと、至極の目を見て放たれた質問に、至極は今度は落ち着いて、答えを返した。

「本当に、思いません。正月一日さんは、誰からも恨みを買うような人ではありませんでした」

 桜屋敷は至極の表情や体の動きに注意を払っているようだったが、やがて手帳を閉じ、頷いた。

「質問は以上です。戻って良いよ」

「はい」

 至極は言葉少なにお辞儀だけして部室に戻った。野々が入れ替わりに出て行き、数分後には二人そろって戻って来た。

「では、ご協力、ありがとうございました。皆さんから聞いたお話を基にして、必ず、犯人を逮捕したいと思います」

 野々が、最後の言葉を強調して言った。残っていた局員たちの中には、その言葉を聞いて目を潤ませる者もいた。正月一日月白を殺した犯人には必ず捕まって罪を償ってほしい、という思いは局員共通の願いだった。虎渡から解散を言い渡され、局員たちはぞろぞろと図書室を出て行った。至極が最後にドアを閉めると、先に出ていた千夜がそっと駆け寄って来て、低い声で囁いた。

「月白さんが恨みを買うなんて、あり得ないわよね」

 思わず力強く頷いた至極だったが、すぐに、これは先ほど桜屋敷から注意されたことに違反したことになるのではないか、と気づき、困惑して千夜を見た。が、千夜は既に背を向けて、足早に歩いて行ってしまっていた。至極は困惑したまま、その後姿を眺めていた。

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