第十四節
通学路を歩く柚葉の足取りは重かった。家を出る前に知ったニュースの内容が、どうしても頭から離れない。今まで、この町では大きな事件など無かった。柚葉が知らないだけで、ひょっとすると殺人事件は何度か起きていたのかもしれないが、しかし学生が狙われたなんて話は聞かなかった。絶対に、今週起きた二つの事件には、関連性があるのだ……。
ここまで考えて、柚葉は自分で自分の思考が嫌になった。極論、学生が狙われていなければ、殺人事件が起きても気にしない、ということになりかねない考え方だと気が付いたのだった。ずっと続いている嫌な予感と共に自己嫌悪まで抱え込み、ますます足が進まない。気にしないようにしよう、と思っても、いつの間にか殺された少女たちのことを考えてしまう自分がいて、柚葉は肩を落とした。殺された少女たちも、自分と同じように生活があったのだ。楽しいことがあって、好きな人がいて、夢があって、生きていたのだ。それなのに、理不尽に可能性を奪われて……。
何度目になるか知れないため息をついた時、柚葉は自分を追い越して走って行く学園の生徒たちに気が付いた。腕時計を見てハッとする。七時五十分。正門が閉まるまで、あと十分しか無かった。このままでは遅刻してしまう。慌てて走り出す体勢を取った時、後ろから声を掛けられた。
「ちょっと良いかな」
「はい?」
聞き覚えのない男性の声だったが、人通りのある時間帯ということで、柚葉は振り返った。にこやかに立っていたのは、若い警官だった。柚葉はとりあえず、走り出そうと踏み出しかけていた足を戻し、警官に向き合った。童顔に人懐っこそうな笑みを浮かべた警官は、警察手帳を掲げてから言った。
「お……本官は桜屋敷巡査部長といいます。登校中に、ごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな」
「分かりました。私でお答えできることなら、もちろんお答えします」
学園近辺に警官、ということは、きっと二つの事件を捜査してくれているのだろう。柚葉は労いと感謝の意を込めて、丁寧に返事をした。桜屋敷は嬉しそうに微笑んで、最近この辺りで不審人物を見かけなかったかと質問した。
「不審人物……いえ、特に思い当たることは無いですね……」
通学路には事件以前からあまり人気は無く、もしそのような人間がいれば、気付かない筈が無かった。ましてや事件以後は、人の好い柚葉ですら神経を尖らせて歩いていたので、猶更だった。その答えを聞いた桜屋敷は、特段がっかりした様子も見せず、にこやかに礼を言って、柚葉を解放した。柚葉は笑顔でお辞儀をして、今度こそ、すごい勢いで門の方へ走り出した。
物凄い速さで走って行ってしまった女子生徒を見送りながら、桜屋敷は自分の手帳を取り出した。それを確認していると、別の路地から野々が出てきた。
「野々警部補。不審者情報は、今のところ、全くありません」
「そうか……。ここら一帯の住民にもあらかた当たってみたが、やはり皆、そんな者は見ていないという話だったよ」
二人は事件後、学園や遺族への聞き込みと並行して、不審者情報の聞き込みも地道に行っていた。署に寄せられる情報も隈なく確認して、事件に関係しそうな情報を精査し、前科のある人間の最近の動向を調べたりもした。しかし、それでも未だ、有力な情報は手に入っていない。
「と、いうことは……」
野々の言葉と同時に、二人は顔を見合わせた。
自然、可能性は絞られていくのだった。
どうにか時間までに登校した柚葉は、教室が新たな事件の話題で持ち切りであるとすぐに理解した。まるで三日前と同じだ。教室に入るなり、甘露寺スミレが話しかけてきた。
「柚葉、また起きちゃったね……」
「うん……。私、さっき道で警察の人に不審者を見なかったかって聞かれたよ……」
柚葉の言葉に、他のクラスメートたちも続々と声を上げた。
「俺も聞かれたよ」「俺も」「私も、なんかちょっとカッコいい警察の人に聞かれちゃった」
「で、皆なんて答えたの……?」
柚葉が聞くと、全員が「見ていない」と答えたと声をそろえる。
「と、いうことは……殺された子は、誰かに恨まれていた、ということになるのかしら」
ぽつりと呟いたのは、千夜だった。それまでざわついていた教室が、その言葉で一瞬にして静まり返る。柚葉は、そう口にした千夜の表情に、胸が苦しくなった。
その時、ガラッとドアを開けて、車が入って来た。やはりよく通る声で、彼女は二人目の犠牲者に関して簡単に話をした。再び、全員で黙とうが行われた。柚葉はちらりと千夜を盗み見た。相変わらず表情は見えなかったが、その肩が一瞬震えたのを、見逃しはしなかった。
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