第十三節

 木曜日、朝七時。四十川家の居間では、制服に着替えた柚葉と、まだパジャマ姿の常盤が朝食をとっていた。テレビからはローカル局のニュース番組が賑やかに流れてくる。波留香はとうに朝食を取り終え、今しがた出勤していった青磁の皿を片付けていた。穏やかな朝の光に、柚葉も常盤も眠たげに欠伸を漏らす。そんなのんびりとした空気を切り裂いたのは、テレビから響いた男性アナウンサーの声だった。

『昨晩十二時ごろ、G町在住の萌芽学園中等部二年、不二井朱華さん十四歳が自宅付近に倒れているところを通行人に発見され、まもなく死亡が確認されました。県警によると、詳しい死因は調査中とのことです。鞄等の所持品は身に着けていなかったため、県警は自宅付近を散歩中に、事件に巻き込まれたものと考えているとのことです』

 一瞬で居間の空気が変わった。それまでの平穏は霧散し、その裏に隠れていた良くないものが顔を出したようだった。

「そんな、また……」

「お母さん、またお姉ちゃんの学校の子だよ!」

 柚葉は絶句し、常盤は声を上げて母親を呼んだ。呼びかけられた波留香は、眉を曇らせながらテレビを凝視している。

「この間の事件と、何か関係でもあるのかな……」

 柚葉はここ数日ずっと胸を締め付けている不安感が、より増したように感じた。何処かに逃げてしまいたいような、いやな気分がぶり返す。波留香が台所から歩いて来て、テレビ画面を睨みつけながら二人に言った。

「二人とも、良いかい、帰ってくるときはいつも以上に気を付けるんだよ。少しでも変な奴がいたら逃げる。襲われたらとにかく大声を出す。常盤は友達と一緒に帰ること。柚葉は……」

 そこで少し困ったように言葉を切って、波留香は娘に目を向けた。

「部活で遅くなるのは仕方ないけど、なるべく人通りの多い道を歩いて帰っておいで」

「うん、わかった」

 柚葉も常盤も素直に頷いて、互いに顔を見合わせた。二人とも、お互いのおびえ切った表情を笑うことも出来なかった。ニュースはとっくに別の話題に切り替わり、天気予報の時だけ登場するキャスターが、自作のイラストとともに予報を行っていた。それが、二人が家を出る合図だった。

「さ、とりあえず二人とも学校に行きなさい。ほら、常盤はさっさと着替えて」

 波留香はまだぐずぐずしている二人を急かしてどうにか間に合うように準備させ、家から送り出した。そうしてから、時計を確認した。まだ出勤時間には間がある。いつまでも煩く情報を垂れ流すテレビを消して、波留香は立ったまま考えた。自分の直感が正しいとすれば、この一連の死亡事件は……『復讐』だ。

 少しきつめの化粧を施した目もとを険しく吊り上げ、波留香は腕を組んだ。だとするならば。柚葉や常盤も、いつか必ず狙われる。今の、この平穏な暮らしが、奪われる。それだけは阻止しなければならない。柚葉も常盤も、決して殺させはしない。『あんな女』などに……。

 波留香はぎりっと奥歯をかみしめ、最近買い替えたばかりの新しい固定電話の前に立った。掛ける相手はもう決まっていた。ここ数年、連絡を取っていなかった無二の親友の顔を思い浮かべる。必要以上の力を入れて番号をプッシュし、右耳に神経を集中させる。やがて数度のコール音の後に、不機嫌そうな低い女性の声がした。

「はい。正月一日ですが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る