第7話 歓待


 来たる日曜日、私は早起きをしない。慌てて掃除をしない。服装に気を遣わない。お茶の用意を済ませない。何首烏かしゅうを迎える準備は終わっている。

 昼過ぎ、来訪者を告げるチャイムで心臓が早鐘を打つ。

 私は平易な服装で彼奴を迎え入れた。懐への侵掠を許すのは二度目だ。

「こんにちは」

 何首烏は私と接点を持っているのがさも自然だとでも言うように会釈した。訪問に当たって菓子も抜かりなく携えているのが気に障った。

「上がって。速く」

 家の扉から門扉まで距離はあったが、私は扉から一歩踏み出して何首烏の姿を認めると踵を返した。背後で門扉を開閉する音が聞こえ、やがて「お邪魔します」と。許し難い存在が靴を揃えて這い寄る。

 前回と同じく、私は何首烏を応接間に案内した。相も変わらず、この男の真意は読めないままだ。何者かも分からない男を、何をするかも分からないまま自らの邸宅に招くなど正気の沙汰ではないのかもしれないが、その辺りはツークツワンクというやつだ。この選択が最適だったと、自らに向け太鼓判を押すしかない。

 それでもどうやら私にも分かるらしいことは、この男が、私に対して優越感というか、先んじているという驕りを持っているであろうことだ。だからこその傍若無人のいいを一身に受けるこの立ち居振る舞い、眉目秀麗な外面を隠れ蓑にほくそ笑む彼の姿が窺える。

 なるほど衆生に向けて弁舌を奮うにはおあつらえ向きかもしれないが、指導者が私個人を相手にするには、心許ないとは思わなかったのだろうか。有史以前より、物事の紛糾に快刀乱麻を断つ方法は唯一である。

「お招き頂きありがとう。さて、今日は何を話そうかな」

 などと莞爾かんじに笑みつつ、何首烏は菓子を差し出す。フロランタンやフィナンシェなど、私の好みを予め知っていたかのような詰め合わせだった。嫌悪の嵩は増しゆく。

「…………」

 兵は拙速を貴ぶ。

 巧言令色に耳を貸してはならない。

 私は彼奴に背を向け、「お茶を用意するから」と言い残し厨房に向かった。

 厨房に着くと、私はかねてより用意しておいた物を手に取り、深く息を吸った。ずしりとした重量が鈍色の薫風くんぷうを漂わせる。

 何も今から難しいことをするというわけではない。経験のある行為を、それまでと同じように遂行すればいいだけの話だ。そしてそれは、すぐに終わる。

「お待たせ」

 何をするでもなく、ただ屹然きつぜんとソファに浅く座していた何首烏は、扉を開けて戻ってきた私を凝視した。平生ならその視線にも辟易するだろうが、そのような些事にかまけている暇はなかった。

「へぇ、君の家では、お茶の用意にそんな物を使うんだね。どうやって使うんだい、見せておくれよ」

 飄々とした何首烏の感想に言葉を返さなかったのは、その意義が見出せなかったのか、それとも余裕がなかったのか、回顧しても判然としない。

 ただただ私は、黙して何首烏の眼前に立ち、返事の代わりに、血糊の付着した斧を振りかざした。元々華奢な体格なせいか振り上げた際にややよろけたが、斧それ自体の重量を叩きつけるように、男の脳天目がけ思い切り振り下ろしてやった。

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