5-4.


 ドラゴンビューティー、白馬システムのセミオート機構を搭載した機体が初めてブロスファイト公式戦に勝利したのだ。

 その試合後にロンチームは、公式にドラゴンビューティーに白馬システムのセミオート機構を搭載した事実を公表した。

 連敗街道を歩んでいた悪い意味で有名な張り子の龍を勝利に導いたセミオート機構の存在は、営業の井澤の目論見通りに各報道機関に取り上げられた。

 その反響は二代目シューティングスターとライセンス試験の時以上の物であり、それだけ公式戦でのドラゴンビューティーの勝利はインパクトがあったのだろう。


「いやー、あれから家に問い合わせがバンバン来てな、白馬システムの人間が総動員で相手をしたもんだ!」

「大変そうですが、その割には嬉しそうですね」

「はっはっは、嬉しい悲鳴と言う奴だよ。

 やっぱり本番のブロスファイトの宣伝効果は、ライセンス試験とは別次元だね。 家のチームもライセンス停止さえ無ければ、もっと派手に宣伝できたのに…」

「今日の試合の結果次第では、また忙しくなりそうですね…」


 ロンの劇的な初勝利から一週間後、歩たちは再びスタジアムへと訪れていた。

 歩と犬居だけだった前回とは違い、今日は白馬システムチームのフルメンバーに加えて井澤まで混ざった大所帯である。

 ロンが聞いたら怒るかもしれないが、今日の試合は先日のそれとは重要度が違うのだ。

 伝説のチャンピオン、麻生 清吾とセミオート機構搭載のナイトブレイドの再起戦と言うビッグイベントの前には、残念ながら他の全ては霞んでしまうだろう。


「スタジアムの席は販売開始から1時間足らずで完売、麻生さんが席を用意してくれなかったら此処に入れませんでしたね」

「今日の客の目当てはどう考えてもセミファイナルよ、ファイナルの選手が気の毒ね…」

「流石にポイント0のチームを最終試合に持ってこれなかったんだな、セミファイナルの時点で異例だけど」


 ブロスファイトは試合の勝敗によってポイントを奪い合い、ポイント獲得数上位のランカーたちがシーズンチャンピオンを決める決勝トーナメントへと駒を進められる。

 そして昨シーズン獲得したポイントの一部は次シーズンへ持ち越し可能であり、シーズン開始時にはこのポイントの多寡によって暫定的な格付けがされた。

 麻生のチームは昨年公式戦には一回も出ておらず今シーズン開始時のポイントは皆無、ポイントだけ言えば昨年まで全敗だったロンと同じ位置からのスタートである。

 それ故に本来であれば麻生の初戦はロンと同じように前座試合が相応しいのだが、そこは腐っても元チャンピオンと言う奴だろう。

 その圧倒的な知名度から麻生は対戦相手に困ることは無く、こうしてポイント0の状況にも関わらずセミファイナルの試合を組むことが出来たのだ。


「あーあ、麻生さんの控室に行ってみたかったな」

「行っても私達の居場所は無いわよ。 聞いた話だと、試合の寸前まで入れ替わり立ち替わりに人が来て面倒だって愚痴ってたから…」


 かつて一時代を築いた男の再起戦である、その注目度はロンの初戦とは桁違いである。

 試合直前の控室である、流石に報道陣はシャットアウトしているがそれでも麻生を訪れる者は多い。

 現役時代に麻生と鎬を削った元ブロス乗り、麻生が世話になったブロスファイト連盟のお偉方などなど。

 その場所に白馬システムの人間が入り込む隙は無いことは明白であり、歩たちは大人しく一観客として試合を見ることしか出来ない。


「ふっふっふ、私達の仕事は試合後だよ。 試合後に麻生チームサイドから、セミオート機構搭載の事実を公式発表する手筈になっている。

 伝説のチャンピオンを復活させた白馬システムのセミオート機構、その反響はドラゴンビューティーの時とは桁違いの筈だ」

「麻生さんが勝てばの話ですけどね…、まあ先日の手応えからして大丈夫だとは思いますけど…」

「勝つさ、勝ってもらわなければ困る!!」


 ロンとドラゴンビューティーの時と同じく、白馬システムのセミオート機構の存在は今日の試合後に公表されることになっていた。

 井澤の言う通り伝説のチャンピオンのネームバリューが圧倒的であり、それがセミオート機構を搭載した事が知られれば良くも悪くも大層騒がれることだろう。

 麻生の復活させたセミオート機構を好意的に見る者も言えば、そんなインチキはブロスファイトには不要だと否定的に見る者も居る筈だ。

 しかしそれは麻生が試合に勝つことが前提であり、仮に負けでもしたらセミオート機構の力に疑問符が付いてしまい宣伝所では無いだろう。

 井澤としては今日の試合に麻生が勝ってくれなければこれまでの努力は水の泡であり、恐らく今日の試合で一番熱心にナイトブレイドを応援する者はこの男になるに違いない。











 結果だけ見ればセミファイナルは、それなりに長期戦と言える試合時間だったろう。

 しかし有り体に言えばそれは、麻生のナイトブレイドが遊んでいたからに過ぎない。

 相手は昨年ランカー入りこそ逃した物の、過去の数度決勝トーナメントに進出している実力者である。

 元チャンピオンという肩書でも無ければ、ポイント0のチームが初戦に戦う相手では無かった。


「…何故だ、何故崩れない! 一昨年の記録では、もう操縦ミスが出ていてもおかしく無いのに!?」

「ふっ、思わぬ訓練になったな」


 セミファイナルの相手が取った戦法は、対ナイトブレイドにおいては常套手段というべき物だった。

 持久戦、積極的な攻勢を控えることで試合時間を引き伸ばし、麻生の操縦ミスを誘う戦い方である。

 既に初老の粋に差し掛かった麻生の衰えた肉体は、過酷な競技用ブロスの操縦には適さなくなっていた。

 短時間であればどうにか持つが試合時間が長くなればなるほどに誤魔化しが効かなくなり、操縦ミスという最悪の結果が出てきてしまう。

 相手は伝説のチャンピオンを侮ることは無く、麻生にとっては最悪と言っていい手段を取ったのだ。

 しかしそれは昨年までの麻生に取っての最悪であり、セミオート機構と言う武器を手に入れた今の麻生にそれが通じるかどうかは別の話だった。


「ありがとう、これでシーズンを勝ち抜いていく自信が付いたよ。 …これはほんの礼代わりだ!!」

「…ストームラッシュ!? く、うぁぁぁぁぁぁっ!!」


 歴戦の戦士である麻生は即座に相手の狙いに気付いたが、あえてそれに乗って持久戦へと付き合った。

 恐らく今シーズンでは過去の麻生の戦闘記録を見て、今と同様の戦い方を強いてくる者が出てくるに違いない。

 悪い言い方をすれば今日の相手は後に控えている上位ランカーに比べたら格下であり、弱点であった長期戦を克服出来たかどうか試すには丁度いい相手だったのだ。

 その成果はご覧の通り、昨年までであれば確実にボロが出ていた筈の試合時間を難なくこなすことが出来た。

 セミオート機構による操縦補助は、衰えた麻生の弱点であった継戦能力を格段に向上させていた。

 この戦いを通して今後の自信を付けた麻生は、礼代わりとばかりに全力で相手を倒しに行く。

 そして剣戟の嵐に晒された相手は為す術無くそれに飲まれて、復活した伝説のチャンピオンの犠牲者第一号となるのだった。











 試合を通して長期戦と言う弱点を克服したことを示した麻生の再起戦は、伝説のチャンピオンの復活を世間に知らしめた。

 そして試合後に予定通り行われた公式発表によって、ナイトブレイドにセミオート機構を搭載した事実は世間に公表される。

 かつてのチャンピオンが張り子の龍と同じセミオート機構を搭載したという爆弾発言は、文字とおりに世間を揺るがした。

 白馬システムのセミオート機構に対する賛否両論が巻き起こり、22世紀にも現役の匿名掲示板やSNSではその話題で持ち切りである。

 少なくともブロスファイトファンであれば、セミオート機構の存在を知らない者は居ないと断言出来る程にその論評は広まっていた。

 まさに営業の井澤にとっては思惑通りの展開となり、狂ったように喜びを顕にしたその姿に歩は若干引いたほどである。


「はぁ、試合がしたい…」

「あら、パイロットらしい事を言うようになったじゃない」

「ロンさんや麻生さんが羨ましくなったんですよ。 俺も本当ならあそこでワークホースと戦えたのにな…。

 一年か、長いな…」


 営業の井澤は大忙しの中、それとは対象的に白馬システムチームの面々は暇を持て余していた。

 シーズンが開始した事でセミオート機構のサポートをしていた歩たちの仕事は減少し、ライセンス停止中のチームでは日々の訓練くらいしかやることが無いのである。

 時間と気持ちに余裕が出来たことで、歩の中にブロスファイトで戦いたいと言う気持ちが一層強くなっていた。

 ロンと麻生、立場は違えども両者は友に華やかなブロスファイトの舞台で見事な勝利を勝ち取った。

 その勝利を間近で目の当たりにした歩は、改めてライセンス停止という不遇の状況に不満を抱くようになったらしい。

 幼い頃から憧れていたブロスファイトの世界、ライセンス停止が無ければその舞台に立つことが出来ていた。

 後一年待てばいいだけの話ではあるのだが、その一年は今の歩にとってはとても長いものに感じられた。


「…大変よ、羽広くん!! 試合よ、白馬システムチームにエキシビジョンマッチがを申し込まれた!!」

「へ…、試合?」


 そんな歩の気持ちを察したかのように、部屋に飛び込んできた犬居がその朗報を伝えた。

 エキシビジョンマッチ、公式には記録されない非公式の公開試合。

 整備士兼パイロットと茶色の使役馬の新たな戦いの場が、思わぬ所か飛び込んでくるのだった。

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