5-3.
当たり前な話であるがブロスユニットを、全長20メートルもの巨大ロボットを運用するにはそれなりのコストが必要だ。
高度に発達した22世紀の工業力によって、ブロスユニットの単価自体は高級車を割高にした程度で手が届くレベルではある。
しかしブロスファイトをやろうと思ったら必要となるのは機体だけでは無く、それを維持するための人件費・維持費などが掛かってくる。
そのためブロスファイトに挑むチームの殆どは、チームを運営するためにスポンサーを必要としていた。
今や国民的な興行となったブロスファイトで支援するチームが活躍をすれば、それは企業に取って莫大な広告効果と言えるだ。
ブロスファイトチームはスポンサーの看板を掲げて試合に望み、ブロスファイト観戦者はその試合を通してスポンサー企業の事を知る。
全盛期から存在するスポーツ選手を広告枠として立てる選手とスポンサーの関係が、ブロスファイトの世界においても成立していた。
「俺たちは少ない予算でやりくりしているんだ。 金持ちの道楽が俺たちの邪魔をするなぁぁぁっ!!」
「ふっ、少しは楽しませてくれたよ」
本日のロンの対戦相手である"金城建設"チーム、そのメインスポンサーはそのチーム名を冠するとある建設会社である。
金城建設のブロスファイトに対する力の入れ具合については、ほぼ素体同然のビルドキンジョウの姿を見れば察せられるだろう。
スポンサーと一口に言っても、その企業がどれだけブロスファイトに投資するかは千差万別だ。
企業も善意では無く宣伝という明確な目的のために金を出しているのだ、それに見合うだけのリターンが無ければ意味が無い。
残念ながら"金城建設"チームは、スポンサーである金城建設から余り目を掛けられていないらしい。
土木作業用にワーカーを数機保持する程度でブロスファイトに殆ど関わりの無く、ただ流行に乗って参戦してみただけの企業らしい力の入れ具合である。
機体の外装を改造して独自色を出したり、パイロットの好みに合わせて機体を改造すると言う行為は大抵のブロスチームで行っている物だ。
しかし残念ながら"金城建設"チームの予算では機体を改造するどころか、素体同然の機体を維持するだけでも精一杯である。
貧乏チームであると言っているような素体同然のビルドキンジョウは怒りと共に、明らかに金が掛けて改造されているドラゴンビューティーに向かっていった。
基本的にブロスユニットの性能は、ブロスという極めて特殊なOSが課す制限によってほぼ均等化される。
重装甲にて防御力を上げる、脚部を強力にして機動力を上げる、、ブロスユニットに対して性能の差別化をすることは可能だ。
しかしそれはあくまでブロスが許容する範囲の話であり、それを超えた機体はブロスが認識しなくなってしまう。
ブロスは機体によるスペック差による圧倒を許容とせず、あくまでパイロットの技量が勝敗を左右する物としていた。
このことからブロス開発者は初めから現在のブロスファイトのような競技化を前提に、このソフトを作り出した事は明白である。
それ故にブロスユニットのスペックは10数年前から殆ど変化は無く、実際には麻生のナイトブレイドなどはブロス戦国時代から使用している年代物であった。
「くらえぇ、ワーカーもどき!!」
「なるほど、さっきよりは鋭いな…」
恐らく機体に対して費やされた金額については、ドラゴンビューティーの方が圧倒的に多いだろう。
しかしブロスファイトは金を掛ければ強い機体となるわけでは無く、カタログ状のスペック自体はビルドキンジョウとドラゴンビューティーに差は殆ど無い。
これまでもビルドキンジョウはその素体同然の機体で、金を掛けてカスタムしてきた相手を倒してきたのだ。
ワーカーもどきに小細工は不要とばかりに、ビルドキンジョウは先ほどと同様に正面から剣を振りかぶってきた。
確かにその動きは先程の舐めきった物とは違う、ビルドキンジョウが放つ最速の一撃であったろう。
「…やはり遅いよ、今度は逃さない! これが僕のドラゴンクロウだ!!」
「ちぃ、組まれたか!?」
「"早く振りほどけ!!"」
ビルドキンジョウの放った本気の一撃、しかしそれはやはりロンにとっては容易く捌ける物であった。
なぜなら先日までロンの訓練相手を勤めていたワークホースのそれは、より早く鋭かったからだ。
歩が憧れていたナイトブレイドを模倣したワークホースの剣技、模倣元には敵わなかったがその動作は極めて完成度の高い物になっている。
セミオート機構の恩恵によって幾多の試行パターンから厳選・抽出して構築し、現在の形となった今のワークホースの剣技は並のブロス乗りたちのそれより遥かに洗練されていた。
最低限の動作で剣戟をすり抜けたロンはそのまま、剣を振り下ろし切った相手の腕に対してドラゴンクロウと言う名のただの掴みを行う。
そして続けざまにもう一方の手も掴まれ、ビルドキンジョウはあっという間にドラゴンビューティーに組み付かれてしまった。
会心の一撃をまたもや回避された上に組み付かれてしまったビルドキンジョウは、慌ててその拘束を振りほどこうとした。
ブロスユニットに最も効果的なダメージを与える手段は、相手のダウンを奪うということだろう。
相手は20メートルもの巨人である、その巨大な質量を地面が地面に叩きつけるだけで相応のダメージが発生する。
加えて例え転倒時のダメージを受け身などで凌いだとしても、ダウン後の攻撃が許されているブロスファイトにおいてその体勢になることは致命的なのだ。
そして相手を地面に倒す一番の方法は組み付きからの投げ技であり、巨人とは言え人形であるブロスユニットはバランスを崩せば簡単に倒すことが出来た。
これが架空のロボットアニメであればオートバランサーなどの便利機能によって、機体はそう簡単に倒されることは無いだろう。
しかしそんな都合のいい機能は競技用ブロスには存在せず、機体の姿勢制御からパイロットが行わなければいけない現状で相手に組み付かれている状況は非常に危険な状況と言えた。
「遅い、この形になった時点でもう僕の勝利は確定している」
「何だこいつは!? くそっ、離せ、離せっ!!」
相手もブロスファイト競技において相手に組み付かれる事の危険性を理解し、それに対する返しの動きを訓練していたのだろう。
しかしロンはビルドキンジョウの足掻きを一蹴し、流れるような見事の動作で相手のバランスを崩して地面へと叩きつけようとする。
相手が腕を振りほどこうとすれば自分も腕を動かして追従し、体ごと移動しようとしたら自らも動いて離れない。
まるで相手の動きを先読みしたかのようなドラゴンビューティーの動きは、ロンの今日までの努力の成果と言えた。
「俺は、俺はプロのブロス乗りなんだ…、あぁぁぁぁっ!!」
「操縦ミスか、この機会を逃すほど僕は甘くない!!」
昨年まで作業用ブロスという極めて不利な環境で戦っていたロンのか細い勝機、それが今のような相手に組み付く超近接での戦いである。
これまどロンは幾度も無くこの体勢での戦いシミュレートしていたが、今日まで一度たりともドラゴンビューティーの爪は相手を捉えられなかった。
昨年まではロンの虚しい妄想でしか無かった相手に組み付く戦法は、白馬システムのセミオート機構によって現実の物となったのだ。
龍の爪からどうしても逃れられないビルドキンジョウのパイロットの集中力は乱されていき、それは競技用ブロスには致命的な操縦ミスという結果を生み出した。
抵抗が一瞬止まった事から相手のミスに気づいたロンは、そのまま容赦なく無抵抗の相手のバランスを崩した。
スタジアムに20メートルの巨人が地面へと叩きつけられる、重厚感ある音が響き渡った。
試合終了を告げるアナウンスが流れた瞬間、スタジアムは爆発に包まれた。
連敗街道を突っ走る張り子の龍のまさかの勝利に、ブロスファイトファンたちは等しく驚きを顕にする。
その中で一際声を上げて喜んでいるのは、ロンの勝利を願い続けていた数少ないファンたちである。
喜んで居るのは観客ばかりでは無く、ロンの監督の最早何を言っているか解らない感情のままの絶叫も通信を通して聞こえてくる。
ドラゴンビューティーは彼らの声援に答えるかのように、高々と天に向かって片腕を上げて見せた。
「やはり我が友は、僕のライバルに相応しい腕の持ち主だったな。
我が龍に大空へ羽ばたく翼を与えてくれた幸運の使者よ、君とこの舞台で戦う日を楽しみにしているよ」
見事に勝利を勝ち得た昇り龍が脳裏に浮かべたのは、この記念すべき初勝利を齎してくれた彼が友と認めた男であった。
負け続けては言えロンはブロスファイトの世界で戦ってきており、その経験から相手の実力を察することくらいは出来た。
そのロンから見てワークホースの実力はランカーに迫る物であり、模擬試合を通してその実力を察したからこそ彼はあそこまで歩のことを気に入ったのである。
競技用ブロスに受け入れられなかったパイロット、自分と同じ境遇にある友にしてライバル。
観客も居ない訓練場では無く、大群衆が見守るスタジアムでワークホースとドラゴンビューティーが向かい合う姿を夢想する。
「…メイリン、随分と遅くなったが約束は果たしたよ」
10年近く前に交わした子供同士の他愛ない約束、しかし仲のいい兄妹はどちらもそれを忘れていなかった。
ブロスファイトに挑み初めてから何年も掛かってしまったが、ロンは愛する妹に勝利を捧げることが出来たのだ。
そこは幼い頃かの英才教育の成果か、意外に目敏いロンは妹が自分のために影で色々としていた事は何となく察していた。
しかしロンはそれにあえて気づかない振りをして何も言わなかった、妹も自分にその事を気付かれて欲しくないと思ったからだ。
ロンがメイリンに出来ることは勝利を勝ち取ることしか無く、勝利の美酒に酔いしれる兄はコックピット内で一人微笑むのだった。
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