5-2.
シーズン開始直後ということもあり、今日の興行は前売り券は全て完売であったそうだ。
しかし現在のスタジアムの観客席の客入りは七割といった所であり、残り三割はまだ会場入りをしていない。
ブロスファイトに限らない事であるが、観客の中にはメインイベントのみを目的にしている者も少なくない。
チケットさえあれば会場の出入りは自由であり、これから始まる前座の試合が終わった頃にスタジアム入りするつもりなのだろう。
ちなみに22世紀におけるチケットは全て電子化されており、観客はチケットを見せるという煩わしい手順を踏むことなく端末に登録された電子情報によって自動で入場が行われる。
「お、いよいよ始まるか」
「ドラゴンビューティー、今日こそ勝てよー」
「おい、あのワーカーもどきが何秒で負けるか賭けようぜー」
「相手は…"ビルドキンジョウ"、知らない機体だな…」
スタジアムの観客達は、思い思い好き勝手に声援や罵声を浴びせていた。
これから始まらんとしている本日の第一試合、スタジアムの舞台に二体のブロスユニットが対峙する。
一体はドラゴンビューティー、もう一体は特徴と言える箇所が見当たらない地味な灰色のブロスユニットだった。
人間で言えば中肉中背と言うべき特徴の無い体つき、その頭部や装甲も特に改まった感想を抱けない平凡な造形である。
どうやらこの機体は市販されているブロスユニットの簡素な素体を、ほぼ無改造で使用しているらしい。
唯一特徴と言えるべきものは機体に施された"金城"と言う企業名、恐らくこのチームのスポンサー企業の広告であろう。
「"ちぃ、相変わらず見た目だけは派手なワーカーもどきだ、あれは装甲を張り替えているな。"
"金持ちの道楽め、こっちは少ない予算でひいひい言っいるのに…。 すぐにその綺麗な装甲を傷だらけにしてやるよ"」
東洋のドラゴンを思わせる造形をしたドラゴンビューティー、その傷一つ無い装甲はスタジアムの証明に照らされて煌めいている。
ロボット同士が激しく争うブロスファイト競技において、機体の装甲に傷が付くのは当然の事だ。
しかし負け続きとは言え数年近く戦ってきたドラゴンビューティーの現在の姿は、新品であると思えるほどに美しかった。
どうやらドラゴンビューティーは新シーズンに向けてわざわざ装甲をそう取っ替えしており、機体の装甲と共に心機一転して今日の試合に挑んだらしい。
その機体の美しさを前にした相手ブロスユニット、新シーズン初試合を意識して綺麗に磨かれているがよく見れば傷がそこらに残っている機体に乗ったパイロットの感情を逆撫でた。
「"おい、一応油断はするなよ。 あれに負けたら一生の恥になるぞ"」
「"ワーカーもどきにやられる程、落ちぶれちゃいないさ。 ポイントは余り美味しくないが、まずは派手に1勝して勢い乗ってやる。
やってやる、今年こそ俺はランカー入りするんだ」
ドラゴンビューティーの相手となるブロスチームを一言で表すならば、前座に出るに相応しいレベルのチームと言えば妥当だろう。
流石にロンのように1勝も上げられていないわけでは無いが、その戦績は勝利より敗北が圧倒的に多かった。
本人はランカー入りすると豪語しているが、昨年の成績だけ見ればランカー入り所か廃業を視野に入れる程の酷い状況である。
恐らくこの負のループを脱するために、今シーズンに勝負を賭けているのだろう。
そのために彼らはまずは確実な勝利をと、ブロスファイトで唯一ワーカーもどきを使用するロンたちを初戦の相手に指名したようだ。
今シーズに勝負を掛けた"金城建設チーム"のビルドキンジョウは、試合開始を告げる音声と共に駆け出した。
ビルドキンジョウは腰に佩いていた競技用の模造剣を抜き、正面からドラゴンビューティーに向かっていく。
その動きは単調ではあるが精密で滑らかであり、まるで中に人間が入っているかのようである。
多大なパラメータ入力と引き換えに人さながらの動作を再現可能な競技用ブロス、それは画一的な動作しか出来ない作業用ブロスで到底対応できない動きである。
ドラゴンビューティーの戦績を知る観客の殆どは、競技用ブロスの動きに翻弄されて為す術がなく倒される張り子の龍の姿を想像しただろう。
しかしドラゴンビューティーの敗北を予想していた観客たちは、次の瞬間に度肝を抜かれることになる。
「なっ…」
「…そこだっ!!」
相手は愚かにも作業用ブロスでブロスファイトに挑んだワーカーもどき、その認識はビルドキンジョウの剣が空を切った時に覆された。
ドラゴンビューティーの行った動作は単純である、迫り来る剣を前に半歩横へステップを踏んで回避しただけである。
しかしその繊細な動きは反応速度は、鈍重な作業用ブロス搭載機では絶対に出来ない動きだった。
想定外の事態に混乱するキンジョウビルドであるが、仮にもパイロットは競技用ブロスを勝ち取った選ばれた人間である。
体に染み付いた動きは自然に愛機を動かし、ビルドキンジョウはドラゴンビューティーから逃げるように後ろへ下がっていた。
「"若、今のはチャンスだったんじゃ…"」
「"ああ、惜しかったよ。 相手の動きが予想と異なって面を食らってね…"」
巧みなステップで相手のファーストアタックを回避したドラゴンビューティーを前に、ビルドキンジョウはこちらに狼狽するかのように一瞬固まった。
それはブロスファイトにおいては致命的な隙であり、それを突いて相手に組み付いていれば試合は有利に進んだだろう。
しかしどういう訳かロンはその隙を活かすことは無く、相手に距離を取る機械を与えてしまった。
「"…やっぱり実戦の感覚は違いますか?"」
「"そうだね、 我が友の打ち込みはより速く鋭かったからね…。 相手の動きがあんまり鈍かったんで、これは罠では無いかと疑ってしまったよ。 あの程度の相手と長々戦っていても時間の無駄だ、次で勝負を付けるよ"」
「"…はっ!?"」
ロンチームの監督は、ロンが実戦の動きに戸惑いを感じていると考えたらしい。
今回の相手は全うな競技用ブロスを搭載した機体であり、模擬試合の相手であったセミオート機構搭載のワークホースとは違う。
ある意味でこの監督の予想は正しかった、確かにロンが戸惑いを感じたのは相手の予想外の動きである。
しかしそれは相手の動きがロンの想像以上だったからでは無く、想像以下であった事に対する戸惑いだったのだ。
自らの勝利を宣言するロンの相変わらずの大言であるが、そこには今までにない確かな自信と確信が垣間見えた。
一方のビルドキンジョウは、未だに動揺を隠しきれずに居た。
ドラゴンビューティーは安牌であった筈なのだ、しかし蓋を開けて見れば相手は昨年とは別次元の存在となっていた。
仮にパイロットが変わっていたならば納得できるだろうが、あの機体に乗っているのは昨年と同じオートマ免許持ちの金持ちのボンボンである。
昨シーズン終わりか今日までの短い時間で、このような劇的な変化などある訳が無いのだ。
「"ど、どういう事だ。 ワーカーもどき何かに、あんな動きが出来るわけ…"」
「"わかったぞ、相手は白馬システムの例のシステムを載せたんだ!!"」
「"あの二代目シューティングスターと引き分けた奴が使っていた機体か! くそっ、卑怯だぞ、あんな物に頼りやがって…"」
競技用ブロスを搭載した全うなブロスユニットと互角に戦うワーカーもどき、彼らはその先例となる存在を知っていた。
白馬システムのワークホース、ワーカー用のソフトで有名な白馬システムの新製品を搭載した茶色の使役馬である。
彼らも報道を通してワークホースの性能・驚異を認識しており、あのチームがライセンス停止によって今シーズン出場できない事を知った時には内心で一安心した物である。
しかし白馬システムの開発したあの反則的なシステムは今後展開していくとも耳していたが、まさか今シーズンからそのシステムの搭載機と打つかることになるとは夢にも思わなかった。
「"くそっ、くそっ! 初戦はワーカーもどきだ。 俺は競技用ブロスを手に入れた男だぞぉぉぉっ!!"」
「"待て、自棄になるな!!"」
ビルドキンジョウのパイロットは今の一瞬の攻防で理解させられていた、相手が競技用ブロスを勝ち取った自分と同じ土俵に立っていることは…。
昨年まで1勝も出来ずに無様に負け続けていた張り子の龍が、たかがシステム一つ載せたくらいで自分と同格になったと言うのだ。
その理不尽さに激しい怒りを覚えたパイロットは、監督の静止を無視して生まれ変わった美龍へと飛びかかった。
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