5-1. シーズン開幕
春、外に出てみればそこは一面の桜吹雪。
新入生たちが新しい学校に胸踊らせ、新社会人たちが新たな職場に期待を抱くそんな季節である。
何かの始まりを感じさせるこの時に、ブロスファイトの世界でも新たな戦いの歴史が始まるのだ。
シーズン開幕、一年という長いスパンを通して行われるブロスファイト競技の長い戦いが本日より開始される。
今や国民的な興行となったブロスファイト、テレビを付ければ何処の局も新シーズンの話題で持ち切りであった。
「あ、始まりましたよ…」
「おおー、今年も派手にやってるなー」
白馬システムチームの拠点であるベースで、歩たちは憂鬱そうにシーズン開幕式を紹介する特別報道番組を見ている。
今日は本来は休日であるのだが、彼らは一緒にシーズン開幕式の中継を見るために自主的に休日出勤をしていた。
ただし流石に重野まではベースに来ていないようで、この場にいるのは歩・寺崎・福屋・犬居の若者たちだけである
彼らの視線の先には3Dテレビから空中に立体投影された、スタジアムに勢揃いする巨人たちの姿があった。
シーズンに参加するブロスファイトチームは、ブロスユニットと共にシーズン開幕式に出席するのがブロスファイトの伝統であった。
全国の各所に点在するスタジアムに20メートル長の巨人が勢揃いするこの光景はブロスファイトの風物詩であり、ブロスファイトと言えばこの光景を思い浮かべる者も多いだろう。
「あ、麻生さんの事が紹介されていますよ! 流石は伝説のチャンピオン、話題性がありますね…」
「けどあんまり持ち上げた感じじゃ無いわね。 年寄りの冷水とか思っているんでしょうね、このアナウンサーは…」
画面に歩たちが何度か訪れた事がある最寄りのスタジアムが映しだされ、歩はそこから先日鉾を交えた青い騎士の姿を見つける。
此処数年は成績が振るわないとは言え、流石に伝説のチャンピオンの存在は無視できないのだろう。
一年の沈黙を破って再びブロスファイトに復帰した麻生の存在を、マスコミはこぞって取り上げていた。
「ロンさんは…、見えないですね。 後ろの方に居るのかな…」
「あんな無名のチームが前の方に居るわけ無いじゃない」
スタジアムに勢揃いする巨人たち、数十体のブロスユニットが綺麗に整列している姿はまさに圧巻である。
しかしその中で目を引くのはやはり先頭に立つ者だけであり、その影に隠れた者は殆ど見向きもされない。
このスタジアムでの各機体の配置はブロスファイトを運営する連盟によって事前に決められており、当然のように前面にはランカーなどの人気チームが置かれる。
客商売であるブロスファイトにおいて、広告塔になりえない無名チームを目立たせる理由は連盟に存在しない。
実際にスタジアムを見渡せば先頭に立つチームは、麻生を除けば全て昨シーズンの上位ランカーたちばかりである。
一部にカルト的な人気があるとは言え、連敗記録を更新しているロンたちが開幕式で目を引く位置に配される筈も無いのだ。
「あーあ、本当は俺たちもあそこに居たんだけどな…」
「ボヤかないでよ、声に出したら余計に悲しくなるじゃない」
「ライセンス停止が無ければなー」
見事にライセンス試験を突破し、プロのブロスチームになった白馬システムチームも本来であればあの場に居る筈であった。
しかしブロスファイト連盟の難癖としか言いようが無いライセンス停止の処分によって、彼らは今シーズン参加が許されない。
今の彼らに出来ることは、こうして外から華やかなブロスファイトのシーズン開幕式を眺めるしか無いのである。
白馬システムチームの面々は多かれ少なかれ、今の不遇な現状に思うところがあるのだろう。
一人でシーズン開幕を迎えたくないと言うことで、自然と本日のベースでの特別報道番組の鑑賞会となったようだ。
「ナイトブレイドとドラゴンビューティーの初戦は何時だ?」
「ドラゴンビューティーが先ですね、確か早速来週に…」
「ナイトブレイドはその翌週、うまいこと日程が別れてくれたわね…」
「このニチームの成績が、家の会社にとっても重要よね…。 上手いこと、セミオート機構の宣伝になれば私達の給料も上がるかしら?」
シーズン開幕式を終えればいよいよ、巨人たちの戦いの始まりである。
既に直近一ヶ月の試合日程はほぼ確定しており、白馬システムチームが協力したニチームの試合が迫っていた。
セミオート機構を搭載することで生まれ変わり、ワーカーもどきとは別次元の存在へと進化したドラゴンビューティー。
老いから来る衰えをセミオート機構のサポートで補助し、往年の力を取り戻したナイトブレイド。
今シーズンに参加できない白馬システムチームは、自らの試合を通して自社の製品であるセミオート機構を紹介することが出来なくなった。
今年度のセミオート機構の宣伝は事実上、これを搭載したニチームの活躍に掛かっているのである。
「…どうします、これが終わったら飯でも行きますか?」
「いいな、行こうぜー! ドラゴンビューティーとナイトブレイドの勝利を願う決起会だ!!」
「あら、なら折角だから私達と同じライセンス停止仲間も呼んでみるのはどう?」
「えっ、ライセンス停止仲間って…、葵も呼ぶんですか? うーん、いきなり呼んで来るかな…」
「駄目よ、葵・リクターを呼んだら猿野も来るに決っているわ!! あいつが来るなら、私は行かないからねぇぇ!!」
そして犬居の反対を黙殺して駄目元で連絡を取ってみたら、葵からあっさりと了承を得られてしまった。
数時間後、ベースを後にした歩たちは葵と猿野と合流して食事会が開催される運びとなる。
いつの間にか酒の入った犬居と猿野の何時もの喧嘩が始まり、その横で歩は葵の教習所時代の愚痴を延々と溢される混沌した食事会。
今シーズンにお預けを食らった、不幸なブロスファイト関係者のささやかな宴が長々と続いていた。
シーズン開幕より日が進み、ブロスファイトの勝者と敗者が次々と生まれていった。
そしてこの日、このスタジアムにおいてドラゴンビューティーの記念すべき初戦の試合が行われる。
セミオート機構の調整に協力した縁もあり、歩は犬居と共に応援に駆けつけていた。
「おお、我が友よ。 よく来てくれた」
「羽広さん、犬居さん。 兄さんのために、ありがとうございます」
控室を訪れた歩たちを出迎えたのは、試合を控えたロンとその妹のメイリンである。
かつて歩がライセンス試験の時に使用した控室とは別の部屋だが、その作りは歩が使用した物と同じであった。
20メートルの巨人用に作られた控室はスケールが大きく、まるで巨人の国に迷い込んだようである。
試合を控えて緊張しているのか、ロンやメイリンだけで無く他のチームメンバーの表情は若干険しい。
それは昨年まで、ただのワーカーもどきを使用して勝ち目の無い戦いを挑んでいた頃では無かった緊張感である。
セミオート機構によって生まれ変わったドラゴンビューティーの姿を間近で見ていたチームメンバーは、久方ぶりに期待を抱きながら働いていた。
「見ているがいい、我が友。 僕の華麗な戦いで、今日のメインイベント以上に観客を沸かして見せよう。 ふっ、僕を前座に置いたことを後悔するがいい…」
「ははは、期待してますよ」
「相変わらず口だけは達者ね、このお坊ちゃんは…」
基本的にブロスファイトの興行はメインイベントとなる最終試合の前に、数回程度の前座試合を行うことになる。
大抵のメインイベンターは客入りが期待できる、ランカーかそれに近いポイントを保持する実力者に任させる。
まだシーズン開始直後なので現時点でのポイントによる順位付けは、前年から持ち越したポイントによって確定した暫定的な物だ。
そして連敗記録を更新中であるロンチームに昨年からの持ち越しポイントなどある筈も無く、今日の第一試合と言う前座中の前座を任された事は至極当然である。
しかしそんな自分の状況など知ったことばかりでは無いと、メインイベントを食うなどと大言を吐く相変わらずのロンの姿がそこにあった。
「若、そろそろ…」
「やはり前座は忙しないな。 我が友よ、話の続きは祝勝会の時にしよう。 僕の初勝利を祝う場だ、会場はそれに相応しい物を用意しているぞ」
「…っ、はい!」
「はっはっはっは。 では行ってくるぞ、メイリン!!」
「行ってらっしゃい、兄さん」
今日の第一試合を行うロンの出番は早く、歩とろくに話も出来ずに試合へと向かう事になる。
多分これまでも試合のたびに祝勝会の場所を抑えていた事が容易に想像できた歩は、今日はその会場が使えるようになることを願う。
愛する妹に声を掛けながらドラゴンビューティーへと乗り込み、歩と同じワーカーもどき使いは戦場へと向かう。
ドラゴンの意匠を持つ期待は、控室からスタジアム中心の闘技場へと繋がる通路へと消えていった。
セミオート機構を搭載して生まれ変わったドラゴンビューティー、その真価がいよいよ表舞台に立つのだ。
控室でメイリンと歩たちに見守られながら、ロンとドラゴンビューティーの運命の試合が開始されようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます