4-4.


 相手は伝説のチャンピオン、セミオート機構の補助によって操縦ミスの可能性が限りなく低下した眼の前の相手に隙は無かった。

 ワークホースに覚えさせたこの一年の成果、ナイトブレイドの動きを模倣した剣戟は模倣元が相手では分が悪い。

 その証拠に試合が始まってからこれまで、ワークホースの剣戟は決してナイトブレイドに届かなかった。

 ナイトブレイドの動きは洗練されているが、その動きは華麗なフットワークによるヒットアンドアウェイが売りのナックルローズに比べたら明らかに遅い。

 しかし最後にはナックルローズに届いたワークホースの剣は、それより遅い筈のナイトブレイドには掠りもしないのである。

 そこには公式化以前の時代を含めれば二十年以上もの間、ブロスユニットに乗ってきた男の積み重ねられた圧倒的な技量が垣間見えた。


「ふっ、ではそろそろこっちから行くぞ」

「くっ!!」


 恐らく機体の動きを確認する意味でこれまで受け身に回っていたナイトブレイドであったが、この瞬間より攻勢に入った。

 振るわれる二振りの剣閃、それは面白いように歩の防御をすり抜けてワークホースへと届いていく。

 試合記録映像を通して見ては絶対に解らない、対峙してこそ初めて実感できるナイトブレイドの剣戟の差異。

 学習した動作パターンを繰り返すセミオート機構搭載のワークホースと違い、ナイトブレイドの一振り一振り毎に軌道が微妙に変化しており防御し難いのだ。

 動作一つさせるだけでも過大なパラメータ入力を強いる競技用ブロスは、逆を言えばパラメータ入力の内容を少し変化させるだけで結果となる動きは変わっていく。

 しかし少しでも間違えばそれは操作ミスという致命的な結果として現れるため、その匙加減はプロのブロス乗りでも非常に難しい。

 まさに伝説のチャンピオンと呼ばれる男に相応しい変幻時代の剣さばきに、ワークホースは翻弄される一方だった。


「"はっはっは、映像記録と間近で見るのとでは迫力が全然違いますよ"」

「"感心している場合じゃ無いでしょう。 あぁ、ナイトブレイドとの戦闘なんか想定している訳ないでしょう、どうすればいいのよぉぉぉっ!!"」


 辛うじて致命傷となる一撃こそは捌けているが、元チャンピオンの剣は着実に茶色の使役馬にダメージを与えていく。

 しかし麻生とナイトブレイドに憧れていた歩に取っては、彼が特異としていた剣を受けているだけでも嬉しいのだろう。

 ブロスユニットのダメージレベルがイエローゾーンに差し掛かった危機的な状況にも関わらず、歩は何処か楽しげに相変わらずの金切り声をあげる犬居とやり取りをしていた。


「"へぇ、粘るわね。 これがオートマ免許しか持たないパイロットなんて、時代が変わるわね…"」

「"ワーカーとやり合うなんて何年ぶりだ、昔を思い出す。 ははは、ワーカーに乗っていたお前とやり合っていた頃が懐かしいな…"」

「"何時の頃の話よ、そんな大昔の思い出は忘れなさい!?"」


 攻守が逆転して防戦一方となったワークホースであるが、この状況を作り出している当の本人は意外にも茶色の使役場のしぶとさを評価していた。

 ナイトブレイドに登載したセミオート機構の最終調整のための模擬試合とは言え、少なくとも麻生はそれなりに本気で戦っている。

 今振るっている剣閃も下手なブロス乗り相手ならそのまま勝負が決まるレベルの代物であり、それに耐えているだけでワークホースの実力はそれなりに評価できた。

 これがマニュアル免許を持たないパイロットが操る機体とあれば、これまでのブロスファイトの歴史を大きく覆す存在と言えよう。


「このままじゃジリ貧ですよ。 元々、俺とワークホースが出来ることなんて一つしか無いんだ。

 …勝負に出ますよ、監督!」

「ああ、結局博打に出るしか無いのね。 いいわ、物真似で本家本元を倒してやりなさい!!」


 ワークホースの被害状況はイエローゾーンに突入、このまま剣と剣の戦いを続けても埒が明かないだろう。

 ナイトブレイドを模倣した剣を使うにワークホースには、どのみち全うな方法で勝つ手段は存在しない。

 歩とワークホースがこの模擬試合で勝つための手段は、問答無用で相手を吹き飛ばす嵐を起こすしか無いのだ。

 覚悟を決めた歩と犬居はワークホースの最後の切り札というべき、これまたナイトブレイドから模倣したあの大技を繰り出した。


「いっけぇぇぇぇっ!!」

「ほぅ、これが噂の…。 ふっ、それなら一勝負と行こうか!!」


 片や八度もシーズンチャンピオンに君臨した伝説のチャンピオン、片や競技用ブロスに受け入れられなかったパイロット志望だった整備士。

 接点と呼べる物が全く無い両者は、共に子供のような無邪気な笑みを浮かべながら嵐を作り出す。

 縦横無尽に振るわれる剣戟の嵐、この大技はブロスファイトファンから"ストームラッシュ"と呼ばれていた。

 鉄の使役場と青の騎士が巻き起こした二対の嵐が、白馬システムの訓練場で打つかりあった。











 勝負は分かりきっていた。

 機体の負担を度外視して力任せに剣を振るうだけの、ワークホースのストームラッシュもどき。

 機体の負担を最小限に抑えるために一振り一振りで的確な調整を行う、ナイトブレイドの本家本元ストームラッシュ。

 先に力尽きるのはどちらかが明白であり案の定、先に嵐が止んだのは茶色の使役馬の方であった。

 分が悪い賭けとは言え、歩たちが試合で勝つにはストームラッシュの打ち合いに持ち込むしか無い。

 嵐の如く連撃を繰り返すストームラッシュはそれだけ操縦の負担も大きく、歩は麻生の操作ミスというか細い希望に掛けたのである。

 しかし結果はご覧の通り、麻生は全盛期時代を思わせる完璧なストームラッシュを操作ミスを起こすこと無く再現してみせた。

 老いによる衰えをセミオート機構で補い、過去の人となっていた男は表舞台に舞い戻れる力を取り戻したのだ。


「"ありがとう、パイロット君。 否、確か歩くんだったな。 君のおかげで、ブロスファイトの世界に戻る自信がついたよ"」

「"!? あ、麻生 清吾さん。 い、いえ、俺なんかは別に…"」

「"はっはっは、そう固くならないでくれ。 今の俺はチャンピオンでも何でもない、諦めが悪いだけのただの古参兵だよ"」


 ストームラッシュを放つ続けられる限界を迎えて、剣戟を止めた所で降り注いだ本家本元のストームラッシュ。

 それをまともに受けて地面へと倒れたワークホースは、自爆技のダメージと相まって即座に戦闘不能の判定である。

 そんな敗者に対して麻生は気軽に声を掛けて、今日の模擬試合に付き合ってくれた事への感謝の言葉を述べた。

 セミオート機構の助けによって老いによる衰えをカバーし、彼の代名詞であるストームラッシュを完璧に行える程にまでなった。

 今の自分であれば再びブロスファイトの舞台に上がれる、あの不本意な結末で終わった師弟対決をもう一度行うことが出来る。


「"麻生さんはまた挑むんですね、サムライブレイドに…"」

「"ああ、俺はあいつともう一度戦うために此処まで来たんだ"」


 サムライブレイド、師匠であるナイトブレイドをあやかって付けられたその機体のパイロットは昨シーズンのチャンピオンである。

 昨シーズンだけでは無い、サムライブレイドは四年前にナイトブレイドからチャンピオンの座を勝ち取ってから今日までブロスファイトの頂点で有り続けている。

 連続四期のシーズンチャンピオンは麻生ですら出来なかった快挙であり、次シーズンもチャンピオンになれば五期連続の永世チャンピオン誕生であると世間を騒がせている存在だ。

 麻生と現チャンピオンの関係はブロスファイトファンなら誰でも知っている事であり、麻生が現役に拘り続ける最大の理由はこの元弟子の存在であることは間違いない。

 セミオート機構という新たな武器を手に入れた麻生とナイトブレイドの新たな戦い、ブロスファイトのシーズン開幕はすぐそこまで迫っていた。


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