6-1. エキシビジョンマッチ


 エキシビジョンマッチ、ポイントのやり取りが発生しない非公式の公開試合。

 ブロスファイトの世界において、エキシビジョンマッチが行われることは過去に幾度かあった。

 例えば引退した元プロのビックネームたちが、余興の一環として対決するエキシビジョンマッチが毎年の恒例となっている。

 しかしそれはあくまでオフシーズン、決勝トーナメントが終了してから次シーズンまでの期間に行われる場繋ぎ的なイベントでしか無い。

 シーズン中に現役のブロス乗りがエキシビジョンマッチを行うなどは、はっきり言って前代未聞の行為と言えた。


「…かつて同じ学び舎で励んだ同胞が、ライセンス停止で燻っている所を見ていられずにこのような戦いの場を設けた、か…。

 中々の美談よねー、マスコミが食い付く訳だわ。 どう、これって本当なのかしら?」

「嘘ですよ、教習所時代にこいつと絡んだことなんて殆ど無いですから…。 そもそもパイロットコースから脱落した落伍者を気に掛ける奴なんて、葵くらいですよ」

「はっきり言うわねー」


 光崎 刃(みつざき じん)、白馬システムチームにエキシビジョンマッチを申し込んだ奇特な男は今まさにニュースに出演していた。

 まさに秀才と言うべき丹精な顔立ちと小奇麗な格好で、光崎はまるで芸能人であるかのように慣れた様子で教習所時代の歩との思い出とやらを語っている。

 何も知らない者が見れば光崎と歩との教習所時代からの友情に感心し、友のためにシーズン途中と言う忙しい時期の中でエキシビジョンマッチを申し込んだ光崎の男気に感心するだろう。

 しかしテレビで最もらしく語っている友情話とやらは歩には全く記憶に無い物であり、そもそも光崎との間に友情なんて物は欠片も存在しないのである。

 客商売でもあるブロスファイトでは、ブロスユニットに乗るパイロットの人気も重要な要素と言えよう。

 こうしで堂々とテレビで嘘八百を言える口の上手さもパイロットに必要な技能であるのかと、歩は犬居と共にテレビに映る自称親友の姿を白目で見ていた。


「今回のことも大方目的は売名行為でしょう、今話題の白馬システムの人気に乗っかったんです。 そうでなければシーズン1年目の新人が、こうしてテレビに取り上げられることも無いでしょうし…」

「あら、前に聞いた葵・リクターとのライバル関係の話もしているわよ。 ワーカー同士の模擬戦で切磋琢磨していたあの二人に刺激を受けたからこそ、こうしてプロとなった今の自分が居るって。 べた褒めねー」


 ドラゴンビューティー、ナイトブレイドの活躍によって、セミオート機構を開発した白馬システムの名は注目を集めている。

 そんな中で突如提案されたエキシビジョンマッチは、元祖セミオート機構搭載機であるワークホースとの実力を測る良い機会と言えた。

 白馬システムのセミオート機構への興味と教習所時代からの友情関係という美談が合わさって、エキシビジョンマッチの話は予想以上に大きな話となっていた。

 話が来た最初の頃のエキシビジョンマッチの内容は、光崎のチームが使用する練習場で行う訓練で度々行っていた模擬試合に毛が生えた物だった。

 しかしあれよあれよという間に話が大きくなり、何時の間にかスタジアムを使用した観客有り・中継有りのイベントとなってしまったのだ。

 その準備のためにエキシビジョンマッチの日取りが1ヶ月程度伸びてしまい、その間に光崎は此処ぞばかりにメディアに顔を出し始めたのである。


「…兎に角、理由はどうあれ折角の試合です。 親友の期待に応えて、ライセンス停止の鬱憤を晴らしてやりましょう!!」

「相手は今シーズンから活動を始めた新人パイロット、データは初戦の試合だけ。 殆ど情報が無い相手だから、対策のしようが無いのよね…。 あぁぁ、猿野の時みたいに反則技とか出されたらどうしようぅぅぅ!!」


 裏にどんな思惑が有るにしろ、これは歩が待ち望んでいたブロスファイトの試合である。

 パイロットである歩は来るべき戦いの日に闘志を燃やし、監督である犬居は情報が殆ど無い新人と言うことに対する不安を抱くのだった。











 "ストライカーチーム"、中堅の出版社である"ストライカーブック社"がメインスポンサーを務めるブロスチームだ。

 スポーツ関係の出版物に定評があるこの企業は、22世紀の新競技と言えるブロスファイトにも力を入れている。

 "ストライカーブック社"はブロスファイトが公式化されてから一早くスポンサーとして動き出し、いち早く社名を冠する"ストライカーチーム"を立ち上げた。

 言うなればブロスファイトの老舗チームである"ストライカーチーム"であるが、その近年の成績は余り褒められた物では無かった。


「私が絶対にこのチームを頂点まで連れて行って見せます! 是非、私をこのチームに…」

「…考えてみよう」


 成績不振に喘ぐチームがパイロットの交代という手段で逆転を狙うという話は、ブロスファイトの世界では決して珍しい話では無い。

 そして"ストライカーチーム"の丸井(まるい)という男は、光崎という野心溢れる若者にチームの未来を託すことを決めたのだ。

 実績のあるパイロットを他から引き抜くという案もあったが、この監督はあえて何の実績も無い新人を選んだのである。

 何処からか新しいパイロットを探してる話を聞きつけ、自らを次のパイロットとして売り込んできた若造。

 言葉こそ丁寧であるがその内にはどす黒い野心が渦巻いていることは、その隠しきれないギラついた目から察することが出来た。

 本来であればこんな失礼な若造など相手にしないのが筋であろうが、丸井は何処かこの若造に惹かれるものを感じたのである。






 一度もランキング入りをしたことが無い歴史だけのチームで十数年もの間、丸井は監督として働いていた。

 第一線でブロスファイトの戦いを見てきた男が理解したこと、それはまともな人間はブロスファイトで生き残れないという現実である。

 人間の限界を要求する競技用ブロスに適応している時点で、プロのブロス乗りという人種は常人とは言い難い存在だ。

 そんな輩が潰し合う蠱毒というべきブロスファイトの戦場で、まともな人間がやっていける筈が無いだろう。

 ランキングに入っているブロスファイト上位陣たちは、頭のネジが何本か外れたような狂人ばかりである。

 丸井は光崎からそんな狂人たちと同じ匂いを嗅ぎ取り、劇薬と理解しながらも光崎をチームへと受け入れることを決めた。


「はははははは、予想以上に上手くきましたよ、丸井監督。 これでワーカーもどきの化けの皮を剥がして、私の実力を世間に知らしめてやれます!!」

「おい、本当に大丈夫なのか? 此処まで大事になったんだ、これで無様に負けでもしたら家のチームの面目は…」


 劇薬の効果はすぐに出た。

 今話題の白馬システムチームとのエキシビジョンマッチ、光崎がほぼ独断で進めたこのイベントは想像以上に大きな話となっていた。

 客商売であるブロスファイトの世界においてチームの名前を売ることは必要であり、エキシビジョンマッチと言う慈善で"ストライカーチーム"の評判を上げる目論みは既に達成したと言っていい。

 一度もランキング入りをしたことの無い知る人しか知らない存在であった"ストライカーチーム"、それが今ではブロスファイトファンなら誰もが知る有名チームとなった。

 しかしこの注目度は白馬システムチームとのエキシビジョンマッチに依るものであり、この公開試合の結果によって"ストライカーチーム"の評価は一変するに違いない。


「相手は教習所に落ちた負け犬です、そんな奴が天才である私に勝てるわけ無いです。 安心して下さい、此処で私が派手に勝利して名を上げて、このチームを派手に盛り上げてやりますよ!!」

「それならいいんだが…」


 あのライセンス試験での二代目シューティングスターの時のような、互いの力が拮抗した戦いであれば仮に敗北しても問題は無いだろう。

 しかし仮に言い訳の出来ない程に一方的な敗北をしよう物ならば、"ストライカーチーム"の名誉は地に落ちてしまう。

 光崎も二代目シューティングスターとのライセンス試験や、ドラゴンビューティーの初戦の試合を見ている筈だ。

 相手は最早ワーカーもどきとは別次元の存在であり、決して侮れない相手ではないと言うのが丸井の正直な意見だった。

 他の反対を押し切って光崎をチームに引き入れた事もあり、光崎の失態は監督である男の失態にもなるだろう。

 こちらの言葉に耳を貸すこと無く、ただただ自身の勝利を確信している光崎の姿に丸井は言いようのない不安を覚えてしまう。

 迫りくる決戦の舞台に高揚するパイロットと心配する監督、奇しくもエキシビジョンマッチで戦う両チームで同様の光景が広がっていた。

 


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