4-1. 古参兵


 東洋の龍を思わせる頭部や鱗を模したデザインの装甲を持つ、ロンチームのドラゴンビューティー。

 世間ではこのブロスユニットの事を、張り子の虎ならぬ龍と嘲笑っていた。

 作業用ブロスを搭載したワーカーもどきであるドラゴンビューティーは、残念ながら全うなブロスユニットは到底と及ばない。

 連敗記録を更新している機体に対する評価としては、当然と言うべき批評であろう。


「"はっはっは、見たか。 これが僕の"ドラゴン・クロウ"さっ!!"」

「"大層な名前ですが、やっているのはただの掴みですけどね…"」


 しかしドラゴンビューティーを張り子の龍だと笑っていた者たちが、今のこの機体を見たら唖然とする事だろう。

 ロンチームの訓練場、ドラゴンビューティーは作業用ブロスでは不可能な俊敏な動きで茶色の使役馬を追い詰める。

 そして龍の爪は見事に使役馬に届き、ワークホースの腕はドラゴンビューティーに掴まれていた。

 組技、それがワーカーもどきで勝とうと足掻き続けたロンが見出したか細い希望である。

 ソフト面に隔絶した差があるとは言え、ドラゴンビューティーのハード面は全うなブロスユニットと何ら変わりは無い。

 その馬力は互角であり、相手に組付いて泥仕合に持ち込むことが出来れば正気を見いだせるのだ。

 最も鈍重なワーカーもどきではそもそも相手を掴むことすらままならず、ドラゴンビューティーの爪は一度たりとも相手を捉えた事はない。


「"お兄様、どうですか。 昨日組み込んだ、B-42のパターン動作は?"」

「"イメージ通りだ、僕の望んだ通りの動きだよ! 流石だよ、メイリン"」

「"全てはお兄様のお力ですわ!!"」


 組技に可能性を見出してから今日まで、幾度もなく相手に組み付くための動きを脳内でシミュレーションしてきた。

 しかし作業用ブロスではロンが思い描く高度な動きを再現することは、残念ながら不可能であると断言できる。

 ワーカーもどきでは半ば運に任せて相手の動きを予測した先行入力に掛けるくらいしか道は無く、ロンはこれまでこの分の悪い賭けに全て敗北してきた。

 そんなロンの絶望的な状況を変えたのが、白馬システムのセミオート機構である。

 念願のソフト技術者であるメイリンも加わり、いよいよロンとドラゴンビューティーの進化は加速していた。


「"ちょっと、羽広くん。 流石にいいようにやられ過ぎよ! 相手はまだセミオート機構を登載してから一月しか経っていないよ、その相手に一年近くセミオート機構を動かしていたあなたが負けるの?"」

「"素人だった俺とロンさんを一緒にしないでください、この人はブロスファイトで戦ってきた経験があるんですよ"」


 一度パイロットを諦めて整備士となり、偶然が重なった結果再びパイロットになった歩には自分の型と呼べる物が存在しなかった

 精々、憧れの存在であるナイトブレイドの動きを模倣するのが精々であろう。

 しかし曲りなりにブロスファイトの世界で足掻いていたロンには、歩と違って理想的な動きという明確な目標を持っていた。

 具体的な目標も無くただ闇雲に経験値集めをしていた歩と、自身の理想なイメージを目指して必要な経験値のみを集めているロンでは成長速度に差が出るのは当然だろう。

 既にロンのドラゴンビューティーは、彼が目指していた相手に組み付いて戦うスタイルだけ見れば歩のワークホース以上の経験値を得ている。

 そんなドラゴンビューティーを相手に剣を装備した状態なら兎も角、素手での訓練で太刀打ちするのは難しい


「"ふむ、そろそろ次のステップに移ろうか。 我が友よ、次は武器ありの実戦形式の訓練といこうでは無いか。"

 "僕の次シーズンの初戦の日程も来また事だし、そろそろ本番を見据えた訓練に移ろうかな"」

「"あ、初戦の試合が決まったんですか。 そうですよね、もう来週からブロスファイトの新シーズン開幕ですから…"」


 新たな戦いの季節、ブロスファイトの新シーズン開始は既に間近に迫っていた。

 ライセンス停止中の白馬システムチームと違い、ロンチームは新シーズンの試合の日程が早速組まれたらしい。

 世間で張り子の龍だと馬鹿にされているロンチームであるが、試合を組むことに関しては相手に困ることはなかった。

 何しろドラゴンビューティーはワーカーもどきである、全うなブロスユニットでは負ける筈の無い相手だ。

 連敗街道を突き進んでいる相手では得られるポイントは殆ど期待は出来ないが、僅かでもポイントが増えるのは下位チームには喜ばしい事である。

 加えてロンチームには一部のコアなファンが着いており、興行的にもそれなりに見込めるので相手に取っては美味しい鴨と言える存在であった。


「"ふっ、試合の日には君たちも正体しよう。 僕の華麗な戦いを見て楽しんでくれたまえ"」

「"期待してますよ、ロンさん!!"」


 恐らく次シーズン最初の試合を持ち掛けてきた相手も、今までの者たちと同じく自分の勝利を確信してることだろう。

 白馬システムのセミオート機構を登載した事により、生まれ変わったドラゴンビューティーの実力を知らずに…

 セミオート機構搭載のドラゴンビューティーの初お披露目の日が、間近に迫っていた。











 ロンチームでの訓練を終えた歩と犬居は、ワークホースと共に白馬システムチームの本拠地であるベースへと戻っていた。

 移送用のトレーラーを敷地内の規定と駐車位置に止めて、ワークホースをハンガーへと移動させる。

 後はワークホースの整備をすれば今日の仕事が終わりであるが、その前に今日の作業報告をしなければならない。

 ワークホースを置いたハンガーから出た歩は、犬居と共にこのチームの事実上の責任者である重野の元へと向かう。

 しかし重野の所まで来た歩たちは、そこで予想外の人物と対面することになった。


「ほう…、君が噂のパイロット君か、若いな…。 ははは、俺が年を食っただけか…」

「…あ、あ、あなたは!?」

「嘘っ…」


 そこに居たのは重野と同年代と思われる、頭部の白髪が目立つ初老の男だった。

 しかしその皺が目立つ顔立ちと反して、その体つきは衣服越しにも解る程に鍛えられていた。

 未だに整備士として一線で働いている重野の体は未だに弛んでいないが、それとは別次元の体つきである。

 体だけみれば下手をすれば二十代でも通りそうであるが、歩と犬居が驚いたのはそこでは無い。

 彼らはこの眼の前の中年が誰かを知っているのだ、何しろこの男はブロスファイトに関わる人間が知らない筈も無い程の有名人である。


「あ、麻生 清吾(あそう せいご)!?」

「何で伝説のチャンピオンが此処に居るのよぉぉぉぉぉっ!!」


 ブロスファイトが公式化された年の記念すべきファーストシーズンに、眼の前の男は愛機であるナイトブレイドと共に戦いを挑んだ。

 そして幾多の死闘のはてに男は頂点へと上り詰め、ブロスファイトにおける初代のシーズンチャンピオンとなった。

 その後も男は幾度となくシーズンチャンピオンを勝ち取り、その功績から男は伝説のチャンピオンとして畏怖されるようになった。

 麻生 清吾(あそう せいご)、歩に取って憧れの存在とも言える生きた伝説との予想外の遭遇に歩と犬居は仲良く驚きの声を漏らした。






 伝説のチャンピオンはその立場から、今の歩たちのようなオーバーな反応を見せる者たちには慣れているのだろう、

 麻生はこの後で用事でもあるのか、間抜け顔を浮かべて固まる歩たちの姿に笑みを浮かべながらさっさと帰ってしまった。

 その代名詞と言える技の如き嵐を巻き起こした人物が居なくなり、フリーズ状態から再起動した歩は慌てた様子で重野へと詰め寄る。


「ど、どういう事です、重野さん!? 何で伝説のチャンピオンがこんな所に!! 重野さんはもしかして、あの麻生 清吾と知り合いなんですか!!」

「少し落ち着け、今から説明してやるから… あいつが此処に来たのは、セミオート機構に関する話のためだ」

「セミオート機構の調整!? ええぇ、井澤さんが言っていた、もう一つのセミオート機構の売り込み先って麻生 清吾のチームだったんですか!?

 でもどうして伝説のチャンピオンが、セミオート機構なんかを…」


 確かに以前に井澤は、ロンチームとは別にもう一つのチームがセミオート機構に興味を示していると言っていた。

 あの時はそのチームの詳細を歩に教えてくれなかったが、まさかそれが麻生 清吾のチームだとは夢に思わなかった。

 競技用ブロスを登載した全うなブロスユニットを使ってチャンピオンにまでなった男が、セミオート機構を必要するなんて考えられる筈も無い。

 ワーカーもどきを使うロンチームならまだしも、歩には麻生 清吾とセミオート機構をどうしても結び付けられないでいた。


「あいつももういい年だからな、もう競技用ブロスに体が着いていかないんだとよ。 だからどうしても操縦が追いつかない所を、セミオート機構で代用する腹積りらしい」

「伝説の男も年には勝てないって事ね…。 そもそも麻生 清吾って、まだ現役だったのね」

「まだ引退届けは出してないですよ。 ただ昨シーズンは一回も試合をしてなくて、一部で引退かと騒がれてましたがね…」

「詳しいわね、流石はナイトブレイド・マニア」


 セミオート機構、それは競技用ブロスに必要な多大なパラメータ入力の大部分を機械で肩代わりする画期的なシステムである。

 これの誕生によって歩やロンのようなマルチタスの才を持たない人間も、競技用ブロスを操る事を可能とした。

 そしてそれは年齢による衰えによって、競技用ブロスを操りきれなかった麻生が求めていた物でもあった。

 年齢的に既に引退してもおかしくない麻生は、未だにブロスファイトの世界から離れるつもりが無いらしい。


「セミオート機構に頼ってでも現役にしがみ付く、か…。 みっともないとも言えるかもしれませんが…」

「一種の執念よね。 そもそも三十代の現役パイロットすら殆ど居ないブロスファイトの世界で、あの年で未だに現役を続けている時点で怪物と言えるわ」


 歩がこれまで直接関わったプロのブロス乗りは僅か三人、その内の二人はセミオート機構の存在に対して嫌悪感をむき出しにしていた。

 分母が小さすぎるので断言は出来ないが、恐らく葵の反応が少数派でありセミオート機構を否定する佑樹たちの反応が一般的であろう。

 確かに競技用ブロスを使いこなすにはマルチタスクという才が不可欠であるが、残念ながら才能だけでは競技用ブロスには手が届かない。

 プロのブロス乗りたちは競技用ブロスの免許を勝ち取り、ブロスファイトの世界に入るために行った努力の量は凄まじい物になろう。

 しかしセミオート機構はそれらの努力を嘲笑うかのように、彼が血反吐を吐く思いで身に付けた操縦を機械が肩代わりするのだ。


 そんなプロのブロス乗りに取って忌むべき物であるセミオート機構を、何と彼らの代表格である伝説のチャンピオンが自ら使おうと言うのである。

 自らの半生を否定する存在とも言えるセミオート機構に頼ってでも勝ちに行こうとする麻生 清吾の覚悟に、歩たちは彼の執念のような物を感じるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る